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【第二話】

「これって動かしてもいいものなの?」

「別に構わないわよー。それにしても助かるー」

 僕は翌週の週末に、また東雲さんの家に来ている。そして大掃除のお手伝い。

「こういうのって年末にやるものじゃないの?」

「大掃除なんて年末にやりたい?私は年末ゆっくりしたいから十一月中に済ませる事にしてるの。でもこの広さでしょ?一人でやるのが面倒で……。だからすごく助かってる。ありがとう」

「いやいや。この前の食事のお礼って事で」

 僕はリビングにモップをかけながら二階の廊下を雑巾掛けする東雲さんに返事をした。キッチンの食器棚には例の写真立てはもう置いていなくて。いや、盗み見しようとかそういうのでは無かったのだけれど、なんか残念な気がした。

 

「ふいー。こんなものかな。窓は流石に私たちじゃ無理だから業者に頼むわ」

 床から天井まで張られた大きな窓ガラス。脚立に乗って拭くにしても高すぎるし、危ない。僕はジャージ姿の東雲さんに目をやったら「休憩しましょう」と言われてリビングのソファに腰を沈めた。

「コーヒーと紅茶どっちが好み?」

「紅茶、というよりもミルクティーが好みですかね」

「あら、意外と贅沢ね。ミルクもあるから良いけども」

 そう言って紅茶のポットと砂糖にミルクをトレーに乗せて東雲さんもリビングにやってきた。

「それで?聞きたいことがあるんじゃないの?」

「え?」

「顔に書いてある」

 正直、図星だったので少々驚いたが、向こうから聞いてきてくれたので、折角だから聞いてみた。

「なんで一人暮らししてるの?」

 これ。これだけは聞いておきたい気がした。いや、それが全ての核心なんじゃないかと思ったくらいだ。

「ふむ……」

 東雲さんは少し考えた後に答えてくれた。

「相良君は親の小言とか嫌だなぁ、って感じた事ない?」

「ありますけど、それだけが原因ってわけではない……」

 とここまで話したら言葉を被せてきた。

「それだけが原因。それに一人暮らししたいって言ったら止めるどころか、こんなマンションまで用意して。なんていうの?私は必要とされてないのよ」

 そんなことない。そう言いかかったけども、東雲さんの実家がどんな状況なのか分からない状態で言うべき言葉ではない。

「でもなんだか羨ましいです。僕も一人暮らしとかしてみたいなぁ。大学に入ったら一人暮らしやってみたいって言ってみようかなぁ」

「そんなに憧れる?」

「ええ、まあ。だって全部自由じゃないですか」

「でもご飯は自分で作るし、さっきみたいに掃除も全部自分でやるのよ?」

「う……」

 この僕にそんな事は出来るのか。でも出来ないと社会人にはなれないよな。

「相良君はさ。親ってなんだと思う?」

「親ですか?」

「そう」

「うーん。常に近くにいるので考えた事がないですけど、改めて言われると居なくなったら悲しいとか寂しいとか感じるかもしれません。それにさっきみたいに食事や掃除もやってくれて感謝すべき存在なのかもしれません」

「そう、なんだ」

 紅茶の入ったカップを両手を温めるように持って、東雲さんはそう静かに返事をした。東雲さんにとっての親は一体どんな存在なのか。今までの話の経緯からして、必要されてない、とか帰ってきそうで聞くことが出来なかった。

「さて、こんなしみったれた話はそこまでにして。映画とか好き?」

「映画ですか?嫌いじゃないですよ。何か観ます?」

「よし。それじゃあ、今から映画鑑賞といきましょう。最近はネットでタイトル選べて便利よねー」

 映画館にでも行くと思ったら自宅のテレビで観る方向のようだ。それでも僕の自宅とは比べ物にならない大きさのテレビとサイドに置かれたスピーカーで迫力満点なものになるだろうと容易に想像できた。

 

「こういうの、好きなんです?」

「そう!大好き!もうさっきの破壊シーンなんて最高!全部壊しちゃえ!みたいな」

 観た映画は大怪獣が暴れ回るもの。確かに面白かったが、大怪獣に破壊されるマンションの一室に逃げ遅れた家族の描写があって、それが印象に残ってしまった。

「あれ、もうこんな時間か」

 ブラインドを閉めて暗がりにしていたから時間感覚がなくなっていたが、隙間から見える景色がすっかり夜になっていて慌てて時計を見たら十八時近くになっていた。

「あ、一応の門限があるから僕はこの辺で帰るね」

「そっか。だよね。それじゃ玄関まで送るから」

 と言われたはずなのに、東雲さんは家の玄関ではなく、マンションの玄関まで見送りに来てくれた。そしてマンションから駅に向かって歩き出して、ふと後ろを振り向くとまだ東雲さんはそこにいてブンブン手を振ってくれたので、僕もそれに応えるように手を振った。

