【第四話】
「相良良樹さんですね?」
家の前にこれまた黒塗りの高級車が停まっていて家に入る手前で声を掛けられた。
「ええ。そうですがなにか」
何かではない。恐らくは東雲さん事だろう。このまま拉致監禁でもされるのだろうか。
「今日は遅いので明日の夕方、もう一度お伺いしますので、その際はよろしくお願います」
そう言って男はあっさりと車に戻って走り去ってしまった。
「何だったんだ。東雲さんには一応報告しておいた方が良いかな」
家に入ってから東雲さんに、今し方起きた事について報告をしたら、良い機会だから私も一緒に話しをしたい、と言い始めた。なんか家庭事情に踏み込む感じがしたけれど、本人がそう言ってるのなら仕方がなかろう。
「和人、どう思う?」
「東京湾にコンクリート詰めにされて沈むんじゃないのか」
「マフィア説が抜けないな。だからあの東雲財閥の一人娘だって」
「そんなのマフィアじゃん。何をしても揉み消されそう」
一瞬、同意しかけたけども、流石にそこまでは、ねぇ……。
「で?今日は素直に従うのか?その一人娘はなんて言ってたんだ?」
「良い機会だから一緒に話しをしたいってさ」
「マジで?彼氏とか紹介されて沈められたりしない?」
「だからマフィアは……」
とここでチャイムが鳴って授業が始まった。授業中、和人に言われた事を思い出して、なにもされない保証はないよな……、とだんだん不安になってきたけども、なるようにしかならん。そして放課後。
「和人、一緒に帰らないか?」
「なんだ怖くなったのか?」
「ちげーよ。なんか少し不安になったのと、東雲さんを見て貰いたくてな」
「それは確かに見てみたいな。でも連れ去られるのは止められないぞ」
「だからそれはないって」
なんて話しながら校門に向かったら、校門の外に黒塗りの高級車が停まっていた。
「相良様。こちらへ」
「和人……。一緒に来るか?」
「いや、俺は遠慮しておくよ。死ぬなよ良樹。元気でな」
和人はそう言って先に帰ってしまった。友人とは一体……。
「さ、こちらへ」
そう言ってスーツを着た男は車のドアを開けて乗車を促してきた。そして後部座席に入ると、右隣にいかにもというオーラを放った男が座っていた。恐らくは東雲さんのお父さんだろう。そう考えてる内にドアは閉められ車は走り出した。
「えっと……」
「まあ待ちたまえ。娘も一緒に話しをしたい」
無言のまま走る車。空気が重たい。そして進む車。暫く走って東雲さんの住むマンションに到着した。
「あれ?降りないんですか?」
僕はてっきり降りて東雲さんの家に行くものだと思っていたのだが。
「娘に迎えに来させる」
そう言ったら運転手さんが外に出てマンションのエントランスに入って行った。そして東雲さんのお父さんは助手席に移っていった。
暫くしてから東雲さんと運転手さんがマンションから出て来るのが見えたので、否が応でも緊張が高鳴る。
「涼子」
助手席の窓を開けてお父さんが東雲さんを呼び止めた。それに反応するように、なにも言わずに後部座席のドアを開けて東雲さんは僕の隣に乗り込んできた。
「相良君。私は涼子には会わないように言ったはずだが?」
「お父様、それは私が……」
「私は相良君の意見が聞きたい」
参ったな。なんて言えば良いんだ。僕の本音は東雲さんに会いたい、だけど、実際は東雲さんからのお誘いに乗った、なんだよなぁ。
「えっと。どこから話したら良いかなんですけど、僕が東雲さんを初めて見つけたのは僕の学校の学園祭でなんです。そこで僕が気になって声を掛けました」
「ナンパ、かね?」
そうとられても仕方がないけども、自分の中ではナンパというイメージが沸かない。そう……。言うなれば無意識に……?
