【第七話】
「うおー、すげー美人じゃん!これは一目惚れするわー」
「一目惚れかどうかは分からんが、思わず追ってみたくなるのは分かっただろ?」
「ああ。分かるぜ。俺にもその写真くれよ。毎日拝みたい」
「残念ながらこれは僕だけの女神なんでな。神を売るような事は出来ないな」
これは約束事項だ。いくら和人が親友でも東雲さんとの約束は破れない。
「そうかー。独り占めかぁ。それにしてもこの子、似てるんだよなぁ」
「誰に?」
「ほら、例の東雲財閥のご令嬢に」
「そんな情報どこから仕入れて来るんだ?」
「オヤジのスポーツ新聞。なんか最近一緒に帰ってる人がいるって記事でさ。次期東雲財閥の跡取りになるのかー、とかなんとか」
恐らくは金城君のことだろう。僕は一緒に帰っている訳ではない。しかし、そんなのが記事になるくらいなら、家に通ってる僕が表沙汰になったら……。と考えると少し背筋に汗をかいた。
帰宅してからゲームのチャットでその事を話したら、本人も把握していたらしくて、困ってると言っていた。それと、やはり僕が東雲さんの家に通ってるのがバレると面倒なことになるとも言っていた。やはり、東雲さんと僕のような庶民とは生きる世界が違うのだ。あくまでゲームの遊び相手。それが関の山だ。これだけでも十分なのかも知れないけれども。そしてそれから数日は家に来て欲しいという連絡もチャットもなくて、少し残念な気持ちになっていたら僕宛の郵便物がポストに入っていた。差出人は書いていない。でも親展って書いてある。
「なんだろう」
一応、自分の部屋に帰ってから開封した。
「カード?なんのカードだろう」
封筒の中に手紙でもあるのかと覗いてみたけどもなにも書いていない。でも親展で届く位だから確実に僕に届けたかったものなのだろう。そしていつものようにゲームにログインするとすぐにチャットが飛んできた。
「届いた?」
「何が?」
「カードキー」
「え?これって東雲さんの家のカードキーなの⁉︎」
「そう。それで入ってこればマンションだし誰の部屋か分からないでしょ?」
「そうだけども。金城君とか居たらどうするの?鉢合わせになったりとかしたら」
「大丈夫。基本的に亮太も私の家に来ることは稀だから。仮にも女の子の一人暮らしの部屋だからお父様もその辺は気にしているのよ」
だからあの時に金城君は「何回目なのか」と聞いたのか。しかし、そんな家に僕が自由に出入りしても良いものなのだろうか。何度か確認したけれども問題ないと返事が来るばかりで逆にプレッシャーがかかる。
「折角だから早速明日来てよ。あ、その時に宅配ピザとコーラを持ち帰りで買ってきて!」
「なんで宅配ピザなの」
「だって食べてみたいんだもん。あれ大きいから一人で食べられないじゃない?だから領収書に出ると何を言われるか分からないから」
「それって自動的に僕の奢りになるよね?」
「んー、そうだねー」
「そうだねって。まぁ、良いけども」
翌日、リクエスト通りに宅配ピザをお店で買って東雲さんの家に向かう。店舗で受け取ると半額になるのな。知らなかった。そして僕はカードキーをかざして最上階を目指す。そして玄関にカードキーをかざすと機械音とともに鍵が開くのが分かった。
「入るぞ……」
とドアノブに手をかけた瞬間、ドアが勢いよく開いて僕の顔に直撃した。
「ってぇ!」
「あ、ごめん」
「ごめんって。ピザ落としそうになったぞ」
「ピザが無事なら良かったわ」
「僕よりもピザの方が大事なのか……」
東雲さんは速攻で僕からピザを奪ってリビングに小走りで運んで行った。僕は念の為廊下に誰も居ないのを確認してからドアを閉めて鍵をかけた。
「んー!さいっこう!こういうのやってみたかったの!ジャンクフード片手に映画!」
そう言って配信サービスから怒涛のアクションもの映画をチョイスして再生し始めた。これ、僕が居なくても良いんじゃないのか……。ピザの宅配員になった気分だ。
「食べないの?熱いうちに食べた方が美味しいよ?」
「え、ああ」
そう言われてピザをワンピース口に運ぶ。
「そういえばさ。この家って監視カメラとか無いよね?」
「流石に無いわよ。あったら今まで相良君がきてた時にお父様からなんらかの連絡があるはずだもの」
「そういえばそうか」
「なんで?」
「いや、完全に密室状態だなって思って」
「なに?私襲われちゃうの?」
ピザを半分咥えたまま返事をしてきた。そして何もなかったかのようにピザを再び食べ始めた。
「完全に信用されてる、と捉えても良いのかな?」
「そんな甲斐性無いでしょ」
「それは……。でも一応僕も男だし?」
