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1話①起 切札学園都市

 カルティア紀元48年。

 息苦しい残暑が立ちのぼる8月下旬。


 ルドゥス皇国に属する、大陸から離れた島国・遊戯州。他州の例にもれず、いくつもの誓区にわかれているが、そのどこにも属さない自治区・切札学園都市では入学式がおこなわれていた。


「皆様の高等部進学を歓迎致します」


 高等部誓堂の壇上では、金髪を腰まで伸ばした女子生徒が祝辞を述べている。威厳がありながら、見ているだけで尊敬の念をいだいてしまうような、凛とした表情で言葉をつむぐ。その左腕には腕章がふたつ。それぞれが生徒会風紀委員長、高等部学生会長の証。


「この学園はプレイヤーの養成に特化しています。しかし高等部ではPS(プレイヤースキル)のみならず、カードと社会の相互関係も学んでいくことになるでしょう。ぜひ皆様には、個人としてのスキルと、社会人としての人間性をともに成長させ――」


 高等部に進学した生徒たちが、彼女の言葉と美声に耳をかたむけている。そのなかで、白黒の髪をした少年だけはその黒眼になんの感情も宿していなかった。彼は漆黒の服に身を包み、右腕に黒い包帯、右眼には十字架マークの黒い眼帯をしていた。



 入学式のあと、高等部1年4組の教室で自己紹介がはじまる。

 先陣をきったのは、まっすぐな目をした青髪の男子生徒だった。


(あらた)遊真(ゆうま)です。保護結界(フィールド)は<チャレンジ・フィールド>っていう創成結界(オリジナル)。リアライズが大好きです。今年からの転入で、ちょっと心細いんで、気軽に声かけてください。よろしくお願いします」


 創成結界(オリジナル)ってマジ、すごくね、といった声がささやかれ、拍手に包まれながら遊真は腰をおろした。

 こうして1年4組の自己紹介は、なごやかな雰囲気ではじまった。

 が、白黒の髪をした眼帯の男子生徒に順番(ターン)がまわってきた。


伊達(だて)深慧(しんえ)。きらいなものはカードゲーム」


 それだけいってすわる。教室は静まりかえった。

 今の出来事がなかったかのように自己紹介は続く。

 あさってを見ている深慧に、遊真だけが目をむけていた。



 自己紹介のあと、遊真はクラスメイトに囲まれた。


「パックあけた?」


「あーこれ?」


 遊真がパックをとりだす。


「話にはきいてたけど、マジだったんだ、専門学校では毎朝パック配られるって」


「え、ふつうでしょ」


「普通の学校じゃパックの無料配布なんてちょっとしたイベントだったよ」


「え〜マジで〜」

「おれら幼児んときからここだもんな〜」

「外のことよく知らんよな」

「ゆうてもランダムパックだけどな」

「てかはよ開封式しよ〜」

「いいね〜」

「やろやろ〜」


 そういう流れになり、遊真も開封式に加わった。

 無料配布のランダムパックには3枚のカードが封入されている。開封するには次元力(紀元前は魔力と呼ばれていたもの)を流す必要があり、その人の設定している保護結界(フィールド)に応じたカードが排出する。


「おっ(レア)


 という人は幸運なほうで、ほとんどは(コモン)(アンコモン)しかでない。


「遊真はどうだった」


「見てのとおり」


 机の上に3枚を投げるように置く。


(コモン)2枚、(アンコ)1枚のゴミパック」


「ありゃあ」


「しかもダブり。売っても12P」


「これが無料配布の現実よ」


(レア)ならワンチャンもと取れるのに」


「だれかSR以上でたー?」


 沈黙が流れた。

 遊真は深慧を見すえる。彼はひとりでパックをあけていた。前髪が長くて、眼帯もあって、表情はよく見えないが、結果はかんばしくなかったようす。


「あの人って」


 遊真がそういうと、近くの数人も深慧を見た。


「あー」

「あいつはちょっとな」

「ね」


「カードゲームきらいっていってたけど。切学生なのに」


「そう。変わってるっていうか」

「中等部からカードしなくなったんだよな」

「格好も変だし」

「もとから仲いいやついたイメージもないけど」

「弱すぎて対戦すんの恥ずいんじゃね」


 深慧はSAR(主観拡張現実)でゲームかなにかをしている。それを遊真が見つめていた。





 切札学園は幼稚部、初等部、中等部、高等部、大学部にわかれていますが、中等部からは学園寮に住むことができます。学園寮は学園都市内に男子寮と女子寮をあわせて六棟あり――。


 高等部男子寮の二階。個室。

 深慧は床にしいたプレイマットの上でカードをならべて対戦していた。はたから見れば対戦相手はいない。SARではAI(人工知能)がカードをあやつっている。仮想対人戦である。

 カードは二次元物質なので、直接ふれるのは困難を極めるが、今は透明なスリーブをつけている。スリーブでカードを包めば素手でふれられるようになるのだ。


 個室なので眼帯は外している。右眼は左眼とちがって深紅の色。その深紅が妖しく光る。すると手札の<宿命の堕天使(ゲファレナーエンゲル)>のカードがひとりでに飛びだした。


『いつまでそうしているつもりだ』


 カードの声を深慧は無視する。


『そんなことをしてなんになる。みずからの心を虚無ですりつぶしたいか』


 そのカードが実体化した。といっても保護結界(フィールド)なしでは三次元に展開できず、視覚的にはどの角度からも平面的に見える。イラストを正面から見ているような。それも本来のすがたではない二頭身のすがた。漆黒のローブで顔を覆い隠した堕天使。顔をのぞきこもうとしても深淵しか見えない。


『汝自身の欲望にしたがえ』


 深淵の奥からささやかれる。空気の振動でなく、次元力のつながりを通じて語りかけてくる。


『傲慢になれ』


 部屋のドアがノックされた。最初はききまちがいかと思ってスルーしたが、三度目でやっとこの部屋をたずねてきているのだと確信する。はじめてのことに、いぶかしみながら眼帯をつける。深紅の瞳が隠されると声は消え、堕天使もカードにもどった。カードを片づけ、結界装置(デッキケース)にしまう。

 ドアをあける。転入生の遊真だった。

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