【二十一話】
その後、佐伯さんからの通報で警察が病室にやってきて涼子の父と母を僕を犯罪者に仕立て上げる事にした犯人として連行されていった。
「佐伯さん。これで良かったんですよね?」
「ええ。でも良樹くんはこれからが正念場。先ほど言っていた通り、東雲家の闇は深い」
「そのあたりは父さんと相談します。今回は本当にありがとうございました」
「私は何もしてないじゃないか。全て君たちが動いた結果だ」
「かも知れませんね。それでは僕は涼子のところに戻ります」
そう言って僕は病室を後にして受付に向かった。
「涼子?」
受付に涼子の姿はなかった。
「警察に一緒について行ったのかな。亜美のお兄さんに聞いてみるか」
そう一人呟いて、車があるはずの場所に向かったが、車だけ残されていて目的の人物は運転席にいなかった。
「なんだ?」
なにか嫌な予感がする。僕は自宅に急いだ。通りに出てタクシーを捕まえて自宅を指定する。
「すみませんねぇ。そこには行けないんですよぉ」
「な⁉︎」
そう言ってタクシーはドアを閉めて走り出した。どこに連れていくというのか。一介の男子高校生に今の状況を打破する方法など有りもせず、ただ為されるがままに目的地に運ばれる。
「ここは……」
「はい。到着しましたよぉ。早く降りて下さいませんかねぇ」
ドアが開き、タクシーを出た先にあったのは、あの東雲家の本家本邸。タクシーは僕を降ろしたらすぐに走り去った。僕は本邸の玄関を開けて中に入る。
「待ったわよ」
「涼子?」
そこには近藤と涼子が立っていた。なんだ?なにが起きている?
「涼子。これは一体……」
「お父様は無事に逮捕されたんでしょ?良かったじゃない」
「涼子?」
涼子の様子がおかしい。自分の父親が逮捕されてこの態度は一体なんなのか。確かに自分達に濡れ衣を着せた相手だが……。ここで僕はハッとした。濡れ衣を着せられたのは僕であって涼子ではない。考えたくない事が頭を過ぎる。そして心拍が上がる。
「まさか……」
僕が再び涼子を見つめた時、僕は黒服の男たちに囚われた。
「連れて行って」
「涼子!」
僕のその声は涼子には届かなかった。そして僕は目隠しをされて本邸のどこか一室に放り込まれた。
「くっそ。なんだって言うんだ」
「良樹か」
「父さん?父さんなのか⁉︎」
僕は手足を縛られて目隠しをされていたが、父さんの声ははっきりと聞こえた。
「ああ。良樹も大丈夫、じゃなさそうだな。何があった?」
僕は今までの事を一気に話した。
「残念だが首謀者は良樹の彼女、と思っていた涼子、で間違いないな」
と思っていた。その言葉を聞いて事実を突きつけられた。
「でもなんで……」
「簡単な事だろう。私も良樹も。そして自分の父親さえ陥れれば東雲家は自分のものになる」
「涼子が……。涼子がそんなことを考えるわけが……」
しかし、これは現実だ。涼子は東雲家を我が物として何をしようとしているのか。僕達は自分の父親に罪を着せられた側の人間だ。こうして監禁されるいわれはない。
「良樹。よく聞け。東雲家について話す時が来たようだ。お前には辛い思いをさせる可能性が高い」
「分かってる。っていうか、もう既にすごい事になってるけどね」
父さんは一息吐いた後に話し始めた。
「東雲家は今は離婚状態にした貞子、東雲晃の二人が築き上げたものなのは知ってるな?私はその陰でいつも暮らしていた。今の大財閥になってから私は妻との間に良樹が出来たと同時に婿養子に出て東雲家を出て行った。しかし、私は東雲家と完全に手を切れた訳ではなかった。分かりやすく言うと東雲家の汚れ仕事を全て請け負っていたのだ。派閥の中に私に靡いている集団が居るのは聞いているか?」
「聞いてる。でもそれは近藤さん達のことじゃ……」
