プロローグ リアライズ・システム
霊装をまとった魔術師たちが魔力を撃ちあう。
暗黒時代の末期、世界各地でその光景は見られた。自衛や復讐のために魔術師となる者が急増し、果てなき戦乱はますます激しさを増していった。
反魔力場の円蓋に護られたルドゥス王国の王都クレアーレ。その地下につくられた巨大な空洞。この中心に星遺物の核がある。
真紅と金色のツートンカラーの長髪をなびかせ、霊装姿の女が星遺物の前に立った。
(これを蘇らせ、世界をアップデートする。きっと私は、このために生まれたんだ)
女は星遺物の核に手のひらをあてる。
「女王カルティアの名において、マスター権限を行使する」
音声やDNAの生体認証をクリアし、星遺物がぽわんと光って起動を示す。
力場を惑星規模にまで拡張させられる星遺物。そこにみずからの魔法式を組みこんだ。
必要量の魔力を流し、練り、魔法式を構築。
「DCF拡張」
そして唱えた。
「“リアライズ・システム”起動」
惑星全体を指向性の結界が覆った。
世界各地で戦乱に明け暮れていた魔術師たちは、だれひとり魔法式を現象できなくなった。
戦場には魔力が飛び交う代わりに、大量のカードが散らばっていた。
その日は、のちに『カルティア紀元』とよばれる紀年法のはじまりの日だった。
カルティアは陽光に照らされながら、王城もそびえる聖丘の演壇にのぼった。見晴らしのいいこの場所からは、王都を囲う天然要塞の山脈や海、遠くの半島などが望めた。涼やかな風が真紅と金色の髪をなびかせる。そんな静寂を、淡麗な声が切り拓いた。
「争乱の時代に終わりを告げます。今日、世界は夜明けを迎えました」
OARウインドウが女王の演説を全世界に届ける。
「私、ルドゥス王国女王カルティアは、全世界に結界を張りました。DCFというこの結界は、魔力の現象化プロセスを感知し、それを全自動で二次元化します。これによりすべての魔法式は、三次元空間に対する物理的作用を失いました」
カルティアが自分の周りに浮かんでいる楕円形の物体を指す。
「これは結界発生装置です。結界装置といいます。ここに指定枚数のカードをルールに則して格納すれば、固有の保護結界が展開できます。このように」
虚空に手をかざす。必要のない動作だが、視覚的な演出である。
「フィールド展開」
唱えた瞬間、カルティアの周りに虹色と金色の入り混じった神々しい力場が展開された。
演壇を囲む聴衆が盛りあがる。
そのとき銃声が弾けた。銃弾は正確に女王の脳天をつらぬいた。
聴衆の盛りあがりは悲鳴と混乱に変わった。
襲撃者は人混みにまぎれて立ち去ろうとするが、背後から腕をつかまれた。すぐさまふりはらうも、複数人に逃げ道をふさがれ、抵抗も虚しく拘束された。
(女王の護衛か)
組み伏せられながらも襲撃者は笑う。
(だがもう女王は)
地面からOARウインドウを見あげた。
カルティアはまだ立っていた。そして微笑んだ。
「デモンストレーションにちょうどいいですね。壇上に連れてきてください」
護衛に襲撃者が連れてこられるさなか、カルティアは動揺する聴衆に笑いかけた。
「ご心配には及びません。私は無事です。保護結界内はVR化しています。物理攻撃をうけても実体には影響がありません。さらに結界装置には、登録された本人の生命危機を感知し、自動で保護結界を張る機能もそなわっています。保護結界は物理攻撃を、DCFは魔力攻撃を無効化します。世界から暴力は立ち去ったのです」
聴衆が話を飲みこむのを待つ。
世界各地で歓声が沸き立った。
歓声のなかで襲撃者が演壇に連れてこられた。女王を目の前にして彼は声を荒げた。
「女王。貴様は争乱の時代が終わりだといったな」
押さえつけようとする護衛をカルティアが制す。カルティアは襲撃者を見すえた。
「いかにも」
「そんなものは幻想だ。みんな騙されるな。この魔女が創ろうとしているのは、たったひとつの法が支配する独裁国家。多様性の失われた世界だ」
「多様性の末路が、今日まで続いた争乱です。無法の多様性は、多様性自身を否定します。自由とは、平和とともにあらねばなりません」
カメラ目線にもどる。
「私が約束しましょう。この“リアライズ・システム”が、世界に真の自由をもたらすことを」
ふたたび歓声があがった。
カルティアは結界装置に手をふれ、
「リアライズ」
といって5枚のカードを手札にした。手札のカードは本人以外には光にしか見えない。結界装置にふれて生体認証すれば、格納されたカードを光子化して手札にできるのである。
「デッキは50枚以上。同名カードは4枚まで。初期手札は5枚。相手のライフを0にすれば勝利です。ルールの詳細はリアライズ公式サイトでご確認ください」
聴衆はSARウインドウでルールを調べはじめる。
カルティアは襲撃者に結界装置のプロトタイプを投げ渡した。
「それに魔力を流し、ID登録すれば、貴方も保護結界を展開できます」
襲撃者はあぜんとしたまま結界装置にふれる。魔力を流すと結界装置の色と形状が変わった。
カルティアが襲撃者に笑いかけた。
「さあ、私を討ちたくば、今ここでデッキを組みなさい」
OARウインドウに流れていた映像がとまった。
切札学園都市の高等部校舎。1年4組の教室では世界史の授業がおこなわれていた。
映像を観ていた生徒らに世界史担当の教員がいった。
「このあと、女皇さまが圧倒的な勝利をおさめるのはみんなも知っていますね」
「続きはまだですかー」
「授業ではここまで。続きが観たかったら放課後にどうぞ」
「えぇー」
教室にはいろんな生徒がいた。
白黒の髪で、黒い眼帯と白い包帯をし、どこを見ているのかわからない少年。
青い髪とまっすぐな目をもった少年。
正反対な印象のふたりも同じ教室ですわっている。
OARウインドウの前に立って世界史教員が続けた。
「それから約半世紀が経ち、カードゲーム『リアライズ』は世界の中心になりました」