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【第十七話】

 その夜。僕は考えていた。必死に考えていた。カードキーのログなんでものはいくらでも偽装出来そうなものだ。でも一番腑に落ちないのは、マンションになんで僕の指紋入りコップがあったのか。確かにあのマンションに涼子が住んでいた時にコップを使ってジュースは飲んでいた。そのころのコップが洗われもせずに残っていた?そんなことは考え難い。そこまで考えていて、ハッとした。

「散らかっていた部屋を片付けた時か!でもなんで犯人はそのコップに僕の指紋がついてるなんて知ってるんだ?」

 そこまで考えて部屋掃除をした人間を思い浮かべた。

 あ、亜美?そんなバカな。だって、亜美にとってもお兄さんにとってもなんのメリットも無いじゃないか。近藤さんにしても。いや待て。状況を整理しよう。あの佐伯が考えているのはこうだ。僕が夕方に亜美のお兄さんから覚醒剤を入手。持っていたカードキーでマンションに侵入。そしてコップで覚醒剤を飲ませた。ってことは亜美のお兄さんも亜美もなんらかの報酬をもらう事にでもなっていたのか?そんな動きはなかった。そもそもそれは東雲家と警察が繋がっている事が前提になる。その夜は必死に考えたけども反論するような材料は見つからなかった。

 

「どうかな?何か思い出したかな?」

 翌日も佐伯からの詰問は続いた。僕が覚醒剤を飲ませたと自供させたいらしい。しかし、その前提として涼子の母親が目覚めないということがある。殺したのならまだしも意識が戻らない程度になんてそんな器用なことが出来るのだろうか。僕はここまで考えて一つの可能性を見出した。

「まさか……」

「ん?何か思い出したのかな?」

「あの、佐伯さん。涼子のお母さんはまだ目覚めないんですか?」

「ああ。まだ昏睡状態だ。それがなにかあるのかな?」

「いや、目覚めたら全てが明らかになるのに、なぜこんなにも結果を急ぐのかな、と思いまして」

 一瞬、佐伯が目線を逸らした。

「それは犯人が早く捕まることを前提に私たちは動いてるからな」

「それは僕が犯人であると確信しているんですか?」

「現状はまだ任意同行だ。あくまで可能性の一つとして考えているに過ぎない。だから何か思い出す様な事があれば聞かせて欲しい」

 この言葉で僕は確信した。涼子の母親は意識を失ってなどいない。全ては僕という人間を東雲家から引き離すための策略だ。なぜそこまでして引き離そうとしているのか分からないけども、そう考えたら全て納得がゆく。亜美のお兄さんの件も、きっと濡れ衣なのだろう。近藤さんは本当に心配して行動に移したのだろう。

「あの。刑事さん。もう一度、涼子のお母さんに合わせてくれませんか?出来れば涼子も一緒に」

「出来ないと言ったら?」

「これ以上、何も話す気はありません」

 佐伯は困ったなという顔を露骨に出してきた。まるで面倒臭いものを見るような目で僕の方を見てこう言ってきた。

「君が何を考えているのか、この職業を続けていれば何となく分かるんだが、今回の件はあまり首を突っ込まない方がいいと思うぞ。だから本当のことを喋ってお仕舞いにした方がいい」

 佐伯の態度が昨日のそれと違いすぎる。何かあったのか?でもこうなったら起きたことを順を追って話せば何か変わるかもしれない。そう思った僕は再度、あの日の事について説明した。

「分かった。君のいうことを信じよう。だが、指紋入りのコップはどうだ?説明がつくか?」

「どのコップなのか分からないので何とも言えないです」

「それもそうだな。おい」

 佐伯はドアに腕を組んで立っていた刑事に声をかけて証拠のコップを持って来させた。

「これだな。見覚えは?」

 僕は思わず生唾を飲んでしまった。

「あります」

「それはどこで?」

「涼子の家です」

「それはどちらの?」

「アパートの方です」

 佐伯は、テーブルについた両肘を自分の身体に引き寄せて、ふーっと息を吐いてから僕から視線を外してから語り始めた。

「やっぱりそうか。君は……美子さんが目覚めないのは茶番だと思っているね?そしてこのコップは美子さん自身がアパートから持ち帰ったものだと思っているね?」

 なぜ佐伯はこの様なことを言い始めたのか分からないが、僕が思っていることの通りなので僕は静かに頷いた。すると佐伯はもう一度息を吐いてから人払いをして取調室の扉を閉めた。