「違う。近藤はあくまで涼子のお付きだ。派閥には属していない。私が東雲家の中に作り上げた、いや、出来てしまった、と言った方が正しいな。その派閥は東雲家の解体を望んでいた。各々が財閥傘下の会社を貰い受ける形でな」
「まるでレジスタンスだ」
「そう。汚れ仕事の報酬にそのようなものを望んだと言うわけだ。私はそれを阻止したかったのだが、暴走を止めることが出来なかった」
「それで涼子が強権に出た、ということ?」
「その通りだろう。今の弟には財閥をまとめ上げる力が弱くなって来ていた。だから今回のような事を計画したのだろう」
「それが失敗に終わった。というよりも涼子の手のひらの上だった、ってことか」
「そのようだな。私の周囲にいた人間も皆拘束されたようだ。今の東雲家は当代の娘とそのお付きである近藤が握っていると言っても良い」
「総帥に付き従う者達は何をしてるの?なんでこの事態で動かないの?」
「動けないのだ。兄自身が犯罪に手を染めたのだ。そこに出て行っても自分達が不利な立場になるのは目に見えている」
「しかし、涼子が本当にそんなことを……」
「良樹」
父さんとそんな話をしていたら、部屋のドアが開く音と同時に涼子が僕の名前を呼んだ。
「涼子か?なんでこんなことをしたんだ」
「なんで?貴方、そこの人間が東雲家に何をしたのか分かってるの?」
「父さんが何をしたって言うんだ」
「何も聞いてないのね」
「話は聞いた。でも父さんは東雲家の汚れ仕事をしていただけじゃないのか?本家にはメリットしかないと思うけど違うのか?」
「そうやって東雲家への影響力を強めて行ったのよ。今、貴方のお父さんに付き従う重役は多いわ。今それを止めないと東雲家は瓦解するの」
「涼子にとって東雲家はそんなに大事なものなのか?僕との関係は嘘だったのか?」
涼子のため息が聞こえた。そして少し間を置いて再び話し始めた。
「良樹との関係は嘘じゃない。でも今の良樹の立場と私が……」
「最強になるじゃないか。父さんに従ってるという人たちを僕が、涼子のお父様に付き従う人たちを涼子が説得すれば東雲家は一つになるんじゃないのか?」
「そうなってしまうじゃない。それはつまり、良樹が東雲家の時期総帥になると言うことよ。分かってる?出来るの?」
「それは分からない。でも……」
「高校生に何が出来るの?」
「それは涼子だって同じじゃないか」
「私は!色々見てきた。この家の影の部分も見てきた」
「だから治められるというのか」
父さんが涼子に話しかけた。
「影の部分は貴方の方が知ってると思う。でも私自身も影そのものだったわ。何もしなければ晴人に家督が回る。そうした時私は邪魔者になるわ。そうしたら貴方も処分されるでしょう?」
「私はそうなっても構わない。だが良樹は今回の件については……」
「私は本当に良樹のことが好きなの。だからこれから起きる事に対して、良樹にその立場に立って欲しくないの。だから……」
「涼子が全ての責任を背負い込むと言う事なのか?僕と涼子の二人なら何とかならないのか?ダメなのか?今の僕は何の疑いもかかっていない。それは涼子も同じはずだ。それに父さんの力を借りれば東雲財閥も解体されるかも知れないけども、それぞれは存続出来るんだろう?」
「そうね。倒産するわけじゃないから従業員も路頭に迷う事もないかと思うわ。でもね、東雲財閥が解体されたら今までの闇の部分が噴出すると思う。だからいくつかの企業がその炎に包まれるかと思う。私にはその責任を負うことはできないわ。だから……」
涼子はそこまで考えて今回のことを計画したというのか。にわかには信じられないことだが、起きた事実を見ればそれは真実だったと認めざるを得ない。
「そうだ。佐伯刑事との間に産まれた晴人くんはどうなるんだ?」
