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【第十六話】

「涼子は今回のことってどこまで知ってるんだ?」

「加奈子さんのこと?健人くんのこと?それともお母さんのこと?」

「その様子だと全部知ってるみたいだな。納得してるの?」

「するもしないも。どうすることも出来ないじゃない。お母さんはどう思ってるのか分からないけども……」

 僕は涼子の住むアパートに寄ってそんな話をしていた時、ふと思い出したことがあった。

「あ。カードキー持ったままだ」

「マンションの?」

「そう。一応生きてる可能性があるからマンションには入れるかも知れないよ?」

「行ってどうするの?」

「うーん。逃げる?」

「なんで?」

「東雲家を困らせる?」

「そんなのじゃ困らないでしょ。居なくなって欲しい人が自分から消えるんじゃ願ったり叶ったりじゃない」

「そうかぁ。でもなんか一泡吹かせてやりたいんだよね」

「あんまり暴れるとコンクリート詰めにされて東京湾に沈むかもよ?」

「それって本当の話なのかよ……」

「冗談よ。でも私も気に入らないのは確かだけどね。お母さんがなんでこんな条件を飲んだのか分からないけど」

 しかし、その答えは意外なところから知らされる事になった。

 

「はい。相良です。ええ。そうですが……。ええ⁉︎」

 家でゴロゴロしてる時に掛かって来た電話。相手は亜美のお兄さん。近藤さんの助手として就職したと聞いている。涼子のお母さんが倒れたというのだ。涼子が携帯を持っていないので、僕に連絡をして来たということだ。僕は二十二時を過ぎていたが、母親に事情を簡単に説明した後に涼子のアパートを目指した。

「涼子!起きてるか!」

 呼び鈴を鳴らしてドアを叩きながら叫ぶ。その僕の勢いに合わない様子で涼子が「なあに?」と言いながら出て来た。

「お母さんが!涼子のお母さんが倒れたって!」

「え?」

「涼子が電話持ってないからって僕に連絡が来た。病院は……」

 と説明をしていたら黒塗りの車がアパートの前に入ってきた。

「お嬢様!話は後です!早く!」

「近藤さん!」

 近藤さんが車を走らせながら事情を教えてくれた。

「非常に申し上げ難いのですが、今回の件は単純なことじゃないと思ってます」

「それは?」

「こんなタイミングよく奥様が倒れるなんて思えません。以前はあんなにお元気だったのに」

「それはまさか……」

「考えたくはないですが」

 僕達を乗せた車は病院の車寄せに滑り込み、涼子と僕は病室に急いだ。そこには酸素マスクを付けられて横になる涼子のお母さんの姿があった。

「くっそ。なにがあったんだ。大丈夫なのか⁉︎医者は?医者はいないのか⁉︎」

 と言葉にしていたら廊下から気配がしたので振り向くとそこには加奈子が立っていた。

「加奈子?なんでこんなところに?」

「そっちこそ、なんでこんなところにいるの?これは東雲家のことだよ?なんで良樹がいるの?」

 その声は冷たく冷静な口調だった。あの加奈子とは思えない。と、その後ろにさらに人影が見えた。

「父さん……」

 涼子がそう口にした後に部屋に入って来たのは東雲家の総帥だった。

「君がここにいるという事は執事だな。近藤か。まあよい。いずれ呼ぼうと思っていたところだ」

 その事務的な声に恐怖を感じながらも、何が起きたのか僕は尋ねた。

「なにがあったんです?なんであなたがここに居るんですか?」

「なぜ?そんなの決まってるじゃないか。離婚したとはいえ、元妻が倒れたんだ。駆けつけてもおかしくないだろう?」

「じゃあ、なんでそんなに冷静なんですか!」

「慌てても事が変わるわけでもあるまい?」

 こいつには人の心がないのか?元妻が倒れたんだぞ?あの様子だと意識がない。それなのに……。

「父さん。お母さんに一体何をしたの」

 涼子は父親を睨みつけながら地から這い出るかのような声を出した。

「何もしていない。本当に倒れたんだ」

「じゃあなんで一人暮らしだった母さんが倒れたって分かったの!」

「ふー。あまり勘が鋭いのは嫌いなんだが。しかし、我が娘と言うべきか。事の次第が分かっている様だね」

「まさか……父さんが……!」

 飛び掛かろうとした涼子を僕は止めた。そうされるのが前提の事柄に思えたからだ。

「東雲さん。刑事一課の佐伯と申します。今回の件についてお話をお伺い出来ますでしょうか」

「いいですよ」

 あそこで飛びかかっていたらこの佐伯という刑事に暴行罪を着せられたかも知れない。あの東雲家だ。警察と繋がっていたもおかしくない。

「と言うわけだ。私はこちさの刑事さんと話をする。この後は自由にしたまえ」

 そう言って刑事と一緒に廊下を曲がって消えていった。

「加奈子は何か知ってるのか?」

「何かって?」

「何もかもだよ!なんでこんなタイミングで涼子のお母さんは倒れたんだ!何をしたって言うんだ!」

「人聞きが悪いわね。まるで私たちが何かをしたみたいに」

「たち?たちってなんだ!」

 東雲家ぐるみの犯行。そうこれは犯行と呼んでも良い代物だ。こんなタイミングで、しかも一人暮らしのはずの人間がここにこうして運ばれてくる。そんな都合の良いことが起きてたまるか。

