1話②承 深慧と遊真
「おじゃましまーす」
ひとまず遊真を部屋にいれた。廊下で話すのは人目が気になる。
ドアロックをしめ、遊真の背中に投げかけた。
「なんの用だ」
遊真がふりむいた。
「なんでカードゲームきらいなのかなと思って」
深慧はベッドにすわり、遊真を床にすわらせた。
「きらいなのにこの学園にいるのもなんで」
「関係ないだろ」
「気になんじゃん」
「人の秘密を暴く性癖なのか」
「せめて趣味っていって」
「趣味なのか」
「ちがうわ」
強めの否定だった。
「ぼくはリアライズが好き。大好き。自分の好きなものをきらってる人がいたらさ」
突然顔を近づけられる。
「絶対好きになってもらいたいじゃん」
深慧は遊真の顔をつかみ、押しかえす。
「逆にリアライズなんかのどこが好きなんだ」
「なんかっていうな」
するどい声でにらまれる。
「どこが好きかって。だっておもしろくて楽しいじゃん」
「抽象的すぎる」
「具体的だといっぱいありすぎてぜんぶいったら一生かかるからなぁ」
「それじゃ好きにはなれないな」
「じっさいにやればわかるって」
遊真が結界装置をとりだす。
「リアライズしよう」
「やだ」
「学園都市の敷地内ならどこでもフィールド展開できるんでしょ。これまではやりたくても専用施設にいかなきゃなんなくて大変だったんだよね。よし今すぐやろう」
「やだ」
「またまた〜」
深慧は黙す。遊真は口をとがらせる。
「カードゲームやるだけじゃん。気楽にやろうよ」
「きらいなものはなんだ」
「え」
ぽかんとした遊真を深慧が見すえる。
「きらいなもの? なに急に」
「いいから」
「……ピーマンとかゴーヤとか」
「それを生で食べろっていわれたら」
「絶対やだ」
「それと同じだ」
「むっ」
遊真にねめつけられる。
「でも、そっちはきらいじゃないよね」
「なにが」
「リアライズ」
「きらいだが」
「教室でやってたじゃん、SARで」
深慧は苦い顔をする。
「あれは……AIとやってただけで」
「ひまつぶしにきらいなことやんないでしょ」
深慧は黙りこむ。遊真が笑いかけてくる。
「リアライズしよう」
「やらん」
「なんでぇ」
遊真は大げさにひっくりかえった。
深慧がつぶやく。
「カードは遊びじゃない」
遊真が身を起こす。
「遊びでしょ」
「ちがう」
「じゃあなに」
「殺しあい」
遊真は目をぱちくりさせた。
「カードで人は死なないじゃん。保護結界があれば星遺物兵器だって無効化できる」
深慧はため息をついた。
「外からきたくせに世間知らずなんだな」
「はいぃ?」
「ひとついっておく」
深慧が遊真を見すえる。
「カードは人を殺す。それから」
といって右手を右眼にかざした。
「おれの格好は変じゃない、かっこいいだろ」
ふたついった、と遊真は思った。教室での会話きこえてたんだ。
★
9月上旬。学園都市内のひとけのない路地裏。
高等部三年生の辻崎秀は頭を抱え、今にも発狂しそうだった。
「くっっそおぉぉ」
カードの束を地面に投げ捨てる。低レアリティばかり。
「だめだだめだだめだだめだこれじゃ勝てないいい」
しゃがみこんで頭をかきむしる。
母子家庭で弟もいる秀は、経済的な我慢をしいられてきた。確定パックや単品のレアカードに手をだすことはできず、ランダムパックを買って天運にゆだねるしかなかったが、あらゆる意味で引きが悪かった。親ガチャも、カードガチャも、ここぞというときの引きも、秀にむけられるのは裏目だけだった。
周りはみんな自分より強い。自分だけが劣等生。
ほしいものは手に入らず、好きな人も強者に奪われる。
もう3年生だというのに進路は決まらない。得意なことがない。なにもかもうまくいかない。
この先の人生もずっとそうなのだろうか。
ならばいっそ、ここで終わらせたほうが。
まぶたをあけた秀は硬直する。
背後に影が立っていた。足音はしなかった。
恐怖で動けない秀の背中を、影がそっとなでた。
――力がほしいですか?
★
数日後。高等部1年4組。
朝は公民科・公共の授業。
「カードのレアリティは8種類。レアリティがあがるごとにRPの還元率も増えます」
担当教員がOARウインドウに図を表示した。生徒たちがSARウインドウでひらいている教科書にも同じものがのっている。
C(1P)
U(10P)
R(100P)
SR(500P)
HR(1000P)
UR(5000P)
MR(1万P)
LR(1000万P〜)
※なお、還元率は環境(市場価値)によって前後することもあります。
「紀元前は貨幣というものを物々交換の代わりに使う地域もありましたが、現在はこのRPがその機能を果たしています。大会の優勝賞金や給料支払いも確定パックでおこなわれ、引いたカードを売ってRPに還元すれば日用品などを買えますね。RPは公的な実力指標にもなり、ランキング上位者は世界大会の出場権を得られることは、みなさんもよく知っているとおりですが――」
昼は体育科の授業でランニング。
涼しい顔の深慧と対照的に、遊真は激しく息切れして今にも足がとまりそう。
体育教員が声をかける。
「がんばれー。的確なプレイングには集中力が必要だ。大会などの連戦で集中力を持続させるには体力と筋力を鍛えなければならないんだぞー」
昼休み。遊真は学食堂の長机に突っ伏していた。
「おつかれー」
「カツカレー」
ねぎらいの声が投げかけられる。となりの友人に背中をさすられる。
「体育後の昼つら……」
「入学前に走りこみとかしんかったん」
「体育こんなきついとかわかるかっ」
「そんなもんか」
「感覚麻痺ってる……さすが切学」
遊真は少なめの昼食をちまちまと口に運んだ。
★
深慧は空き教室でひとり飯をしていた。
ひとりでも校内では眼帯をはずさない。SARウインドウに流しているのは去年の世界大会の映像。脳に直接信号を送っているので深慧にしか見えないし聞こえない。
そのときドアがひらいた。
さわやかな印象の高学年の男子生徒だった。左腕には高等部学生会副会長の腕章が巻かれていた。