【第十三話】
僕は東雲さんの通う学校の校門まで来た。来たのは良いけども流石の高校だけあって校門の脇には守衛が立っていて脇で待つことは難しそうだった。僕は校門前の用水路の反対側で東雲さんが出て来るのを待った。
「ん?相良君かい?」
後ろから急に声を掛けられてびっくりしたら向こうもびっくりしたようで一歩飛び退いてから僕に再び話しかけてきた。
「涼子のことかい?」
「え?その。まぁ、そうです。なんか最近連絡が取れなくて……」
「やっぱりそう言うことになってるのか……」
「何かあったんですか?」
「相良君の方が思い当たる節があるんじゃないのかい?最後に交わした言葉はなんだい?」
僕はパソコン越しのチャットであることは隠して、最後に交わした内容を金城さんに伝えた。
「それ、本当に言ったのかい?」
「え、ま、まぁ。話の流れでなんとなくなんですが。何かあるんですか?」
そこからの会話は本当に凄惨なものだった。学園祭の出し物で占いの館をやったらしく。占い師の役柄は皆やりたがらずに一人だった東雲さんに役柄が回ってきて、恋愛関係を尽く看破してしまい、片思いの相手がクラス中に知れ渡る事態が起きてしまったと言うのだ。それから原因を作った東雲さんはクラスでそれまで以上に鼻つまみ状態となってしまって、誰からも声を掛けられることも無くなったらしい。それだけでは無く、いわゆるイジメの状態が醸成されることになったとも。内容は簡単に聞いたけども、僕なら家に閉じこもってしまいそうな内容だった。
「涼子にはその話題はクリティカルなものだったんだろう。君は涼子と仲の良い関係を築いているのだろう?その人から忌まわしい言葉が出て来た。多分狼狽してしまって返事をするきっかけを失って、そんな自分に嫌気がさした、そんなことだろうと思うよ。それにしても君はなぜそんなに涼子に好かれているのだろうな」
好かれている。そうなのだろうか。と言うよりも金城さんが何故そのことを知っているのだろうか。そう思っていたら答えは簡単に分かった。
「君は涼子の家によく行ってるだろう?」
「知ってたんですか」
「いや、今確認した。やはり君は気に入られているのだろう。僕でもなかなか家には入れてもらえないんだ」
してやられた。けども、カードキーを貰っているなんて知られてらどうなる事か。それは隠し切ったつもりだけれども、今度東雲さんのマンションに行く時は注意しようと思う。
「お。涼子が出て来たぞ」
僕が振り向くとそこには黒塗りの車が校門に横付けされているところで、そっちの方を見たら、車に乗り込む東雲さんと目が合った。しかし、すぐに視線を逸らして車に乗り込んでその場を去ってしまった。
「どうだった?」
「やっぱりいつもの感じじゃないです」
「君はいつもの涼子のことも知ってるんだな。僕の前での涼子は何か造られたような対応でね。少し君が羨ましいよ。それじゃ、僕はこれで」
そう言って金城さんは去っていったが、僕はその場を動くことが出来なかった。
その日の夜も東雲さんのマンションに電話をかけたけども出てくれる気配はなく、今までの事柄が何もなかったんじゃないかと思うほどに空白が僕を支配していった。
そんな日が二日たった時に家のインターホンが鳴った。こんな時間に訪ねて来る人も居ないし、宅配便か何かだろうと思っていたら、一階から自分を母さんが呼んできた。なんでも僕を訪ねて来た人が居るらしい。僕は寝巻きになっていたので上着を羽織って玄関に出ると、そこには近藤さんが居た。
「近藤さん。どうしたんですか?こんな遅くに」
「あ、やっぱり良樹の知り合いなのね。あとは任せて大丈夫かしら?」
母さんはそう言ってリビングに引っ込んでいった。
「こんな夜分に申し訳ございません。つかぬことをお聞きいたしますが、お嬢様がこちらにいらっしゃってませんか?」
「え?東雲さんがですか?」
「はい。実はお嬢様の行方が分からないのです」
「え?こちらには来てませんが。自宅にも居ないのですか?」
「何度もインターホンを鳴らしたのですが、出る気配がなく。自宅にはいらっしゃらないのかと思いまして」
この様子だと実家にいることも考えにくい。一番考えられるのは自宅での居留守だ。
「近藤さんは東雲さんの家には入れないのですか?」
「私は入ることが出来ません。ですが、任されているのは事実のため居場所が分からないのは少々困りまして……」
