4話 榎久莉栖
審判者と<チャレンジマスター・フィールド>も消える。
遊真が辻崎秀に近づいていく。なにか言葉を交わす。もう襲いかかる気はないようだった。
宇野拓磨が警察に連絡している。
勝敗は決した、と深慧は思う。だが、そこにいるのが勝者と敗者には見えない。
おそらくこれは命がけのカードバトルだった。
なのに、最後まで楽しそうにしていた。まるで子どもの遊びかのように。
深慧はきびすをかえす。西条美鈴に頼まれたゲームをしながらも、脳裏をよぎるのは遊真の楽しげにカードゲームしているすがただった。
なぜ、そんな表情をして戦える。
★
翌日の土曜日。
高等部校舎。3階。学生会長室。
深慧、遊真、拓磨は休日によびだされ、長いソファに横ならびにすわっていた。
昨日に続いて今日も空模様があやしい。天気予報の洪水確率は低いが、地平線のかなたまで雲に覆われ、太陽が顔をみせる気配はない。
メイド服を着た女子生徒が、3人分のお茶を用意してくれた。その腕には高等部学生会書記をあらわす腕章が巻かれていた。
「あ、ありがとうございます」
遊真がそういうと、彼女はすっと会釈だけした。
「その格好って」
遠慮のない拓磨を遊真が横目に見る。
彼女は無表情のまま、
「趣味です」
それだけいって立ち去った。遊真と拓磨は、彼女の出ていったドアをぽかんと見つめる。
深慧はお茶の香りを嗅ぎ、テーブルを挟んで対岸のソファにすわる人物から目をそらさない。彼女は栗まんじゅうをほおばり、優雅に紅茶を飲んでいた。
カチャン、とティーカップが置かれた。
「彼女は学生会書記長、高等部2年生の明道めいです。私自身の名誉のためにいいますが、あれはあの子の趣味であって、私が強要しているわけではありません」
言葉の内容はともかく、凛とした美声だった。遊真と拓磨も目が覚めるように彼女のほうを見た。
「そして私は、生徒会風紀委員長および高等部学生会長をしています、2年の榎久莉栖です」
入学式の祝辞の人だった。
拓磨が彼女に問いかけた。
「あっあの、女皇さまの親類ってほんとですか」
「……遠縁ですが」
「おー」
久莉栖が深慧たちを見すえる。その眼差しに、遊真と拓磨はわかりやすく身をひきしめた。
「昨日も生徒会の事情聴取をうけたとは思いますが、より詳しく話をきく必要性が生じ、こうして休日に来てもらいました」
「あの」
遊真が遠慮がちに手をあげた。
「なんでしょう」
「警察の捜査とかって入らないんですか」
となりで拓磨がきょとんとする。
「ああ、あなたは今年からの転入生でしたね。説明はうけているはずですが」
「すみません、筆記試験の成績はあんまよくなくて」
久莉栖は紅茶をひと口飲んだ。
「この切札学園都市は治外法権であり、州より独立性が強いのです。ゆえに、ルドゥス皇国の連邦捜査局でさえ許可なく立ちいることはゆるされません」
「えっ、そんなことあるんですか」
おまえそれも知らんのかよ、と拓磨がつぶやく。
「そもそも殺人事件などという超常現象を扱う部署はどんな警察機構に存在しません。今回の事件捜査にあたることはむずかしいでしょう。中央情報局は裏で動いているかもしれませんが。
そういうわけで、学園都市内で起きた事件はまず風紀委員会が対応にあたります。調査が終わり、犯人を捕らえたあとは監査委員会に判決をゆだねます。どうしても手に負えないときだけ、一部の卒業生が属する運営委員会の手を借りることもありますが、彼らの仕事は学園都市の外がおもです。学園都市内のことは生徒会で解決するのが最善でしょう。
しかし今回はあちらから接触してきました。どうやら今回の殺人事件が、世界各地で発生している事件と酷似しているらしいのです。よって生徒会は今回にかぎり、外部の警察機構とも連携をはかっています」
遊真が話を咀嚼できるだけの間をとる。
「あなたがたへの対応は生徒会から一任されています。さっそくはじめましょう」
遊真と拓磨は、昨日と同じように記憶をたどってすべて話した。
「やはりその<デス・フィールド>とやらが、保護結界やDCFを無効化するようですね」
「負けたあと再展開もできなくなって」
「結界装置の機能がロックされたということですか」
久莉栖は深慧に目をやる。
「あなたはなにか知りませんか」
「……とくには。ふたりとちがって直接戦ったわけじゃないから。<デス・フィールド>が保護結界とDCFを無効化して物理攻撃できるようになるとか、まだ信じられない」
「マジなんだって」
拓磨はそういうが、
「おまえらにとってはそうだろうが、直接見てないからなんともいえない。うそとは思ってない。ただ自分で観測するまでは何事も確定しないってだけで」
「……めんどくせえな」
久莉栖が続ける。
「組織的な犯行とみて、まちがいないでしょう。しかしこれまで捕らえられた犯人と同様、辻崎秀も組織についてはなにも知りませんでした。成早光輝の殺害および遺体遺棄は認め、学園都市内の路地裏で声をかけられた、との証言はとれたようです。時間帯は昼すぎ、私とめいがティータイムをしているころですね。変声期を使っていたがおそらく男、年齢は若く、自分と同じぐらいかもしれない、とも。これがどういうことか、わかりますか」
遊真と拓磨はきょとんとする。
「この学園に、組織と深く通じている者がいる」
深慧がいった。
「学生のなかにいる可能性が高い」
遊真と拓磨が目をみはる。
久莉栖はうなずく。
「ですから不自然なことや、なにか違和感に気づいたら、生徒会か学生会に報告してください」
「失礼しました」
遊真と拓磨が学生会長室をあとにする。続こうとした深慧だったが、
「伊達深慧」
久莉栖によびとめられた。感情の読めない眼差しがこちらをのぞいていた。
「あなたは残ってください」