「本人はその立場にあることを知らないわ。佐伯刑事もそうなることを望んでいないときいているわ。だから私が全てを請け負えば全てが丸く治るの」
涼子は東雲家の闇の部分まで全てを背負い込んで一人沈む覚悟なのだろうか。そうなったら涼子はどうなるのだろうか。その時、自分はどうすれば良いのか。
「涼子。その役目、僕にもやらせて貰えないか?当代長男の息子なんだ。うってつけの役目なんじゃないのか?」
「そうしたら東雲財閥は誰がまとめあげるの?良樹が表舞台に出てこれば瓦解するって言ったじゃない」
その時、父さんが口を開いた。
「その役目、私が全てを私が負おう。私が煽動すれば財閥の解体は阻止出来るだろう。そして今までの闇の部分についても全て私が責任を負えば良樹はクリーンなまま財閥に残れるはずだ。しかし……。良樹と涼子さんは四親等以内の間柄だ。望む関係にはなれないだろう」
それは薄々感じていたことだ。立場が近すぎる。
「でも一緒にいる事はできるだろ?」
「……。東雲財閥は良樹の代で終わりではない。分かるな?その時は晴人くんが全てを引き継ぐ事になるだろう」
晴人くんと僕の年齢差を考えると全体の人生で言ったら僅かな差でしかない。実際は晴人くんの子供が自分の次の総帥としての座を掴む事になるのだろう。その時、父さんに付き従った重役たちは邪魔者になるのだろう。僕達はどうするのが正解なのか悩んだ。しかし、僕の中での答えは一つだった。
「正直なところ、僕自身は東雲財閥がどうなったとしても涼子と一緒にいる事が出来るのならそれで良いと思ってる。涼子はどうなんだ?」
「私は……。良樹と一緒に居たい」
「よし。決まりだな。私が全てを請け負う」
父さんはそう言って近藤さんに拘束を解くように言った。
「さて。次の行動についてだが。良樹と涼子さんは国外に出て貰いたい。近藤さんも一緒で構わないかな?」
近藤さんはそれに了承して父さんと僕の拘束を解いてくれた。
「整理するぞ。今の総帥とその妻、便宜上元妻になってるがその二人には退いてもらう。代わりに長男である私が総帥の座に着く。良樹は涼子さんと一緒に国外に出てもらう」
「分かった。身辺整理をしたいから少し時間をもらうことは出来る?」
「構わないが学校に行くことは避けたほうが良いだろう」
恐らくは現総帥の手のものが何か仕掛けてくる可能性があるからだろう。しかし、和人と亜美には挨拶くらいはしておきたい。僕はそう思って二人を東雲家本宅に来るようにメッセージを送った。
「ほぇ〜。なんで良樹がこんなところに居るんだ?」
和人が亜美と共にやってきて当たり前の反応を示す。まぁ、普通はそう思うよな。僕は東雲さんの自宅であることを説明してこれから起きることを簡単に説明した。
「と言うわけだ。まぁ、無いかと思うけども二人に何かあってからじゃ遅いから話しておいた」
「良樹が、あの東雲財閥のねぇ。信じられないけども何で国外に行かなくちゃいけないんだ?」
「身の安全が保証できないから、らしい。海外に行くと言ってもしばらくは自宅で軟禁状態になるんだと思う。退屈するだろうから電話くらいは付き合ってくれ」
「了解。それにしても涼子さんと良樹がねぇ」
「そう言うお前は亜美とどうなんだよ」
「ちょ!亜美は関係ないだろ」
「あるだろ。ほら」
亜美を見ると顔が沸騰しそうになっている。この二人には何の障害もない。僕が東雲家と何の関係もなければ涼子と望む関係になれただろうと思うと正直羨ましい。しかし、そんなことを言っていても何も始まらない。血の繋がりが近くても気持ちは別だ。
「それじゃ、僕達は近々に海外に飛ぶ事になる。今までありがとうな」
「なんだよ。そんなの大丈夫だって。そっちこそ頑張れよ」
そう言い合って僕らは別れた。




