【第八話】
と、そんな情報を持ち帰ってチャットで聞いてみた。
「やだ。壁に耳あり障子に目ありってこのことね。見られてたんだ」
「みたいだな。一緒にいた子って誰なの?」
「気になる?」
「気になるけども、ズバリ、親族だろ」
「さてはエスパーだな?こんなこと家の他の人に言っちゃいけないのかも知れないけど聞きたい?」
門外不出の情報。聞きたいけども、そこまで僕を信用しているのか。少し考えてから好奇心には負けて、聞きたいと書き込んでしまった。
「えーっとね。お父様の隠し子。だから私にとっては腹違いの弟ってことになるのかなー」
「爆弾発言過ぎるだろ。これ、僕経由で他に知られたらコンクリート詰めされて東京湾に沈められそうだ」
「そうよ。だから絶対に黙っててね」
やっぱり和人の言うようにマフィアなのか東雲家は……。しかし、隠し子で男子とか将来モメるだろうなぁ。東雲財閥の後継者は誰だ!みたいな。
「対外的にはなんか他の呼び名になってるんだろ?僕もそれに合わせるし、亜美にもそう言っておくから教えてくれると助かる」
「結構単純よ。親戚の子供ってことになってる。まぁ、当たらずとも遠からずってことで」
確かに差し障りはないけども。しかし、まてよ?この情報を元に、あの父親の……。
「っていうのをお父様に言っても無駄だからね」
「先読みされたか」
「ガン詰めされてコンクリートかもよ」
怖い。怖過ぎる。僕が反応に困っていたら東雲さんが新たに書き込んできた。
「触らぬ神に祟りなしってね。メイド喫茶は行ってみたいって言われたから連れて行ったけども、あれはお父様に内緒だったから他言無用でお願いできると助かるかな。お友達にもそう言っておいて」
親戚の弟にメイド喫茶に行きたいって言われて付き合った。こう言うことにしたいらしい。僕は別に構わないけども、週刊誌やらスポーツ新聞の記者はなんて言うのかな。東雲財閥の総裁に隠し子がいました、なんて格好の餌食になりそうなネタだものな。一瞬、この情報を売ったらいくらになるんだろう、とか思ったのは秘密だ。
「というわけだ」
翌日に亜美と和人にメイド喫茶の件について説明をした。しかし、女の子は勘が鋭いというかなんというか。僕が廊下に出た時に亜美に呼び止められた。
「良樹、別に秘密にしたいならそれでも良いんだけど、私は本当のことが知りたいから聞くね。あの二人って兄弟でしょ。だって雰囲気似すぎだもん」
こう言う事態の受け答えは考えていなかった。答えに窮していたら、亜美に「図星でしょ」と言われていとも簡単に看破されてしまった。
「大丈夫よ。こんなの世紀のスクープかも知れないけど、誰かに話したりしないから」
「あ、ああ。そうして貰えると助かる。仮にバレたら僕は東京湾に沈む」
「和人のマフィアっていうのも言い得て妙なのかも知れないわね。それで、なんだけどさ。私も東雲さんに会ってみたいんだけど」
交換条件。亜美がこの情報を黙ってる代わりに、僕は東雲さんにアポイントを取る。まぁ、そんなところだろう。ハッキリとは言わなかったが。亜美はニコニコしてる時の方が何かを考えていることが多い。さっきも笑みを浮かべていたから、なにか企んでいるに違いない。そんな亜美を東雲さんに紹介しても大丈夫なのだろうか。そもそもお父様チェックが入ったら亜美はなんて言うのだろうか。
という内容を東雲さんに相談したら、会ってみたいと言われたので仕方がないがセッティングをする事にした。
「東雲さん、本当にいいの?」
「なんで?別に相良君の友人に会うだけでしょ?なんの問題もないと思うけど」
「いや、それがさっき話した通り例の件、察しているようでさ」
「まぁ、いいんじゃない?相良君の友人なんでしょ?死なば諸共って」
「それは僕が困るな……」
なんて最終確認をしていたら亜美がやってきた。
「えーっと。初めまして新田亜美と申します。そこの相良良樹の友人やってます」
「初めまして。私は東雲涼子。相良君の同級生ってことは一歳年上って事になるかしらね」
「え、良樹、年上って聞いてないんだけど」
「聞かれてないからな。それにその情報で何か困る事なんてないだろ?」