 

「帰っちゃったか」

 相良くんが通りの角を曲がるまで見送って姿が消えた時にそんな言葉が自然と出てきた。

「さてと。私も帰って晩御飯作らなきゃ」

 

「ただいまー」

「あら。遅かったじゃない。どこに行ってたの?」

「ん?豪邸」

「豪邸?そんなお友達いたかしら?」

「最近知り合った。すんげぇ豪邸。マンションなんだけども二階吹き抜けのメゾネットでタワーマンションの最上階」

「すごいわね。それで、その人は同じ学校なの?」

「んー。違う学校かな。学園祭に来ててさ。声掛けたら仲良くなった」

「ナンパでもしたの?」

「交友関係を広めただけだよ」

「そう言う事にしておいてあげる」

 母さんの詮索はここで終わった。余計なことを聞いてこないので助かる。僕は自室に入って今日のことを思い起こす。東雲さんはなんで一人暮らしなのか。親からどう思われているのか。そんな事を考えていたら一階から母さんに呼ばれた。

「良樹ー。電話ー」

 家電話に?誰だろう。東雲さんには携帯番号しか伝えてないし。

「もしもし」

「君は相良良樹君、で良いのかな?」

 嫌に圧力のある声だ。

「はい。そうですが……」

 どちら様で?と聞く前に向こうから返事が帰ってきた。

「私は涼子、東雲涼子の父だ」

「え?」

 東雲さんの父親からの電話?なんで僕の自宅の番号を知ってるんだろう。というよりもなんの用事だろう。

「君は涼子の家に行った事があるね?」

「え?あ、はい。誘われまして」

「涼子が誘ったのかい?」

「はい。そうです。あ、でも今日行ったのは大掃除手伝うか僕が聞いて行くことになりました」

「そうか」

 と、しばらく間をおいて東雲さんの父親はこう続けた。

「涼子には近づかないで欲しい」

「え?」

「その言葉の通りだ。今後、涼子には近づかないで欲しい。半ばこれは命令だ」

 命令と言われて少しカチンときたが、声の圧力に負けて無言になってしまった。

「聞いてるのかね?」

「あ、はい。でも東雲さんから話しかけられたらどうすれば良いですか?」

「今後はそんなことはないだろう。それに、私は君の居場所を知っている」

 そうだ。この人は東雲さんの家に僕が行ったこと、この家を知っていることを考えると、なんらかの方法でそれを監視していたということになる。下手に動いて東雲さんにアプローチしたら、東雲さんに迷惑がかかるかもしれない。そんなことを考えていたら東雲さんの父親は「わかったね?」と最後の言葉を残して電話は切れた。と同時に、スマホに東雲さんからの着信が入った。さっきの言葉を思い出して出るか迷ったが、東雲さんからのアプローチは無いと言っていたのに早速かかってきたのだから、と思い電話に出た。

 

「パパから電話かかってこなかった⁉︎」

「えっと、今しがたかかってきて話したところ。今後、東雲さんには近づかないようにって釘を刺された」

「はぁ……。今回もそうなのね……。ね、そんな言葉を無視して明日も私の家に来てくれない?」

「でもそれは……」

「だから無視してって言ってるの。大丈夫だから。私が良いって言ったらいいのよ。学校終わったら来てね!それじゃ!」

 それだけ言い残して東雲さんは電話を切ってしまった。僕から電話を掛け直しても良いんだけど、なんて話すのか。父親に止められたからそれは出来ないとでも言うのか?翌日の授業はそんなことを考えていたらあっという間に終わってしまった。

「良樹、なんかあったか?」

 放課後に和人に聞かれて、昨晩の出来事を話した。

「それってなんかヤバげな匂いがしないか?マフィアの娘とか」

「マフィアの娘って。そんな感じはしなかったけどなぁ。あ、でもなんか写真立てを伏せてあって見ようとしたら全力で止められた」

「家族写真で完全にマフィアなんだろそれ」

「マフィア説推してくるな」

「で?今日はどうするんだ?行くのか?」

 正直迷ってる。行かなければ東雲さんとの関わりは終わりのような気がする。でもあの圧のある父親の忠告。逆らったらどうなるのだろうか。考えているうちに逆に興味が湧いてきた。まさか命までは取られないだろう、と考えて。

「和人、もしよかったら一緒に行かないか?」

「うぇ!マジかよ。俺まだ死にたくねぇ」

「だからなんでマフィアなんだよ」

「行くのか。遺言なら聞いておくぞ」

「あんな美人と心中なら本望だ」

 なんて冗談を言ったものの正直勇気がいる判断だった。

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