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【第十五話】

 その日の夕方、ネットでアルバイト先を探そうとしたけども、ネット環境がこの家にはないことに気がついて、僕のスマホで探したのだけれど、ネット環境も電話も無ければ連絡手段に困る。僕は翌日の放課後に、このアパートで待ち合わせることにした。スマホを買いに行くのだ。

 

「ねぇ、私スマホなんて持った事がないのだけれど、三万円で収まるものなの?」

「うーん。通信費はそれなりにかかるけど、今は本体を分割払いにして回線をサブブランドにしたら月額三千円くらいで運用出来ると思う」

 スマホの通信費用を考えたら今までの様にネットゲームをやることは難しいだろう。やはりスマホで連絡を取り合うべきだ。幸にしてお店のキャンペーンで月額費用もかなり抑えられたのでなんとかなりそうだったので一安心。連絡先を交換してメッセージアプリをインストールして。ネットのチャットがこんな簡単に出来るなんて、とはしゃぐ東雲さんを見て僕も嬉しくなったりもした。

 

「涼子」

 不意に後ろから呼ばれて振り向くとそこには金城君がいた。

「引っ越したんだってな」

「ええ。今までのところは先週で引き払ったわ。あ、そうだ。さっきスマホを買ったから連絡先を交換しましょう」

「そんな事じゃない。東雲家と縁を切るつもりなのか?」

 東雲さんはスマホを触る手を止めてゆっくりと金城君の顔を見上げた。

「東雲家のご令嬢じゃなくなった私には用はないってこと?」

「そうじゃない。そうじゃないけど……父さんが……」

 玉の輿を逃してたまるか、という父親なのだろうか。ちょっと僕はムッとしたけども、金城君も辛い立場にいると思うと偉そうな感じではあるが同情してしまった。金城君は大きくため息をついてからスマホを取り出して連絡先を東雲さんに渡した。そして「何かあったら連絡する」と言い残してその場を去っていった。

「なにあの亮太」

「金城君も微妙な立場にいるんだと思うよ。なんだかんだ言って家の問題が出て来るだろうし」

「家の問題、か。私が東雲の名前を失ったらクラスのみんなはなんて言うのかしらね」

 思わず想像してしまった。今までは東雲家の名の下に、なんとか一線を越えることが無かったものが堰を切ったように流れ出す憎悪を。

「あーあ。良樹と同じ学校だったらいいのになぁ。今からでも転校しようかしら」

「何言ってるんだよ。こっちは公立校なんだし受験があるぞ」

「あら。私、成績は悪くないって言ったじゃない」

 

 この時冗談だと思っていたのだが、翌月の十二月に東雲さんは本当に転校してきた。

 安西という名前を持って。

 

「涼子、本当に来たの?大丈夫なの?」

「うん。捨てて来ちゃった」

 東雲さんはこの時期の転校ということでクラスに入らずに事務準備室でこれからの時間を過ごすらしい。大学は受験を選んだとのことだ。

「しっかし、びっくりしたな良樹」

 和人は何も知らない。今までなにがあったのかも。そして東雲の名前を捨てて来たことも。

「和人、涼子はこれから受験だからいつものように遊んだりできないからな」

「えー。一緒にゲームやりてぇよ」

「そういうのは受験が終わってからな」

 亜美はお兄さんから何かを聞いていたのか、今回の件についてはなにも言ってこなかった。

「涼子、お母さんって一緒に住むことになったのか?」

「母さん?母さんは……」

「なにかあったの?」

「家の外に出すと何かとあるからって、お父様の家に」

 囲っておくってことか。しかし、あの父親、本当にやる事が酷いな。今度あったら一言言ってやりたい気分だ。

 

 僕は東雲さん、もとい安西さんの家に一緒に帰って、何があったのか詳細を聞いた。おおよそのことは予想していたが、実際に言葉にされると辛いものがある。

「アルバイトの件なんだけども……」

「受験あるんだし無理でしょ。もしあれだったら僕の家でご飯とか食べる?」

「ありがとう。でも遠慮しておくわ。私、自立したいの。あの東雲家の力がなくても大丈夫だってあの父親に言ってやりたいの。じゃないと母さんは……」

 やるせないな。あの東雲家の正妻からの下野したとしても莫大な慰謝料を貰っていてもおかしくない。それなのにこの様子。多分、なにも貰わずに放棄したのだろう。いや、させられたのだろう。涼子のアルバイトについては受験優先と言うことでなんとか回避させたけども、生活費がどの位出ているのか心配にはなる。最悪、僕がアルバイトをしてなんとかしたいとも思った。

「それでね、良樹。私これからこの大学に入学するために勉強するんだけど、良樹はここ、来られそう?」

 そう言って見せられた参考書に書かれた大学名は、難関で有名な大学だった。

「今のままだと厳しいかな……。そうだ、涼子が嫌じゃなかったら一緒に勉強しないか?」

「別に構わないけども、自分の勉強があるから教えられないわよ」

 まぁ、そうなるわな。自力でなんとかしないと。

 翌日に和人と亜美に受験大学の話しをしたら、案の定「無理だろ」と言われたけども、涼子がこの大学に行くならば、自分も絶対に行きたい。

 そんな時だった。

「今日は転校生がいるぞ」

 ホームルームで担任がそう言うとクラスはざわめいたが、すぐに静かになった。担任はそれを見計らって転校生に教室に入るように指示を出した。

「え?」

 その転校生は僕が中学校まで同じクラスにいた女の子だった。

「初めまして。私は東城加奈子と申します。島根から来ました。よろしくお願いします」

 僕は高校生活は中学時代とは切り離したくてこの高校を選んだのだ。そこに中学の匂いを持った女の子が転入してくるなんて。東城さんはすぐに僕を見つけて軽く手を振ってきた。それを当然のようにクラスのみんなは僕の事を見る。これは一波乱ありそうだな。