「涼子はお母さんについてあげて。僕は加奈子と話す」

「話すって何を?」

「全部だ。今回のことについて全部を話すんだ」

「良いわよ。美子さんから電話があったのよ。それで近藤が慌てて部屋に行って病院に運び込んでくれたの」

「近藤さんは部屋のカードキーを持っていないはずだ……!」

「なんでそんなこと言えるの?」

「カードは二枚しかないと聞いている」

「じゃあ、問題ないじゃない。二枚目を近藤が持っていたんでしょ」

「そんなわけはない。二枚目は僕が持っている!」

 加奈子の目の前にカードキーを出した。

「そう。あなたが持っていたのね。道理で探しても見つからない訳だわ」

「やっぱり東雲の人間がやったのか?」

「なに?東雲の人間が美子さんを手にかけたとでも言いたいの?」

 僕は涼子の方を見た。後ろ姿からでもわかる心配そうな姿。それを見て僕は加奈子に更に食い下がる。

「違うのか?不審な点がなければ刑事なんて来ないだろ?」

「そうね。不審な点がなければ来ないわね」

「じゃあやっぱり!」

 僕の疑心は確信に変わり始めていた。東雲の人間が涼子のお母さんを! 

「でもどうやって?カードキーは二枚だけ。その一枚をあなたが持っていた。東雲の者が何か手をかけるにしてもどうやって?」

「!」

 まさか。そんなわけは……。

「相良さん、ちょっと良いですか」

 廊下から僕を呼ぶ声がした。さっきの刑事一課の佐伯という刑事だ。僕は加奈子との会話を強制的に打ち切られて廊下に出て行くしかなかった。

「少々お伺いしますが、今日の夕方、何をされてましたか?」

「夕方ですか?公園でアルバイト雑誌を読んでました」

「誰と?」

「一人ですけど……」

「誰かに会ったりしてないのかな?」

 ぼくは生唾を飲み込んだ。

「まさか、ですけども僕を疑ってるんですか?」

「疑う?何についてですか?」

「涼子のお母さんが倒れたことについて……」

 ここまで口に出して気がついた。倒れたことを知ったのは亜美のお兄さんからの電話。でもそれは二十二時を過ぎてからだ。倒れたのがその前と考えられたのなら嫌疑をかけられてもおかしくはない。アリバイがないと今しがた口にしたのだ。

「そうですか。ちょっと署までご同行願えますか」

 

 警察署の小部屋に連れて来られた僕の正面には佐伯という刑事。開かれたドアにはもう一人の刑事が腕組みをして立っている。

「僕に何を聞きたいんですか」

「知っていると思うが、美子さんは現在意識不明だ。医者の見聞によるとなんらかの薬を飲まされた可能性があるそうだ。それは現在検査中だ。時に相良君は今日の夕方は一人だったんだね?」