なるほど。実家に行方が掴めないなんて伝えたら自分の立場が危ういというのもあるのか。ここは近藤さんに恩を売っておいた方が良いのかもしれない。僕はそう思って思い当たる節があるので、と言って一旦引き取って貰った。そして着替えを済ましてから東雲さんのマンションに向かった。こんな時間に出掛けるのを母さんに説明するのは少々難儀したけども素直に友人の居所がわからなくなったと伝えたら、送り出してくれた。
マンションに到着してインターホンを鳴らす。玄関ホールに響く呼び出し音。そもそも二十二時過ぎに訪ねてくる人が居ても出るわけないか。と、カードキーを取り出して自動ドアを開いてエレベーターホールに向かった。本当はこんなことをしたくは無かったけども、行方不明扱いされているのは緊急事態と判断してエレベーターのボタンを押した。静かに登るエレベーター。まるでこのマンションには他の誰も住んでいないのではと思わせるその空気は目的階に到着しても漂っていた。
玄関前に到着してインターホンを鳴らす。このインターホンは玄関前のものと分かるはずだ。自ずとそれは僕が訪ねて来たものと分かるはずだ。しかし、数回チャイムを鳴らしても一向に返事がない。本当にここにも居ないのかもしれない。僕はそれを確認するためにカードキーをかざして鍵を開けた。
機械音と共に鍵は回り、開錠される。そしてドアノブを持ってドアを引いた。ドアは呆気なく開き、真っ暗な廊下が目に入って来る。やはりもぬけの殻なのか。部屋に入るか迷ったが、万が一倒れていたりしたら、と考えて行動に移した。
「涼子さーん。上がりますよー」
返事はない。
「涼子さーん。いませんかー」
リビングに入ったがそこには誰もいなかった。メゾネット二階の東雲さんの部屋まで行ってドアをノックする。三回ノックしたが返事はない。
「涼子さーん。入りますよー」
そう宣言してドアを開いた。そこは電源が入って画面が点灯しっぱなしのパソコンの光が部屋を薄暗く照らしていた。そしてそこで僕は尋ね人を発見した。
「涼子さん、近藤さんも心配してましたよ。それになんで僕からの連絡にも応えてくれなかったんですか。本当に心配しましたよ」
毛布に包まってベッドの上に座り込んだ東雲さんに話しかけても返事は返ってこない。僕は例の占い師の件が原因だと思ってそのことを謝罪しようと思ったけども、なんでそんなことを知っているのか、と聞かれた場合の答えを持っていないことに気がついて言葉を飲み込んだ。
「涼子さん、僕の前から消えないでください」
正直な感想だった。僕には東雲さんが居ない生活なんて有り得ないような感覚になっていた。
「なんで『さん』付けなの」
東雲さんが沈黙を解いて僕に話しかけてきた。
「なんとなく」
「また恥ずかしいとかそういうの?」
「なんか違うかな。今の僕は涼子さんを呼び捨てに出来るほど近くには居ない気がして」
「そうなんだ。で、なに?」
「ああ、なんか近藤さんが涼子さんが行方不明だからって僕の家に来た。それで僕はここに居るんじゃないかってやって来た」
「だから、なんで来たの?」
ここは正直に言おう。僕はそう思って自分の気持ちを素直に言葉にした。
「涼子さんが居ない僕の人生は有り得ないものになってたんだ。だから連絡がつかないのは怖かった。僕の前から涼子さんが居なくなるんじゃないかって。それで、今回本当に居なくなったって近藤さんから聞いて居ても立っても居られなかった」
「私は良樹にとってなんなの?」
「好き、と言える相手かな」
「なんのおくびもなく言うのね」
「正直な気持ちだからかな」
「それはラブ?ライク?」
僕は一白置いてからこう答えた。
「ラブ、かな」
「嘘つき」
「なんでだよ。僕は本当に涼子さんのことが……」
「私ね、人を観察するのが得意なんだ。だからクラスのみんなの気持ちも分かっちゃう。それでたくさんの人を傷付けたの。だから分かるの」
僕はやはりこうなった原因は僕の言葉がきっかけだと思って返事をした。
「嘘だよ」
「やっぱり」
「大好き、の間違いかな。僕は東雲涼子さんのことが好きです。もしよければお付き合いして下さい」
「ずるい。こんな時に言うなんてずるい」
「返事は今じゃなくても良いけど、ちゃんとくれると嬉しいかな」
「私の答えがノーだったらどうするの?」