「なあ!良樹、東城さんとは知り合いなのか?」

 休み時間になったら和人と亜美が来て興味津々と行った感じで聞いてきた。まぁ、今朝の行動からして当然の質問だろう。ここは隠しても仕方が無い。

「中学の同級生」

「まじか。これは運命だな」

「なにがだ。僕には涼子がいるからな。今更だよ」

 そう。今更なのだ。東城加奈子。中学時代に僕が告白をして僕を振った女の子。それがなんで今更やって来たのか。

「相良君、久しぶり」

 転校生はクラスのみんなに囲まれたいたが、昼休みに入ってそのざわめきが収まったところで僕のところにやって来た。

「おう。久しぶり。こっちに引っ越してきたのか?」

「そう。またこっちの生活。島根のゆっくりした感じも好きだったんだけどね。それにしても良樹がこっちにいるなんて思わなかった」

 わざとらしい感じがしたけども、わざわざ僕がこの高校にいるから転校してきたと考えるのは少々無理があるだろう。

「なんだ良樹、名前で呼び合うほどの仲だったのか?俺にも紹介してくれよ」

 容姿はそんなに悪くはない。と言うよりも、自分の好みの感じなのは相変わらずだ。あの頃と比べて大人びていて魅力が一段増した感じすらする。

「そんなんじゃないよ。単純に同じ中学だっただけだよ」

 僕は加奈子が中学時代の出来事を話し始めるんじゃないかと思ってそわそわしたけども、そんなことはなく少し安心した。それを見ていた亜美は面白く感じなかったのか、和人のことを睨み付けていた。

 

「久しぶりだから一緒に帰ろう?」

 放課後になって加奈子は僕のところにやって来て、そう言ってきた。ここで断るのが筋なのだろうけども、和人が先に返事をしてしまって、別に帰る機会を逃してしまった。

「それにしてもなんで今頃こっち戻ってきたんだ?」

「母さんの都合かな」

「そうか。転勤してきたって感じ?」

 加奈子は母家庭なのは知っている。父親が誰だか分からないというのも知っている。それだけに涼子と重なって見えて僕は複雑な気分になっていた。

「良樹、俺は別に帰った方がいいか?」

 和人は何かを感じ取ったのか、そんなことを言い始めた。亜美はそれを聞いて少し嬉しそうな顔をしていたので、僕はそうして貰えると、と言って別に帰ることになった。

「加奈子、実は……」

「知ってる。涼子さんでしょ?」

「なんで知ってるの?」

 正直にビックリした。なんでそんなことを知っているのか。同じ高校でもなければ、何の接点もないはずなのに。しかし、その答えはすぐに分かった。

「久しぶりだから私の家に寄っていかない?」

 そう言われてついて行った先があの東雲家の本家だったからだ。

「もしかしてだけども、加奈子には弟とかいたりする?」

「あれ?言ってなかったっけ?いるよ。今回の引っ越しで弟も一緒にここに暮らすことになったの」

 なにか胸騒ぎがする。まさかその弟というのは……。

「お嬢様おかえりなさ……」

「近藤さん?」

「え、ああ。お久しぶりです。相良様」

「え?二人は知り合いなの?」

「はい。この前に相良様が駅で財布を落としまして。私が拾って差し上げたのです」

 そういう設定で行くのか。なるほど。

 そして僕たちは加奈子の部屋に案内された。その部屋は見覚えのある部屋。涼子が使っていた部屋だ。家具の配置も変わっていない。唯一変わっていたのは勉強机くらいか。

「それでは私はここで」

 近藤さんが部屋を出ようとした時に、ドアが開いて男の子が入ってきた。

「お帰りなさい‼」

 まさか……。僕の心臓音が高鳴る。

「この子はまさか……」

「まさか?何か知り合い?健人と知り合いなの?」

 頭がくらくらした。恐らくはこの健人君は加奈子の弟。と言うことは涼子のお父さんの隠し子の母親は加奈子のお母さん。なんてことだ。そんな場所に涼子の母親は身を置いているというのか。あの東雲財閥の総裁のやることは、まともな人間のやることではないだろう。まだ東城と名乗っていたから、正式に籍を入れたわけではないだろうが、近々そうなってもおかしくはないだろう。

 僕はトイレに行くと言って部屋をでて近藤さんを追いかけた。

「近藤さん、これってまさか……」

「多分ですが、相良様のお考えになられた事は正解です。ですが、このことは他言無用でお願い申し上げます。いずれ知られることになると思いますが、涼子お嬢様にもご内密に」

 やはりそうなのか。

「ここには涼子のお母さんもいると聞きましたが本当なのですか?」

「いえ。ここにはおりません。以前、涼子お嬢様がお住まいになられていたマンションに」

 なるほどそういうことか……。ここまで聞いたのなら最後まで聞いておこう。

「と言うことは、いずれ加奈子は東雲の名前を持つことになるのですか?」

「……。そう、なります」

 やっぱりそうなのか。例の隠し子はそういうことなのか。僕は今回のことについてなにか言える様な立場ではないが、気に入らない。跡取りが男子じゃないから正妻を捨てるかのようなこの行動。普通じゃ考えられないが、東雲家となると政治的な何かがあるのかも知れない。

「近藤さん。東雲さん……今は安西さんか。そう。涼子のお母さんに会うことって出来ますか?」

「申し訳ございませんが」

 そうか。そうだよな。ことが事だけに隠しておきたいのだろう。でも涼子は今回のことについて納得してるのだろうか。

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