1話④結 フィールド展開
宇野拓磨は帰宅部である。リモートのカード仲間がたくさんいるからだ。
たまに友人のサークルに参加することもあり、今日がそれだった。今年から高校演劇というものに出演できるらしく、最近はりきっている演劇サークルの友人に助っ人を頼まれたわけである。
「あ、ごめん、飲みものわすれてきた。とりにもどるわ」
サークル棟から高等部校舎にもどり、廊下を歩いていると、どこからかカードバトル中らしき声がきこえてきた。空き教室のほうからだった。近づいてみる。
対戦はちょうど終わってしまったようだ。2回戦を待ってみようとしたが、ドアの向こうのようすがなにかおかしい。のぞきこむまでもなく、鬼気迫る悲鳴がとんできた。さっきまで演劇サークルにいたので反応が遅れたが、脳裏をよぎったのは行方不明になった学生会の先輩だった。
出入口のドアがしまっていても、なかのようすを見るぐらいはできる。
漆黒の影がいた。刃をもったそれが、おびえた表情の男子高校生に近づく。彼は腰が抜けているらしい。逃げられずに捕まり、ぐさりと胸を刺された。
現実とは思えなかった。漆黒の影はいかにも暗殺者っぽすぎるし、流血はしてないし、それに保護結界を張りなおせば物理攻撃は無効化できる。
もうひとり男子生徒がいる。辻崎秀だった。もし彼が暗殺者っぽい影を操ってるとしても、それこそDCFによってあの暗殺者はカードになっているはず。あれは暗殺者のコスプレだろう。それしかありえない。
でも、刺された生徒はいつまで経っても動かない。
目があった。暗殺者がこちらを見ていた。辻崎秀もこちらを見た。
全身の肌が粟立つ。とっさに逃げだしていた。階段を駆けおりて階段下に隠れ、SARウインドウでメッセージを打つ。ちょうど一番上だった遊真にまず通話をかける。
「見ぃつけた」
頭上から辻崎秀が飛びおりてきた。
「フィールド展開」
黒い保護結界によって通話がきれる。
「リアライズ」
秀は浮遊する結界装置から1枚のカードをひいた。
「召喚、<影隠れのシャドウ>」
まだこちらがフィールド展開していないのに、カードが現象化した。
さっきの暗殺者だった。
「悪いな、おまえに怨みはねえけど、殺害現場を見られたからにはしょうがない」
暗殺者の刃が届く直前、登録者の危機を感知した結界装置が自動で半透明の保護結界を張った。これでだめならあきらめるしかなかったが、刃は保護結界によってVR化し、肉体を傷つけずにすり抜けた。
拓磨は呼吸を調える。心臓がバクバクいっている。
「どうした、早くしないと不戦敗になるぜ」
「ふ、ふぃ、フィールド展開、り、リアライズ」
結界装置から5枚のカードを手札にした。
★
遊真は拓磨をさがしていた。
どこにいるのかわからなかったが、今日は別クラスの友だちに助っ人を頼まれて演劇サークルに参加する、といっていたのを思いだした。
「わすれもんとりいったきり帰ってないんよ」
そういわれたので、今度は高等部校舎へさがしにいく。しばらく廊下を進んでいると、階段の下から拓磨らしき声がきこえた。
上からのぞきこんでみる。保護結界らしき黒い光が見えた。だれかとリアライズしてるのか。
「<暗鬼使いのジョニー>でアタック」
銃や刀を背負った男が拓磨を襲う。3ダメージをうけた拓磨が敗れ、保護結界が消えた。
「えっ」
ゲーム終了時、互いの保護結界が消えるはず。なのに相手の黒い保護結界は展開したまま。
「うわあああ」
拓磨の悲鳴だった。保護結界だけでなく相手の暗器使いも消えていない。そいつが拓磨にむかって刀をふりおろしたのだ。なんとかよけた拓磨だが、その背中に暗器使いのジョニーが銃口をむける。
「フィールド展開っ」
とっさに遊真はさけんだ。相手の黒い保護結界と遊真の水色と橙色の保護結界が干渉しあい、ぶつかるように溶けあうように重なる。ジョニーの撃った銃弾は拓磨をすり抜け、保護結界外で消滅した。
ジョニーとその使い手がこちらを見上げた。遊真の保護結界によってジョニーがカード化する。
拓磨もこっちを見た。
「ゆっ遊真っ」
「拓磨、こいつは」
「きっ気をつけろ。そいつ、勝った相手のフィールド展開を封じて物理攻撃できる」
拓磨は泣いていた。
「ごめん、ごめん、おっおれ、おれのせいで、遊真まで」
「……それマジな話なの」
こくこくと拓磨がうなずく。
「さっさっき、そいつ、ひっ人を殺してた。成早先輩もたぶん」
「のんきにおしゃべりしてていいのか」
辻崎秀が遊真に笑いかける。
「時間切れで不戦敗になればおまえも死ぬぜ」
遊真は秀を見すえる。
「拓磨、人をよんできて」
「あっああ、わかった」
立ちあがって走りだそうと拓磨だが、黒い保護結界に頭をぶつけた。
「うっ」
尻もちをついて頭をさする。
「つう……」
秀が笑みを深めた。
「闘争の敗者に逃走が許されると思ってんのか。敗者は黙って見てろ、お友だちが殺されるところをな」
拓磨は身をふるわせる。
「安心しろよ、おまえもいっしょに殺してやるから」
「リアライズ」
遊真が結界装置から5枚をひいた。
「ぼくは敗けないよ」
「みんなそういう。だが」
「だって」
遊真は秀に笑いかけた。
「ぼくのほうが、リアライズを楽しめるから」