「まぁ、そうだけど。心構えというかそういうのがあってですね」
年上に会うのになんの心構えが必要なのか。理由を聞いたけどもよく分からない返事が返ってきたので適当にいなす事にした。
「で?亜美は東雲さんと会って何がしたいの?なんか用事があるみたいだったけど」
「実は……私の兄を雇ってくれませんか?」
何を言い出すかと思えば。流石にそれは無理だろう。確か亜美のお兄さんって大学生って聞いてたけども。就職活動にでも失敗したのかな。ってかほら、東雲さんも困ってる。
「えと。雇って欲しいというのは私の父の会社で、という事でしょうか?」
「無理を承知でお願います!」
「うーん……」
いくら東雲財閥総裁の娘とはいえ、そんな権限はないだろうに。素直に断れば良いのになにやら考え込んでいる。
「その新田さんのお兄さんって運動とかしてる人?出来れば筋力とかあると嬉しいのだけれど」
肉体労働の仕事でも紹介するのだろうか。確かグループ会社には建設会社もあったはずだ。
「アメフトやっているので多少はあると思いますけど……」
それを聞いた東雲さんは満足そうに頷いて電話を取り出してどこかにかけ始めた。
「あ、近藤?今ってこっちに来られる?駅前のカフェなんだけど。うん。そう。あ、車は要らないから。分かった」
近藤って東雲さんのお付きの人だったような。
「近藤さんってこの前に会った人?」
「そう。私の味方。ちょうど助手みたいなのが欲しいって言ってたのよ。あ、新田さんは、そのお兄さん、ここに呼べるかしら」
「多分、暇してると思いますので。すぐに呼びますね」
新田さんのお兄さんが来てしばらくしたら、近藤さんもやってきた。
「この人が近藤。私のボディーガードみたいなことをしてるの」
「あ。初めまして。新田洋介と申します。本日はお時間を頂き……」
「そういう堅っ苦しいのはなし。ねぇ、近藤。この前に人が欲しいって言ってたと思うけど、彼はどうかしら?アメフトやっているらしいから体力的には合格だと思うけども」
「確かに涼子様にはそのように申し上げましたが、やはりお父様のご許可が必要かと思います」
「いいじゃない。私の独断と偏見で。どうせお父様にそんなことを言っても勝手にしろって言われるだけだろうし」
近藤さんは困ったという顔を僕の方に向けてきた。そこを僕に頼られても困るけど、亜美の兄貴なんだし素性は確かだから問題ないのかな?でも確かに東雲さんのお父様の許可は必要だろうな。なんて言われるのか全く想像がつかないけれども。
「とりあえず、お父様に連絡してみるわ。多分、簡単な面接みたいのはあると思うけど、どちらかというと身辺調査みたいなのがメインだから素性が問題なければ大丈夫よ。多分」
「そうですか。是非よろしくお願い致します」
亜美の兄は丁寧に近藤さんに挨拶をしてから席を立った。というより東雲さんにそうされたというか。
「で、近藤。さっきの洋介君、どうかしら?」
「私の見立てでは問題ないかと思いますが、あるとすれば相良様のご学友の兄、というのが引っ掛かるかも知れません」
「それはどういう事ですか?」
なんでそこで引っ掛かりが出るのか聞いてみた。
「正直なところ相良様のことを総裁は良く思っておりません。それでお嬢様の身辺に、そのご学友の兄が、というのは近過ぎるというか……」
「あら、お父様はそんなことを思っていたの?」
「お嬢様も分かっておられるでしょう。基本的に総裁は金城様以外の異性をお嬢様に近づけたくないご様子ですので」
「それは私が嫌だって言ってるじゃない。それで分からないなら、私からお父様に説明するわ」
「なんか、すごいことになっちゃってるね」
隣に座った亜美が小声で言ってくる。そりゃそうだ。東雲財閥のお嬢様お付きの人になるんだ。簡単には決まらないだろう。
「まぁ、兎に角。近藤、お父様に報告を頼むわ。履歴書も貰ってるし。いいわね」
「はい。かしこまりました」
そう言って近藤さんも席を立って店を出て行った。
「これで良かったのよね?」
「え、は、はい。兄のことよろしくお願い致します」
一体どうなるのか想像が付かないけど、仮に雇われの身となったら、僕の味方が増える事になるし、悪いようにはならないだろう。