「そうじゃないことを祈ってる」
「やっぱりずるい。私が何て答えるのか知ってるんでしょ?」
僕も鈍いわけじゃない。東雲さんが僕のことをどう思っているのかは流石に伝わって来ていた。だから敢えて今このタイミングでさっきの言葉を伝えたのだ。
「それじゃあ、近藤さんに連絡するよ?」
「まって」
そう言って毛布を払いのけて僕の着たジャケットの裾を東雲さんは摘んできた。
「まって。まだ二人だけの時間を頂戴」
「分かりました。でもその前にその……服を着てもらえると……」
毛布から出てきた東雲さんは十二月に入ったとは思えない薄着で目のやり場に困ってしまった。それを自分でも把握したのか毛布を慌てて取ってまた包まってしまった。
「その……向こう向いてますので」
僕はドアの方を向いて東雲さんが服を着るのを待った。で、部屋の外に出れば良いことに気がついたわけだけども、部屋から出たら東雲さんが消えてしまうのではないかという気持ちが湧き上がってきて、その場所で目を閉じた。
「ね。ちょっとお話し良いかな」
後ろから話しかけられて「いいよ」と答える。布の擦れるような音もしないし、まだ着替えてないような気がしたけども、話が優先されたのだろう。
「良樹はさ。和人くんと亜美ちゃんが居なくなったらどうする?」
「そんなことはないと思うけど……」
「仮の話。ある日突然話しかけても返事もしてくれないの。そこにいるのに返事もしてくれないの。ね、そうなったらどうする?」
これは東雲さんの実体験なのだろうか。例の占い師の役をやった後の嫌がらせの内容なのだろうか。僕はそれを想像して答えを考えた。
「例え話だから実際の僕の行動ってわけじゃないけど、何も出来ない気がする。原因を探すと思う。そして自分に責があれば謝るかな」
「なんの責もなかったら?」
「それこそ何も出来ないと思う」
「そう。私も同じ。何も出来なかった。なんで返事をしてくれないのかしばらくは考えたんだけど、理由は分からなくて。だって、謝るにしても話を聞いてくれないんじゃ何も出来ないじゃない?唯一返事をしてくれたのは亮太だったの。それで原因を聞いて、あー、そうなのかーって。私が皆の幸せを壊したんだなって。だから私の幸せも壊れたんだって。そう思うことにしたの」
東雲さんはそういうとベッドから立ち上がって、こちらに歩いてきているようだ。僕は今の言葉への返事を持つことができず、状況の把握しか出来なかった。
「涼子さん、服、着ましたか?」
「なんでそんな事を聞くの?あのままの姿の方が男の人は喜ぶんじゃないの?」
そりゃ、もっとしっかりと見たい気持ちがない訳ではない。しかし、こんな話をしている状況でそんなことを考えるのは……。
「っちょ!涼子さん!なにして……」
「良いじゃない。減るもんじゃないし」
「そうですけど……僕も男なんですよ?」
東雲さんは僕の背後から脇の下に腕を通して僕のことを抱きしめてきた。背中に当たる膨らみが分かるほどに近くにいる。
「男だったらこの後、どうする?」
「どうするって……え?ちょ!」
東雲さんの右手が下に下がってきて僕のヘソを通過する。期待する自分とそれを払い除けたい自分とが葛藤する。このまま身体を預ければ……。
「抵抗しないの?」
ヘソの下まで来たところで手を止めて僕に聞いてくる。正直に答えたらどうなるのだろうか。その手はそのまま下に下がって来るのだろうか。そうしたら僕はどうするのだろうか。
「抵抗したら止めてくれるんですか?」
「やめない」
そう言って手はさらに進む。
「それ以上されたら僕は……」
「僕は?」
「我慢できなくなります」
「我慢しなくてもいいって言ったら?」
「こうします!」
僕は覚悟を決めて振り向いて逆に東雲さんのことを抱きしめた。東雲さんの華奢な身体は簡単に僕の腕の中に収まって、僕の鼻の下にある髪の毛からは甘い香りがした。
「次はどうするの?」
正直、考えていない。この後、勢いに任せてベッドに押し倒すのか、このまま抱きしめ続けるのか。薄い布一枚に包まれた東雲さんから伝わる体温が僕を正気を保ち続ける事ができるのか。
「意気地なし。こんなにドキドキしてるのに」
東雲さんは僕の胸に耳を当ててそんなことを言う。仕方ないじゃないか。こんな状況でドキドキしない男なんて居るのか。
「いや、だって……」
