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5話 堕天使のテーゼ

 深慧は久莉栖の向かいにすわらされた。


昨日(さくじつ)の事情聴取は<デス・フィールド>の件が中心となり、あなたからはくわしい話をきくことができませんでした。彼らの語ってくれたことをあなたは知らなかったようですからね」


 無言で続きをうながす。


「成早光輝が疾走した日、直前に彼と会いましたね」


「向こうが勝手にきたんだが」


「学生会長としてその事実は認識しています。ですが彼があなたをたずねた理由は、あなたにあるのではありませんか」


「とくにないが」


「あなたは中等部の途中からPvP(対人戦)をすべて棄権しています。こちらで調べさせてもらいましたが、そうした問題行動をはじめた時期から考えてその原因は」


「プライバシーの侵害だな。常識ないのか」


「先輩であり学生会長である私に対してその口調ですか」


「敬意を払うべきは人格であって年齢や肩書きじゃない」


「あなたが敬語を使う親しい人物はふたり。どちらもゲーム同好会に所属していますね」


「……ストーカーかよ」


「大学部二年の西条美鈴、高等部三年の結城(ゆうき)(もとむ)


 眼差しが虚空をのぞいている。視線の先はSAR(主観拡張現実)ウインドウだろう。


「ゲーム同好会など」


 久莉栖がため息をついた。


「学園都市が生徒の自主性をなによりも重んじているために存在できていますが、そのようなもの、この学園にはふさわしくない。本来であれば断罪すべき対象です。リアライズをせず、非生産的な遊戯にうつつを抜かすなど……そうした身勝手な行動が悪を生む」


 久莉栖の瞳に、暗い影がさしこむ。


「約半世紀前、女皇カルティアが惑星全体をDCF(次元圧縮力場)で覆い、世界秩序“リアライズ・システム”によって争いは消失しました。リアライズは平和の象徴です。リアライズに反することは世界の敵を意味します。あなたやゲーム同好会のような、いたずらに秩序を乱す存在は害悪なのです」


「この世界のどこが平和だ。殺人も起きてるんだろ」


「まだ完全ではありません。だからこそ、われわれが平和を築いていくのです。女皇カルティアに感謝し、リアライズを正しく運用すれば、それが世界平和の道に通じることでしょう」


「リアライズは世界を平和になんかしていない。戦争のかたちが変わっただけだ。カードゲームって名前の殺しあいは今もずっと続いてるんだよ」


「カルティアに対する侮辱ですよ。やはりあなたは危険思想をもっていますね。今こうして社会が安定しているのは“リアライズ・システム”の恩恵ではないというのですか。魔術師たちが互いを殲滅するまで争い続ける渾沌のほうがよかったと」


「そうはいってない。世界は平和になったよ、表面上は」


「なにがいいたいのですか」


 深慧は久莉栖の瞳を見すえた。


「“リアライズ・システム”から逃げたい人間はどこにいけばいい。この世界のどこに逃げ場がある。なにをするにしても勝者と敗者が明確化される世界から、敗けたくない、勝ちたくもない、そう考えるやつはどうすればいいんだ」


「強者が弱者を守ればいいのです」


「……傲慢だな」


 深慧は久莉栖から視線をはずす。


「それは他人を見下してるからいえる。いろいろ偉そうなこといってるが、自分のアイデンティティを権力に依存してるだけだろ」


 久莉栖が眉をひそめる。


「自分を対等に見てないやつにしたがおうとは思えない」


「強者が弱者を守ろうとするのが悪ですか」


「強者という存在自体が罪だ」


「弱者をほうっておくのが正しいのですか」


 それに対する反論を、深慧は言語化できなかった。

 なにか、のどの奥につっかえているものがある気はするのだが。

 久莉栖が深慧を見すえる。厳格な眼差し。


「あなたには、件の組織との思想的類似性が疑われます」


「……偏見だな」


「その格好も協調性がなく痛々しいですし」


「は? かっこいいだろ」


「客観的にみてダサいと思いますけど」


「なんだと」


「え、そんなに怒ります?」


「このセンスがわからないとは。憐れなやつだ」


 久莉栖は深慧に憐れむような眼差しをむけた。


「……その議論はべつの機会としましょう。ともかく、あなたは、逃げ場はどこかといった。“リアライズ・システム”を否定するような言動……それはまるで、<デス・フィールド>と同じではありませんか」


「まったくちがう」


「どうちがうと」


 深慧は久莉栖をねめつけた。


「どんな理由があっても、人殺しは肯定しない。たとえそいつがおれのセンスをわかるやつでも」





 週明けの月曜日。

 教室に入った深慧の前に、遊真が立ちはだかった。


「今日はなんの日でしょーか」


「さあな」


「月例試験の日だよ。PvP実技もある。ってわけで」


 遊真が結界装置(デッキケース)をかざした。


「リアライズしよう」


 教室が軽くざわめいた。みんな深慧がPvPをさけていると知っているから。ほんとうの理由を知る人間はいないだろうが、なんとなくそこにふれない空気ができあがっているから。

 いつもなら即断するところだが、深慧の脳裏には久莉栖との会話がよみがえった。


 ――女皇カルティアが惑星全体をDCF(次元圧縮力場)で覆い、世界秩序“リアライズ・システム”によって争いは消失しました。リアライズは平和の象徴です。リアライズに反することは世界の敵を意味します。あなたやゲーム同好会のような、いたずらに秩序を乱す存在は害悪なのです。


 どいつもこいつも。

 内心でぼやいて深慧は歯をかみしめた。

 おまえらは正しいんだろうな。

 けど、裏からみればそれも悪だろ。


「……いい」


 深慧のつぶやきに、遊真は目をまるくした。


「え」


「やってやってもいい」


 しんと静まりかえっていた教室に、さっきより大きな波があがった。

 とうの遊真も間の抜けた表情をしていた。


「マジで」


「しつこいからしかたなくな。一回やらなきゃわからないだろ」


 遊真はきょとんとする。

 深慧は気づいた。これまでは中途半端だった。きらわれることをおそれていた。

 心に覚悟をこめ、こぶしを強くにぎりしめる。

 徹底的に叩きつぶす。


 おまえらのリアライズを、おれが否定してやる。

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