「ここからは私個人の話だ。私も概ね君の思っていることが真実だと思っている。上の連中はそうさせないようだが。私はこの職業に就いて真実だけを追い求めてきた。ここで暴露するのもいいだろう。だが、そうしても君の嫌疑は晴らすことは出来ない。だから君は今の主張を変えないで欲しい」

「え、ええ。そのつもりですが」

「それは涼子さんもあちら側の人間であることを意味するとしても大丈夫かね?」

「え?」

「あのコップはアパートにあったものなのだろう?君は美子さんがアパートに入ってコップを持って行ったと思うかい?だとしても君の指紋入りコップを見分けるのは不可能だ。つまり……」

「涼子が母親に手渡した?」

「そういう事になる」

「そんな……」

 絶望的にな情報に僕は呆然としてしまった。そんなバカな。涼子まで僕を……。

「刑事さん。僕が東雲家に近づいたらなにか不味い事でもあるのですか?」

「今それを調べている。君はそれが分かるまで何とか粘るんだ。いいね」

 そう言って佐伯は取調室のドアを開けて外に出ていった。代わりに入ってきた捜査官は僕の指紋を改めて採取させて欲しいと言って僕を別室に連れて行った。そして両手各五本の指を機械に押し付けて指紋を採取した。

「あの。今日は僕は……

「ああ。多分帰ってもいいと思うよ。あとでその辺の話があると思うよ」

 そう言われた通り、その日の夕方には自宅に戻ることができた。帰宅したら母さんが何があったのか僕に聞いてきた。当然の事だろう。僕は今回起きたことを簡潔に伝えると母さんは何かを察しのか真面目な顔になって僕に耳打ちをしてきた。

「この家はね。東雲家の分家なのよ。相良の名前は私の姓でね。父さんの旧姓は東雲になるのよ」

「は?」

「だから本家にとっては良樹が邪魔な存在なの」

「でも、東雲家には跡取りが……」

「本当にあの源蔵の息子だと思うかい?」

 東雲源蔵。東雲財閥の総裁。その正妻の娘、涼子。

「その話、涼子は知ってるの?」

「知ってたら良樹のところに来ないわよ」

 どう言うことだ?僕の家が東雲家の分家だと涼子が知っていたら僕のことを遠ざけていた?やはり今回の一連の出来事に涼子は絡んでいる?

「母さん、今回のことなんだけど、ウチは東雲家と戦うの?」

「息子が嫌疑をかけられてるんだからそうに決まってるでしょ」

「そう……なんだ」

 この時点で涼子も敵になってしまう。指紋のついたコップを母親に手渡した。これを覆す材料がなければ涼子は今回争う相手になってしまう。なんにしても涼子と話がしたい。

 僕は翌日の学校を休んで病院に向かった。無理だとは思ったが涼子の母親に面会したいと受付で申し出てみた。

「生憎ですが……医院長の許可がございませんと……」

 医院長の許可。ここで僕は確信した。やはり涼子の母親は意識を失ってなんていない。病院から出て僕は涼子のアパートに向かった。そしてインターホンを鳴らすと中から人の気配がしたので、涼子は家に居る様だった。しかし、呼び出しに応じる様子もなく僕は考えた。

「待つか……」

 僕はどうしても涼子と話がしたかった。そして今回の事が東雲家のみの話で涼子は関わってないという確信が欲しかった。

 それから六時間は待っただろうか。部屋のドアが開き、涼子が中から出て来た。そして僕は声をかける

「涼子」

「え?わっ!びっくりした」

「びっくりしたって……午前中にインターホン鳴らしたけども出てこないから待ってた」

「え?あれって良樹だったの?私てっきり……」

 僕以外に尋ねてくる人がいたのだろうか。それを聞いた僕は言葉を無くしてしまった。

「母さんかと思った」

「え?でもお母さんは病院で……って。あれ?」

「ん?良樹は知らないの?あの後、母さんは目を覚まして今は家に居るんじゃないかしら。私は母さんに会っちゃいけないから午前中は居留守をしたの」

「なんで会っちゃいけないの?」

「なんでも母さんを狙った人物を追い詰めるためって言ってた」

「誰が?」

「ん?お父様だけど。だって許せないじゃない。母さんをあんな目にあわせるなんて。私だって協力するわよ」

 僕は頭がクラクラした。一連の出来事はやはり涼子のお父さんの仕業。そのために娘も利用したってことか。でもあの指紋のついたコップはどう言うことだ?