「いやもなにもないわよ。もっと正直になってもいいのに……。私は自分に正直になろうと思うわ。だからそのまま目を閉じてて」
胸に当てられていたその両手は僕の鎖骨をなぞりながら首の後ろに回っていった。
「ね、下向いて」
僕は緊張したまま言われた通りに舌を向いた。
「目、閉じたままでね。もうちょっとだから」
胸と胸が触れ合う距離。東雲さんもドキドキしているのが分かる。そして次に訪れることを期待してその時を待った。
「ん……」
期待したその行為は僕の気持ちに火をつけた。もう我慢なんて出来ない。
「はむ……」
東雲さんの唇から僕の口の中に舌が入り込む。そして僕の舌と絡み合う。最高潮に達した僕のそれは東雲さんのお腹に押し込まれて気持ちの制御がつかなくなった。
「もっと……」
一旦、唇が離れたかと思ったら東雲さんはそう言って再び僕の口の中に戻ってきた。そして首の後ろに回された右手が僕の背中を伝って下に降りてきた。期待していたそれは為されるがままに東雲さんの右手に収まって更なる膨張を続けた。僕も東雲さんの背中に回した手を脇腹を伝わせて身体の正面に持っていった。そして、その手は東雲さんのお腹までやって来た。このまま手を下に伸ばせば……。
「ちょっとまって……」
ここでお預けなんてもう遅い。火の入った僕はその言葉を跳ね退けて一気に目的の場所に到達させた。
「んん……!」
東雲さんの身体が強張るのが分かる。そして僕の指は湿り気を持ったその場所を往復させる。
「あ……や……んん……」
東雲さんの口からは官能的な声が漏れる。
「涼子、さん……」
僕は東雲さんを抱いたまま一歩、二歩、三歩とベッドに歩を進めた。そしてベッドに東雲さんのふくらはぎが衝突して、倒れ込む。僕は左腕を立てて今度は右手を上に持っていって、東雲さんの胸を覆い被せた。柔らかい。初めてのその感触は僕を更なる興奮を呼んだ。
「良樹……ちょっとまって……」
「ここまでして待てないよ……」
「その……心の準備が……」
とその時だった。
玄関のチャイムが鳴って、直後、玄関ドアが開く音がした。
「良樹!そこのクローゼットに!早く!」
僕は言われるがままにクローゼットの中に入っていった。そして部屋のドアがノックされる。
「涼子。居るんでしょ。開けるわよ」
そう言ってドアを開く音がした。そして、クローゼットの中まで聞こえる大きなため息をついたその声の主は東雲さんにこう言った。
「何をしてるの、こんなところで。なんで電話にも出ないの」
「……」
「黙ってたらなにも分からないでしょ。とにかく服を着なさい」
マズイ。クローゼットが開く!僕は隅の方に身体を押し込んでコートの影に身を隠した。案の定、クローゼットは半分開かれて東雲さんが服を出している。声の主は多分東雲さんのお母様。
「例の件?まだ引きずってるの?」
「お母様には分からないと思うけど、不意に思い出してしまうの」
「あなたには亮太さんが居るでしょう?一人じゃないのよ?」
「お母様までそんなことを……。私に取っての亮太はそう言う存在じゃないの。わかって。ましてや結婚なんて考えられないわ」
「そういうわがままを言って……」
「わがままなんかじゃない!私はお父様やお母様の人形じゃないのよ?相手くらい……選ばせてよ……」
この様子だとお母様には僕の存在はまだ知られていないようだ。ここで出て行ったらどんな事になるのか。その相手は僕ですとでも言えばいいのか。なんにしてもこの場で出て行くのはあり得ない。
「お母様に紹介したい人が居ます」
「だれ?」
え?ここで?まじで?紹介します、とかされるの?そもそも家の中にいることとか、さっきの格好とかマズイことが沢山あるぞ?
「相良良樹くんっていう私とは別の高校の男の子」
「その子は普通の子なの?」
ここで言う普通とは一般家庭を指しているのだろう。もちろん、僕は若干の余裕はあるだろう一般家庭というのが関の山だ。東雲財閥のご令嬢とは釣り合うはずもない。
「ええ。こっちの世界とは別の世界の人。だから私を特別視しないの。もう嫌なの。東雲財閥のご令嬢とかお嬢様とか。もっと普通に暮らしたいの」
「そう。だったらこの部屋も合わないわね。別の場所を用意するから来週にでも引っ越しなさい。それと。その相良良樹という男の子、家に連れて来なさい。分かったら今日はもう寝なさい」
そう言って東雲さんのお母様は部屋から出て行ったようだ。