【第十話】
「まぁ、こんな感じ?靴までは予算が回らなかったけど」
「それは大丈夫だって。このスニーカー気に入ってるし」
予算の関係でスニーカーはそのまま。一番予算を割いたのはやはり上着になった。ここで予算の半分を費やした。そしてトップスにパンツ。今までの自分なら絶対に選ばなかったセンスだな。値段は量販店の数倍したけども。
「着せ替え人形は楽しめましたか?」
「なあに、その言い草。ちゃんと選んであげたでしょ?それとももっと色々来着てみたかった?」
「いや。さっきので十分だって。それにしてもファンションはお金かかるんだな」
「そうねぇ。いつも適当に買って領収書切ってもらって近藤に渡すだけだから」
「ってかカメラ買った時に出してたカード使って?高校生でもクレジットカードって作れるんだな……」
「なんか家族カードって言ってたわよ。だから引き落としはお父様の口座からだから。領収書も近藤にすぐに渡しちゃうから金銭感覚って言われるとちょっと自信がない。その……高いものと安いものの違いとか。あ!そうだ!それじゃ、相良君が言う庶民の遊びをしましょう」
「庶民って……間違ってないけど」
お嬢様なのはなにも間違ってないけど、僕以外にこんな言い草だったら引かれるだろうなぁ。学校で孤立してるらしいのはそう言うところもあるのかもとか勘繰ってしまう。
「それじゃ、公園に行きましょう。それは既定路線。そこまでの道のりとか食べ物とかその辺は相良君に任せるわ」
「了解」
と言うことで北口の商店街を抜けて駅に戻って南口に移動した。ちょうどお昼の時間になったので、お嬢様は絶対に食べないであろう牛丼屋にでも連れて行ってみようかと思う。
「東雲さんってこういう店って入ったことある?」
「ないわね。あ!でもファミレスとかは普通にあるよ」
「ここはもっとファストフードな部類だ。なんと言ってもフルセルフサービスだ」
「セルフサービス?」
まじか。そのくらいは知ってるかと思ったぞ。そこから説明なのか。
「そ。セルフサービス。最初に食券を買って番号を呼ばれるのを待って。んで食事をしたら自分で食器を返却台に持っていくの」
「なんだ学食と一緒ね」
「あ、学校に学食があるんだ。うちは弁当だ」
「あ、お弁当かぁ。憧れるなぁ……。私、一人暮らしだし、料理に自信ないし。いつも亮太と学食で食べてる」
「いつも?」
「え?そうだけど」
簡単に答えるけども、そんなの学校内では付き合ってると噂されてもおかしくない。それにあの金城君の近寄りにくさも相まって独特の二人の世界を展開してるような気がする。
「ま、とりあえずメニューを選んで。店内を選んでから好きなものを」
「ねぇ、この定食と丼ものって何が違うの?ご飯の上に乗ってるかどうか?」
「まぁ、そんな感じ。煮込んだ汁が欲しければ丼ものを選ぶ方がいいかな。汁だくっていうと汁マシマシにしてくれるよ」
「どっちの方が美味しいの?」
正直、東雲さんが丼ものを食べる姿が想像できなかったので逆に見たくなった。と言うわけで丼ものを選ばせた訳だけど……。
「ねぇ、これってスプーンとか使うの?」
「場合によっては。僕は箸で最後の一粒までつつくけどね。ほら、お茶碗にお米ついたままでご馳走様しちゃう人っているじゃない?個人的にはあれは無理だ」
「あー。分かる分かる。あれはないよねー。学食でもたまに見かけてドン引き」
そこまでは感じないけど、東雲さん的にはダメみたいだ。まぁ、意見が一致して良かった。
「でもこれ、美味しい。そっちの塩だれってどんなの?ちょっと頂戴」
そう言って僕の丼を奪って肉を人きれ、お米を一口さらって行った。僕が口をつけてるとかそう言うのは意に介さずと言わんばかりの流れるような作業だった。
「あー。こっちも美味しい。こんなの食べたことなかった」
「まぁ、周りを見てもらっても分かるけど、こう言うところに女の子が一人でってのはなかなか無いかな。というよりもデートのお昼セレクションとしては最悪だ」
「え?そうなの?こんなに美味しいのに」
「値段の問題?五百円しなかったでしょ?そんな安物を彼女に食べさせるなんて!みたいな?」
「ふぅん。変なことを気にする人もいるのねぇ。私は美味しいものを食べさせてくれる人の方が良いけども」
この人は感覚こそお嬢様のそれだけども、世間ズレしてない分、何を見ても新鮮に見えるのかも知れない。一応、この後はデートらしいところにでも行きますか。
「ふぅーお腹いっぱい」
「と申しておりますが。スイーツは別腹になりませんか?」
「え?なんか美味しいところあるの⁉︎」
「なんとタルトが有名なお店が!」
「へえ。ここ初めて来たんじゃないんだ」
「いや。さっき検索した」
大真面目に返事をしたら笑われてしまったが、ケーキ屋というのは女の子を惹きつけて止まない何かがあるらしい。すぐに行こうと腕を引っ張られた。
「えっと。そっちじゃなくて逆方面なんだけど」
「え?そうなの?」
と言うや否や反対方面に腕を引っ張られる。そんなに急がなくてもケーキは逃げないのに。でもなんか楽しい。東雲さんといるのはなんか楽しい。少し振り回される感じがするけども嫌いじゃない。
「ここも美味しひい」
「食べてから感想を言いましょう。お行儀が悪いですわよお嬢様」
「あ、お嬢様って言った。それは無し」
「妙なところに拘るな……」
「だって。お嬢様とか言われたら周りの目もあるし。それに相良君に言われるのはなんか嫌。もっとこう……あ、そうだ。そのいつもの東雲さんって言うのも堅っ苦しいから涼子で良いわよ」
そうは言うものの、女の子を下の名前で呼ぶのはなんか恥ずかしい。僕がモゴモゴしていたら東雲さんから先にアクションを起こした。
「相良君って下の名前なんだっけ?」
「え?良樹だけど」
「相良良樹」
「そう」
「それじゃ、今度から私は良樹って呼ぶからね。いい?良樹」
これは断れない空気というか勢いというか。了承せざるを得ない。
「わかったよ。良樹でいいから。でもなんか、りょ、涼子さん、って呼ぶのは少し恥ずかしい」
「なんでよ。そのさん付けも要らないから。涼子でいいって」
うー……。ここは腹を括って。
「涼子……」
「ん?なに?」
「あ、いや、それ、美味しいかなーって」
「なに?欲しいの?」
そう言って自分のタルトをフォークで崩し取ってフォークに乗せたタルトを僕の方に差し出してきた。
「ほら。どうぞ」
これは……。どう考えても食べさせてもらうってやつだろう。断るわけにもいかないし……。ええい、ままよ!
