16.帰りはよいよい?
帰りは嘘のように何も起こらず、一行は順調に森を抜けようとしていた。
「そろそろ、あの石像が見えてくる頃だね」
「アンタがペチペチ触るから、大変な道中になったじゃない」
「逆だよ。なでなでしてあげたから、月影の記憶に導いてくれたんだよ」
ね、そう思うでしょ? と同意を求めたキャサリンが振り返ると、テオドールとエリオットの姿が消えていた。慌てて、二人は今来た道を引き返す。
その頃、エリオットは獣道の外れに向かって歩き出していた。テオドールが訝しげについていくと、大きな樹の下でふと腕を引かれる。抱き合いながら太い幹にもたれかかる形になった。
「ど、どうしたんだ?」
テオドールが慌てる。
「いや……ちゃんと言おうと思って」
そう言って、エリオットはテオドールの耳元に唇を寄せる。
「帰ったら、オレんとこ来てくれる?」
「……いいのか?」
「ああ。朝まで、ずっと一緒にいたい」
テオドールが頷こうとした時、後ろの草むらがガサガサ動いた。慌てて二人は体を離し、武器を構える。しかし、現れたのはキャサリンとエンジェルだった。
「……ったく、ノズルクまでもうすぐなんだから自重しなさい」
「フフフ、せっかちさんだね」
テオドールとエリオットは顔を赤らめる。そんな二人を見て、キャサリンとエンジェルはクスクスと笑った。
*
リベレストの集落にたどり着き、一行は井戸の周りで腰を下ろした。冷たい水が冒険で疲れた喉を潤してくれる。
キャサリンは月影の記憶を取り出し、まじまじと見つめる。
「本当に不思議なブローチだね」
太陽の光を受けても、満月の夜ほどは輝かない。まるで眠っているようだった。
「ちょっと貸して!」
と横からエンジェルが奪い取る。
「想いを届けてくれるブローチなら私だって……」
そう言って何かを念じる。どうせ、“推し”だろうと誰もが思っていた。
しかし、何も起こる気配はない。
「どういうこと!?」
エンジェルはキャサリンへ投げつけるように月影の記憶を返す。
「満月は終わったからね」
キャサリンは面白そうにニヤニヤと笑った。
*
「どうしたの? お父さん」
セレスティーナが遠くの空を見つめるマスターに声をかける。
「いや、何だか胸騒ぎがするんだ……」
「胸騒ぎ? 誰かが噂しているのかしら?」
「……あの魔法使いかもしれないな」
そう言って、マスターはブルッと体を震わせた。