そういうと軽く息を吐いてからこう言ってきた。
「私、こう見えても人を見る目はある方だと思ってるの。相良君は大丈夫。そんなことをするような人じゃない」
その真面目でまっすぐした瞳は僕を魅了してやまなかった。それに僕は応えようと思う。この人は僕が守る。なんて思ったりもした。守るって何をすれば良いのか分からないけども。
映画は終わってピザも食べ終わって。もう帰宅の時間が迫ってきた。
「そろそろ帰る時間かな」
「えー。もうそんな時間?」
「そうだね。ほら。外も暗くなってるし」
映画を見るために部屋を暗くしていたブラインドの隙間から外を見ると、夜の帷が降りてきている最中だった。そして、その隙間から見えた昼と夜の境目に見惚れていたら東雲さんが僕の隣にやってきた。
「この景色は私も好き。で、この時間がやっぱり一番よね。この感じだと明日も天気が良いのかな」
「そうなの?」
「夕焼けが綺麗な時は明日も晴れってなんかで見た」
「そうなんだ。ところで明日はどうする?」
「あー……。明日はちょっと……」
「ああ、気にしないで。東雲さん優先で。僕はお邪魔してる方の身だし」
「そうじゃないのよ。明日は実家に帰る必要があって。今までのこと、何か聞かれるかなぁって思ったら憂鬱になっちゃって」
「僕との関係とか?」
「そう。この前に亮太と一緒に家に来たじゃない?それについて絶対に何か言われるに決まってるし」
益々持ってこのカードキーを僕が持っていてもいいのかと思い始める発言だったけども、そこまで閉じ込められた生活を送る東雲さんの息抜きになればと思うとこれも良いのかなと思ったりもした。
「なー。良樹ー。例の東雲さんって一緒に遊んだり出来ないのかー?」
「なんだ一緒に遊びたいのか」
「そりゃ、あんなに美人なんだし。それに、友達も美人が多そうだし」
友達か。和人に本当のことを言うべきか。でもあれは、僕のことを信用して身の上を話してくれたに違いないし。まさか友人がいないなんて言えたものではない。和人も東雲さんのお父様試験を受ければ良いのかも知れないけども。まぁ、十中八九不合格だろうな。
「ねぇねぇ、なんの話してるの?」
亜美が話に割り込んできた。なんか面倒なことになる予感が……。
「いやさ、こいつに最近すっげぇ美人の友人が出来たって自慢されてたところ」
「自慢はしてないだろ……」
「え?ほんと⁉︎良樹に私以外の女友達が⁉︎」
「失礼な。クラスの女の子とも普通に話してるだろ」
「えー。話してるだけで一緒に遊びに行ったりしないでしょ?」
まぁ、そうなんだが。確かに一緒に遊びに行くのは和人と亜美の三人が多い。亜美と二人で遊びに行くこともあったが、どうもつまらなそうなことが多かったので、亜美は和人のことが気になっているのだろう。
「で?どんな人なの?」
「良樹、さっきの写真もう一回見せろよ」
もうここまで来たら隠しても仕方がない、と亜美にも東雲さんの写真を見せた。
「あ!」
「なんだよびっくりしたな」
急に亜美が大声を出したものだからクラスの視線を集めてしまった。僕はなんでもないから、とジェスチャーして収めたけども。一体なんなんだ。
「この子、この前に見た!」
「なに。どこで?」
「私のバイト先で」
「バイト先ってお前……。メイド喫茶だろ……」
なんでそんなところに東雲さんが行ったのか謎すぎる。亜美に人違いじゃないかと確認したけども、間違いない、と言って引かない。
「一人で来たのか?」
「ううん。もう一人、男の人」
東雲さんが一緒に出掛けるなんて、金城君以外に居るのだろうか。しかし、あの金城君がメイド喫茶に?東雲さんが誘ったのかな。
「その男の人ってどんな感じの人だった?」
「うーん。東雲さんよりも背が低かったし、多分、年下かなぁ」
おや?新しい登場人物だ。東雲財閥のご令嬢と一緒にメイド喫茶に行くとかどうなってるんだ。
「なんだ、良樹は誰か他に思いついた人がいるのか?って、あれか。スポーツ新聞に載ってた」
「かなぁ、って思ったんだけど違うみたいだな」
「なに?スポーツ新聞って」
「ああ、さっきの子って、あの東雲財閥のご令嬢でさ。最近一緒に帰ってる人がいるってスポーツ新聞の記事になってたんだよ」
「ええ⁉︎東雲財閥のご令嬢⁉︎」
いちいち良い反応をするな亜美は。びっくりさせるのは簡単そうだ。僕がそのご令嬢宅のカードキーを持ってるなんて言ったら気絶しそうだ。
「でさ、なんでそんなご令嬢がメイド喫茶に?ハートが書かれたオムライスでも食いに来たのか?」
「んー。私が接客したんじゃないからよく分からないけども、一通りのサービスはしてたみたいだよ」