僕は勢いのままそのフォークを口に入れた。
「どう?美味しい?」
正直、味なんてわからない。だって、間接キスだし食べさせてもらうなんて初めてだし。機械的に「美味しい」としか返事が出来なかった。
「ね、そっちのやつも食べてみたい」
言うと思った。ここはお皿ごと渡すべきなんだろうが。両腕をテーブルに乗せて口をこっちに向けてるから、同じように食べさせて、と言うことだろう。もうここは決心をつけてやってやるさ!
「はい」
「はむ……。うん!美味しい!私はそっちの方が好みかなぁ。迷ったんだよね」
側から見たらケーキを食べさせ合うベッタベタのカップルに見えていることだろう。確実に周りの視線も集めてるし非常に恥ずかしい。でもそんなのも悪くないと思わせる魅力が東雲さんにはある。
「ねぇ。普通のデートってこんな感じなの?」
「なに急に。いつも金城君とこういうことしてるんじゃないの?」
「亮太と?やったことないわね。一緒に帰ることがあっても私は迎えが来ちゃうし、校門までって感じ」
だからあんなに家に行くことに対して反応を示したのか。こりゃ、僕が東雲さんの家に入り浸ってるなんて知ったら何をされるのか分からんぞ。
「そうなんだ。しかし、送迎付きの通学ってどんな感じ?」
「今はもう慣れたけど、最初は嫌だったなぁ。なんか凄い視線を集めるし。私そういうの得意じゃないから……」
少し寂しそうな視線をフォークに落としたけども、すぐに明るい顔でこう言った。
「でも最近は良樹がいるから!」
多分これは今まで金城君という存在のみの生活に割って入った僕のことが珍しいからだと思う。生活に異質なものを受け入れるのは勇気がいる事かも知れないけど、受け入れてしまえばそれは楽しみに変わるものだ。しかし、こうも満面の笑みでそんな事を言われたら勘違いしてしまいそうだ。
「それじゃ、タルトも食べた事だし、目的地の公園に行こうか」
「そうね。それじゃお代を……」
「いや、流石に奢るって」
一応デートのようなものだし、さっきの牛丼も奢ったしデザートも奢るのが礼儀ってもんだろう。
「そう?それじゃお願いね。今度なんかお礼するから」
「了解」
東雲さんは上機嫌で席を立って先に店の外に出て行った。そして案の定というかベタとというか。ナンパされてた。
「いえ。私はそう言うのはお断りなんで。それに今日は連れも居るので」
毅然とした態度で三人組の大学生らしき人達に返事をしている。なんか割って入りずらいな。お前はこの子のなんなんだってはなしになったらどうなるんだ。彼氏です、とか答えれば良いのか?なんにしても助けに行かねばならん。
「お待たせ。そちらは知り合い?」
「いえ。これからお知り合いになりたいらしい人達。と言うわけで連れが来たのでこれで失礼しますね」
三人組は「なんだ彼氏付きかよ……」とか言いながら去って行った。彼氏、ねぇ。やっぱり側から見たらそうなるよな。
「しの……」
「涼子」
「あ、ああ。涼子は僕のことを彼氏って言われてなんとも思わないの?」
「ん?さっきの捨て台詞?彼氏かぁ……そんなの出来たってお父様に報告したらどんな反応示すのか興味はあるわね」
「どんな感じになりそう?」
「まずは身辺調査が入って、家柄とか諸々調べられそう。んで、見合う相手じゃなければ……」
「なければ?」
「嫌な言い方だけども別れるように言われると思う」
東雲さんは仕方のない事だ、と言うような感じでそんな言葉をこぼした。思い通りにならない人生。自分の好きな人すら選べない人生。きっと東雲さんのお父様は金城君を相手として見ているのだろう。今までの話の感じだと、金城君は東雲さんにとって彼氏になる相手では無さそうだけども。だったら僕は。僕ならどうなるんだ。東雲さんの相手になれるのだろうか。一応、普通の会社員の親ではあるけれども、生活に不自由はしていない。むしろ余裕があると思える方だ。
「その身辺調査のレベルってどんな感じなの?」
「さあ。今までそんなのやられたことないから。っと。良樹は調べられたんだっけ?」
「そうだね。んで、涼子には会わないようにって言われてる」
「じゃあ、今日のこれは秘密の出来事だ」
デートと言わないのは何故なのか気になったけども、ここでデートじゃないの?なんて聞く勇気は無かった。