「はい」

 ここで嘘をついても仕方がない。と言うよりも僕は何もしていないのだから真実だけを話せば良い。

「それと、美子さんのマンションに入るカードキーを持っているね?」

「はい。以前あの部屋には涼子が住んでましたので。その時に貰いました。でもこのカードキーで入ったのならログとか残ってないのですか?」

「そこなんだよ。カードキーをみせてもらえるかい?シリアルコードが書かれているはずだから」

 僕は素直に財布からカードキーを取り出して佐伯さんに手渡した。佐伯さんはノートパソコンを見ながらカードキーのシリアルコードを確認している様だった。

「うーん。入室ログとこのカードキーシリアルコードが一致するんだよね。相良君は本当に公園にいたのかな?」

「え?」

 そんな訳は。そんなはずはない。

「君は本当に公園にいたのかい?読んでいたアルバイト雑誌はあるかい?そもそも君の高校はアルバイト禁止じゃなかったかい?」

 僕がアルバイト雑誌を読んでいたのは涼子がアルバイトをしたいなんて言っていたから半分気まぐれで読んでいたものだ。その雑誌も公園のゴミ箱に捨ててしまっている。

「雑誌は公園のゴミ箱に捨てました。そうだ。その雑誌の指紋を確認してもらえれば……」

「井上、そっちはどうだったんだ?」

 入り口で腕組みをしている刑事の名前だろう。その井上という刑事はその問いにこう答えた。

「さっぱりだ。ゴミ箱は空だったよ」

「そんな……」

「そう言うわけで、申し訳ないのだけれど、相良君は被疑者ということになる。本当にあのマンションには行ってないのかね?」

「ドアノブに指紋とかなかったんですか?」

 僕は必死だった。この刑事は僕のことを疑っている。

「そうだ。僕には動機がないです。なんで涼子の母親をそんなことにするのか。なんの得があるのか……」

「動機か。君は美子さんが倒れた場合、何を得る?」

「何もないです」

「そうかい?君は涼子さんとどんな関係だい?」

「どうと言われましても……。まだ曖昧な関係です」

「曖昧。しかし、一番近いのは間違いないね?」

「恐らくは」

 この人は何が言いたいのか。

「美子さんは東雲家から受け継いだ莫大な遺産がある。美子さんが仮にこのまま……万が一のことがあれば、その遺産は涼子さんに渡ることになる。分かるね?」

「まさか、その遺産が欲しくて僕が手をかけたとでも言うんですか?」

 一拍の間をおいて佐伯という刑事ははっきりと言った。

「我々はそう考えている」

「そ……そんな!僕は!そ、そうだ。なんらかの薬をって言ってましたよね?僕がどこでそんなものを……」

「白河太一。知ってるね?」

「はい。私の友人、亜美の兄です」

「先ほど逮捕した」

「え?」

「君は白河太一からの電話で今回のことを知ったのだよね?」

「そうですが……」

「白河太一は覚醒剤を持っていてね。夕方、白河太一は例の公園の近くで確保している」

「そんな。それじゃあ今日の二十二時に電話してきたのは誰だったんですか⁉︎夕方に確保してるのなら……」

「電話は本当にかかって来たのかね?」

「かかって来ました。それに近藤さんも……そうです!涼子の家に行った時に近藤さんも来てくれました!」

「その近藤も確保している」

「え?」

 次々に溝を埋められている。僕のアリバイはない。そして周りの状況証拠から僕に嫌疑がかけられている。

「近藤さんはなんの容疑で確保されているんですか!近藤さんが何かをするメリットなんてないじゃないですか!」

「ふー。君は近藤と安西涼子との関係を知っているかい?」

「え?はい。以前の執事のような……」

「そうだね。それじゃあ、なんで今回のことを知っていたんだい?その時間のはるか前に白河太一は確保している。倒れたことを知っているのは?」

「犯行を及んだ人間とその周囲の人間……」

「そうだね。それでだ。君は今日の夕方、何をしていたのかな?」

「ですから公園に……」

「公園で白河太一と会っているね?」

 つまりはこう言うことか。僕は亜美のお兄さんから覚醒剤を公園で入手。カードキーを使ってマンションに侵入して涼子のお母さんに手をかけた。そう言うシナリオって言うわけか。

「会ってませんし、仮に刑事さんが考えていることが実現できたとして、どうやって涼子のお母さんに薬を飲ませるんですか」

「飲ませる、と言ったね?」

「え、ええ」

「なぜ飲ませたと知っていたのかな?」

「薬なんですから飲むものでしょう?」

「ああ。結果が出たか」

 僕と話している最中にドアから佐伯にファイルが手渡された。

「なるほど。っと、話が途切れてしまったね。君は薬は飲むものと言ったね?」

「はい」

 そして手にしたファイルを僕に見せてきた。

「それは何かわかるかね?」

「コップ、ですか?」

「そうだね。このコップから君の指紋が検出された。指紋は君の家のドアノブから取らせてもらったよ」

 ありえない。なんで行ってもいない涼子の母親の家に僕の指紋入りコップが?

「君は……ここまでの状況が揃っていてもまだ知らないというのかな?」

「僕はなにもやってません!亜美のお兄さんとも会ってません!マンションにも行ってません!」

 このままではジリ貧だ。どうにかしてこの疑いを晴らさないと……。

「他に何か言うことは?」

「涼子さんのお母さんが目を覚ましたら分かることです」

「残念だが……」

「え?」

 僕はあまりの事に言葉を無くした。

「これで君の目的は果たされたわけだが……。どうかね?これでもまだシラを切るつもりかな?」

 この刑事は完全に僕を疑っている。でも今回の事件は東雲家にとって有利なものだ。あの加奈子の反応といい、今回のことは……。でも僕は真実を語る以外に打破できるものはない。

「今日はここに泊まっていくといい。もうこんな時間だ。君のご両親にはもう連絡済みだから安心してくれたまえ」

 そう言って僕を別室に案内していった。ベッドがあるだけの部屋に。

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