「そう取られても仕方がないと思いますが、東雲さんは不思議な感じがして会って話がしたい、そう思ったんです」
「なるほど。それは涼子がどんな人物なのか知らない状態で、と言うことかね?」
「はい。正直なところ東雲さんから話を聞かなければ立場も知らないままだったと思います」
「ふむ……私の顔を知らなかった。そういうことかね?」
実際に写真を見せてもらっても分からなかったんだ。ここは正直に答えても問題なかろう。それに一介の高校生が財界人の顔を知っていることなんて無いだろうに
「はい。大変失礼かと思いますが、存じ上げませんでした」
「そうか。それならそれで構わない」
東雲さんのお父さんは助手席に座ったままで振り向くことなく淡々と話を続けた。
「涼子にはね、それ相応の相手を……」
「ちょっとお父様、その話は……」
「いや。この話は相良君には知っておいて貰わねければならない。相良君、涼子には幼い頃からの付き合いのある人物がいてね。その子のご両親とも懇意にさせて貰っている。家柄もそれなりだ。君にそれがあるかね?」
「ない、ですね。ごく一般的なサラリーマン家庭です」
「そうか。それならこの件はお仕舞いだ。今後涼子には会わないで欲しい」
「だからお父様。その話はお受け出来ませんって言ったじゃないですか。そりゃ亮太君のことは嫌いじゃないですけど、そういう関係になるというのは正直お断りです」
「それでは全てを捨てて、この相良君を選ぶのかね?」
「捨てるとかそういうのじゃなくて、単純なお友達として付き合ってるの。なんでお父様は私の交友関係まで口を出してくるの?」
東雲さんが苛立っているのがわかる。毎回この様な話をしているのだろうか。その度に交友関係を断ち切られているのだろうか。でも正直なところ、こんな感じで会わないで欲しいって圧を掛けられたら普通は引き下がるよな。正直僕もそうしようと思ったくらいだ。でも東雲さんはそれが気に入らないようで妙に食い下がっている。
「お父様は私が今までどんな気持ちで過ごしてたか分かる?部活にも入れて貰えず、出来た友人には毎回こんなことをして。娘を鳥籠に入れるのがそんなに楽しい?この際だからはっきり言わせて貰います。迷惑です」
「……」
東雲さんのお父さんはしばし無言になった。そしてため息をついた後にこう言った。
「相良君。君は涼子の事が好きかね?」
「え?」
「ちょっとお父様」
「私は相良君に聞いている」
好きか嫌いかで言えば当然好き、である。こんな可愛い子を嫌いになる人なんて居るのだろうか。でもこの立場を知った上で同じことを言える人がどれだけいるのか。きっと同じ様なことをされて東雲さんは友人を作らせて貰えなかったのだろう。ここは僕が東雲さんを救うつもりで応えるべきだ。
「恋愛感情かどうかは会って間もないので分かりかねます。しかし、友人として好きか嫌いかと尋ねられてのなら好きと答えます」
「そうか。涼子は相良君のことが好きかね?」
「私も恋愛感情かどうかは全然分からないけども友人としては楽しく出来ると思うわ」
「そうか」
そしてまた暫くの沈黙。その静寂を破ったのは東雲さんだった。
「お父様。今回の件もそうですけど、今後はこの様なことはおやめになって欲しいのです。裏で何か調べるのは止めませんが。表立ってこの様なことはおやめになって下さい」
やはりそうなのか。今までの友人と呼べる人ができる度にこんな事をしていたのか。亮太君っていう人がどんな人なのか分からないけども、その人しか友人がいないのなら。それを僕が破れるのなら。
「ええと……なんてお呼びすれば良いか分かりませんが、東雲さんのお父様。僕は東雲さんと友人になりたいです」
「そうか。こんなことがあっても尚、そう願うか。分かった。今後も君のことは見させてもらう。そして涼子に相応しくないと判断した時は……分かってるね?」
これは赦されたということなのだろうか。僕が東雲さんの方を見たら小さく頷いたので、僕はその質問にこう答えた。
「問題ないです」
そして僕たちは解放されて車は走り去った。
「ごめんなさいね。本当に」
「いや、立場上は仕方ないんでじゃないですかね。変な虫がついたら大変だと思いますし」
「あら。自分は変な虫じゃないって言ってるのかしら?」
「そういうことじゃなくてですね……」
「分かってるわよ。でも嬉しかった。今までの友人は皆、お父様に言いくるめされてたから。それが学校中に広まって私に関わる人は居なくなったわ」
だから僕の学校の学園祭には一人で来たのか。いや違うな。新たな出会いを探しに来ていたのだ。それがたまたま僕だっただけで。
「そういえば、東雲さん、さっきの亮太さんというのは……」
「ああ。お父様が勝手に決めた相手よ。というよりそれ以外の選択肢を無くしてたとも言うわね」
許嫁、というやつだろうか。そんなのを耳にしたのは初めてだ。確かに仮に東雲さんと結婚なんてしたら次期東雲家の当主になってしまうワケだし。変な人物がその座につくのはまずいと思うし、周りも黙ってはいないだろう。
「それで、東雲さんにとっての僕はどんな存在になるの?」
「そうね。亮太以外の初めてのまともな友人、になるのかな。ね、それより家に寄ってゲームして行かない?」