「涼子、僕が使ったコップ、お母さんのマンションに持って行った?」

「ん?そんなの持って行ってないけど。なんで?」

「そのコップがマンションにあるからって僕が疑われてる」

「え?」

 この様子だと本当に何も知らないようだ。だとしたらますます意味が分からなくなってくる。このアパートの鍵は東雲家が持っていてもおかしくない。でも僕が使ったコップをピンポイントで持って行くことなんて出来るのか?それにあのコップはアパートに何個かあって……。

「そうか。そういうことか。涼子、洗面所のコップってどこに行ったか分かるか?」

「洗面所のコップ?それって良樹が洗ってくれたんじゃないの?食器置きにあったけども」

「僕は洗ってない」

「え。そうなの?洗ってよそういうのは」

「いや、今回は本当にそう思ったよ。でもなんで僕があのコップを洗ってないって分かったんだ?」

「見てたとか?」

「カメラか何かを仕掛けて?」

「そう。お父様、そういうのよくやるから」

「いや、普通やらんでしょ。そんなの。じゃあ、この家にも仕掛けられてる可能性があるってこと?」

「うーん。どうだろう。探してみる?」

 なぜ涼子がこんなにあっけらかんとしているのかは分からないけども、カメラがあれば全ての謎は解ける。

「これか……」

 僕は洗面所を集中的に探したら換気扇の吸気口からマイクロカメラを見つけることができた。

「やだ。本当にあったの?」

「涼子はこんなところにカメラを仕掛けられて何も感じないの?」

 脱衣所にカメラなんて年頃の女の子だ。いくら父親とはいえ拒否反応があってもいいと思うが……。

「うーん。実を言うとね。良樹が狙われるんじゃないかって思ってたの。だから証拠を残すためにカメラの件は放って置いたの」

「なんで僕が狙われると思ったの?」

「お父様があんなにあっさりと私に近づくことを許したから。こんなことをいうのはアレだけど、良樹の家は普通の家じゃない?なのに私と一緒にいることに対して何もしてこなかったじゃない?」

「最初は会うなって言われたけどね」

「良樹から聞いて、それも引っ掛かってたのよ。良樹の家ってよく分からないけど、東雲家にとって何かあるんじゃないの?それで邪魔な存在?みたいな」

 これは話しても大丈夫なのか?涼子は本当に自分の味方なのか?なんにしてもこのアパートには監視カメラがあるってことは会話も拾っているだろう。

「公園に行こう」

 僕達は、あの日僕がアルバイト雑誌を読んでいた公園に向かった。

「よし。ここまではなんの邪魔も入らなかったな。それじゃ話をしようと思うけどいい?」

「いいよ。何を聞いても私は良樹の味方だから」

 何を聞いても、か。今回の話、涼子にとっては何かデメリットはあるのか?考えたけどもそんなものは見当たらなかったので、僕は母さんから聞いた内容を涼子に話した。

「聞いてはいたけども、びっくりした。良樹の家がそうなの?でも苗字が……、ってもしかしてお父様のご兄弟とか⁉︎」

 僕はゆっくりと頷いた。僕の父親はあの東雲財閥総裁の兄だ。そして僕はその長男。東雲家の家督を継ぐのは僕と言う事になる。

「でもそんなのって……」

「僕も話を聞いた時は信じられなかったよ。でも今回起きた一連の流れを考えると相当僕を潰したいみたいだし」

「でもなんで良樹のお父さんは家を出たの?だって昔、私と付き合うには、東雲財閥に入って貰うみたいな話もしてたじゃない?」

「それは僕も引っ掛かってたんだけど、母さんから話を聞いて納得したよ。つまり相良の名前で会社で囲ってしまえば、どうにでも出来るって思ったんだろう」

「そんなことが本当にあるなんて。お父様は何がなんでも良樹を排除したいってわけね」

「そのようで。今、佐伯って刑事が事の真相について捜査してくれてるらしいけども、大丈夫かな……」

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