A0315 暗殺者
『要塞』での夕暮れは陽気に過ぎていく。皆で騒ぎながら焼いた肉を食べるのだ。
人が増え、やれることが増えると人間は贅沢になる。やれ塩が欲しい、酒が欲しい、肉の焼け具合がどうだと。
「呉井さん、その……」
「はァ〜? オジサンはお呼びじゃないんですけどォ〜?」
モアに注意を促そうとして、堀はひどく冷たく突き放された。突然の不機嫌に呆気に取られる堀。女の子って分からない。
隣に来た長月が、深くため息をつく彼に耳打ち。
「私たち三人はできるだけ一緒に行動して、夜の番も立てる。心配するな」
「ありがとう。それと昼みたいに強さ評価とかは間違ってもしないでください。ここの連中相手だと血を見ることになります」
「…………了解した」
囁き合う二人を、モアが興味なさそうに見ていた。とりあえず男どもの中に入って、焼けた肉に食いつく。
「……お前。お前。クソッ……もう少し周りに気を付けて動け……奴が、敵がいつどこから狙ってくるか分からんぞ」
「なにこの人、キモォ〜」
震える指。指紋だらけのひび割れたメガネ、血走った目は一時も留まらず周囲に向けられる。
奈落のように深い隈、憔悴し切ってこけた頬、倉木という男は狂気の瀬戸際にいた。
「昨日、女に負けて壊れちまってな」
「へェ〜、そりゃリベンジするっきゃないじゃァ〜ん?」
「するさ、俺と鶴来、倉木。そして、アンネはリベンジに燃えてんだよ」
犬歯をむき出しにして、危険に笑う土屋。そのギラつく欲望と闘志に、モアは共感を持って頷いた。
「アッハ! いいじゃァ〜ん! ムカつく奴はブッ殺さないとォ〜! 話分かるゥ〜!」
「こんな所にまで来て、つまらん常識とかに縛られちゃつまらんからな。好きなように殺すし好きなように犯すさ」
この異様な状況に、当たり前の顔をして適応している。モアは少し嬉しくなった。やっぱり堀がおかしいのだ。
自分はこっち側の人間だ。
「つっても、仲間相手なら話は違う。今晩どうだ?」
「アッハ、セックスのお誘いィ〜?」
大声で、喜色満面で問い返すモアに、堀と長月がぎょっとした視線を向けてくる。
モアは視線を意識しながら立ち上がり、土屋に囁く。
「ごめェ〜ん。決闘のお誘いなら受けたんだけどォ〜」
「お? いいのかよ」
立ち上がる土屋、モアとの身長差は40センチ以上。大人と子供ほども違う。
手を引いて中座しようとする所に、声がかかる。
「ちょ、ちょっと呉井さん!」
「なぁにィ〜? モアがドコでダレとナニしようとォ〜、オジサンには関係ないよねェ〜?」
「いやその……」
口籠る堀。モアはその狼狽えた顔を存分に愉しみ、そして訳知り顔の土屋の手を離した。
「ごめんねェ〜、あっちのオジサンが嫌がるからァ〜、明日みんなでどォ〜?」
「仲間になるならお互いの武器と戦い方くらいは知りてえもんな」
モアは淫蕩に微笑みながら土屋に手を振り、不機嫌丸出しで堀に近寄る。
「ばァ〜か、ざァ〜こ。なっさけなァ〜い。『俺の女に手を出すな』位言えないのォ〜?」
「呉井さんは俺の女じゃありませんから……」
モアは苛立った目付きで堀を睨みつけ、その脛に蹴りを入れた。
そして苦虫を噛み潰したような堀を尻目に、彼に見えない角度で微笑むのであった。
「石のナイフかなにかないのか?」
「普通のナイフなら我輩が」
「刃こぼれしかねないが」
「それは困りますな」
むくつけき男達の中で、小さな長月はひどく場違いに見えた。
しかし彼女自身は大人の中にいる事になんの抵抗もなく、場慣れた様子で道具を求めた。
磨製石器のナイフと平たい石を手にした長月は、まだ焼いていない肉の一切れを摘むと、細かく切り刻んだ。
「何をされておるので?」
「先程から見ていたが、山田老人は肉を一切れも食べておられない……繋ぎが無いから上手くできないかもしれないな」
細切れの肉を枝に練り付けて、長月は火で炙った。
指摘されるまで、誰もその事に気が付いていなかった。当の山田老人は、呆けているのか興味がないのかぼんやりしている。
「お食べください」
「ふぇっふぇ、やさしいお嬢ちゃんらねぇ」
歯のない口でふごふごと笑い、山田老人は串焼きのひき肉を受け取った。
前歯がないため、熱々をすぐには食べれない。ゆっくりと息を吹きかける。
長月は……長月瞳花と名乗るこの女は、この場において誰よりも狡猾に抜け目なく動いていた。
彼女は今自分が、よく似た存在の支配空間に侵入してしまっていることを自覚していた。
長月は完全な論理型の支配者である。天然の感覚で男を支配するアンネとは異なり、計算された仕草と行動で大人の行動を支配する。
子供の姿で保護欲を誘い、わざと見くびらせるのが長月の本来のやり方だ。
だが、長月はそれだけの女ではない。
(確かに、ここにいる連中は強い……堀、モア、後虎の三人と、鶴来、土屋、倉木ならいい勝負になるだろう)
彼女の神憑り的な観察眼は、観察した相手の肉体能力を丸裸にする。
(だからこそ、アンネが邪魔だ。そして、張井を重用しない点も愚かしい)
不測の事態に備えて、長月は童女の顔で暗躍する。
必要であらば、暗殺も辞さない決意が彼女にはある。
いや、より正確に言うならば。
暗殺は、長月にとって最も身近な手段の一つに過ぎない。




