11.やさしい火種
朝の森は、冷えた空気と鳥のさえずりに包まれていた。キャサリンは毛布にくるまりながら精一杯体を伸ばす。すぐそばには、朝食の準備をするエンジェル。テオドールは剣の手入れをしていて、エリオットは何となく距離を置いて木の根元に座っていた。
……あれ?
キャサリンは気がついた。テオドールとエリオットの間に見えない壁ができている。昨日まではもっと自然に笑い合っていたのに。
(まさか、昨日の焚き火の話……?)
二人の気まずい空気を感じ取って、やきもきした気持ちになる。
(こんなんじゃ……。せっかくいい雰囲気だったのに!)
もどかしさを胸に、キャサリンはそっと立ち上がる。まずはエリオットのもとへ向かった。
「おはよう、エリオット」
「……あ、うん。おはよう、キャサリン」
エリオットは気のない返事をしながら、手元の矢羽を整えていた。
「ねぇ……昨日の夜、テオドールと何かあった?」
「えっ、な、なんで?」
「なんとなく、雰囲気が。こう、ピリッとしてるっていうか」
エリオットは目を逸らし、肩をすくめた。
「いや……別に、なんでもない。ただ、ちょっと……変なこと言っちゃったかなって。いつもみたいに軽く流せばよかったのにさ」
キャサリンはじっと彼を見つめた後、そっと微笑んだ。
「変なことなんてないと思うな。言いたかったことなら、言ってよかったんじゃない?」
エリオットが戸惑い気味に笑う。
「……キャサリンって、意外と大人だよな」
「でしょ?」
キャサリンは小さくウインクしてから、今度はテオドールの方へ向かう。
「テオドール、おはよう」
「やあ、お嬢さんか」
声は変わらず穏やかだったが、その手元はどこかぎこちなく動いていた。
「なんだか、元気が無いみたい」
テオドールは手を止め、キャサリンを一瞬見た後、また目を逸らした。
「そう見えたなら、悪い。……気にしないでくれ」
「でも、気になるもの。エリオットだって全然しゃべらないし……」
テオドールの表情に一抹の寂しさが浮かぶ。キャサリンは腰をかがめて、テオドールと目の高さを合わせた。
「ねえ、テオドール。小さなことにこだわっていたら、大切なものを逃してしまうよ」
テオドールは一瞬、うつむいて黙り込んだ。そして、ぽつりとつぶやくように言った。
「……分かってる。分かってるけど……怖いんだ」
その言葉に、キャサリンの胸がきゅっと締めつけられる。
(テオドールみたいに強そうな人でも、そんな風に思うんだ――)
少しだけ目を見開いて、でもすぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「じゃあさ、その“怖い”って気持ち、エリオットに伝えてみたら?」
テオドールは顔を上げてキャサリンを見る。まるで、思いもよらないことを言われたかのように。
「きっと笑ってくれると思うよ? “おまえらしくない”とか言いながら、すごく嬉しそうに」
キャサリンはクスッと笑って、テオドールの肩を軽く叩いた。
「……参ったな。お嬢さんに背中を押されるとは思ってなかったよ」
テオドールの笑顔に、キャサリンは胸が温かくなる。
(私にできることは、これくらい。それであの二人が一歩進めるなら……)
キャサリンは胸の中で、そっと願いをかけた。




