S0311 クリスとテッサ
【敵】の洞窟の一部屋、明らかに人間が掘ったこの部屋は、お粗末な土壁ではあるが、壁に等間隔で丸太が立ててあり、天井には梁もあった。
そういう意味で、素人仕事ではあるが思いの外高い建築技術が伺えた。
5メートル四方のこの部屋に集められた女は23名。半数以上は死んだように反応がない。原世代人たるネアンデルタールではない、ホモサピエンスは二人。
襲撃者クリスと鎖使いテッサである。
小麦色の、黄金のように輝く美しい肌に波打つ焦げ茶のロングヘアの女がクリス。
先程まで振り回していた【武器】は、今はその手にないが、信頼からの武装解除ではない。
管金と同じく『抜き』が速いのだ。鎖の拘束はすぐに解かれて、今は油断無く腰を下げ、手足を開いた構え。即座に飛びかかれる、あるいは回避できる構え。
クリスの双眸は憤怒と不信で燃え盛っていた。
憎悪の黒煙が可視化できそうなほどの目力は、濃く太い眉と長いまつ毛、三白眼ぎみの黒瞳からか。あるいは黄色く淀んだ白目部分と、激しい疲労を物語る隈の成せる業か。
クリスの身長は165前後と、特別高いものではない。しかし頭部が小さく全身がスマートなので、スタイルよく見える。手足は細いがしなやか、バストは小振りだが形よく、本人同様攻撃的に前をむいている。
浮き出た肋骨からは無駄な脂肪のない絞られた体つきが窺えた。
「落ち着いてください、彼らは【敵】ではないでしょう」
もう一人の女は小柄だった。色白で手足もやけに細い。筋肉も少なそうだ。
身長は150強しかなく、腰まである髪の毛の大半は黒だが、真っ白な房がいくつもの見えた。
染めているのではなく、天然の白髪だろう。栄養失調故か髪は細くぱさつき、量も少ない。
元々はなかなかの美人なのだろうが、痩せこけた頬と大きな目は、逆に悲惨さばかり目に付く有り様。
常に困ったような弧を描く眉と、左目下の泣き黒子が必要以上の薄幸を演出していた。
元々は壮健だったのだろう。肩幅があり、乳房も大きい。
松明に照らされた二つの裸身、管金の目は定められずに泳ぎっぱなしだ。
「彼らは現代人です。【敵】を倒しにやってきたと考えるべきです」
「……現代人ねぇ? アタシにはランダと宇宙人に見える」
ゆっくり立ち上がりながら、小野が【防具】を解除した。
顔面を打ち付けて出た鼻血を止めるためだろう。
「……」
「ええと。おれたちは【敵】を倒して……ここに捕まってる人たちを助けにきたんだ」
結果的に管金が交渉することになってしまった。つっかえつっかえ説明する。
視線を動かすと、部屋の片隅には仮面をかぶった【敵】の死体が無造作に積んであった。
クリスに斬られたのだろうが、【武器】は小振りな短剣だったはずなのに、傷口はやけに大きい。
それ以上に目に付くのは、【敵】の死体も仮面以外全裸だということだ。
管金は胸が重く、揚げ物を食べ過ぎたかのようにムカついた。ここはつまり。
「この原始人どもを?」
「そうだ」
敵愾心剥き出しに小野が応える。悪意あるクリスではなく、部屋の隅で身を寄せ合うネアンデルタールたちに視線を向けた。
「あたしらは『ダ』『チ』『イノ』『カラ』の子供らと、張井の仲間だ」
「!!?」
自分の家族の名前が出たのか、数人の女が立ち上がる。
「あっ…………」
「男と妊婦は?」
小野の質問で、管金はここの女性たちの下腹部を見た。流れでクリスとテッサを見てしまい、後頭部を小野に殴られる。
「他の方々はわかりません。ここは、その……」
言葉を濁すテッサ、小野が忌々しそうに舌を打った。
「『要塞』の場所は分かるな?」
「『要塞』?」
訝しげなクリス。小野は彼女を一瞥した。判断に迷っている。
今更だが、救出対象が一カ所にいなかったのは誤算だった。
いや、考えておくべきだったのに失念していた。小野のミスだ。
だがここに【狩人】が二人もいたのは幸運かもしれなかった。
護衛を頼む……? そんな簡単に信用していいのか?
「小野さん」
管金がまっすぐに小野を見つめた。彼の単純さはいつも明快だ。
リスクよりも自分の信じる正しさを選ぶ。今ここに関しては信用だ。小野は管金のやり方で行くことにした。シンプルでいいのだ。
「手短に言う。あたしらは【ドラゴン】退治のための人手を集めている」
「……」
沈黙する二人の女。視線を交わし合う。小野の言葉を吟味しているのだろう。
「あたしがラストイルから得た【情報】によると、【ドラゴン】殺しの報酬は参加者全員に贈られる。【狩人】同士での足の引っ張り合いは無意味だ」
単刀直入。クリスが太い眉を上げ、テッサが思案する。
前に小野が言っていた、信じてもらう最低条件は満たしていた。
つまり、強者の立場。そしてもう一点。
「なるほど、私が【望み】を叶える方法があると」
テッサが神妙に頷いた。彼女の鎖は細身だった。【敵】を殺すのは可能だが手間がかかる。
「だけどアタシは信用できないね」
クリスが口をへの字に曲げる。うねる焦げ茶色の髪を逆立てて、テッサまでも威嚇した。
「アンタもだテッサ。約束は変わらない」
「共同戦線はここを出るまでですね。わかっていますよ」
テッサは残念そうであったが、クリスは鼻を鳴らして拒絶する。
二人は即席のコンビなのだろう。
「あたしらの仲間が、彼らネアンデルタールと組んで『要塞』を作ってる。
こちらから提供できるのは衣食住。欲しいものは戦力」
管金には魅力的な提案に聞こえた。話が巧すぎて疑わしい程に。
攻撃的な態度と緊張を崩さないクリス、テッサは彼女と自分の裸体を。そして落ち着かない管金を見比べた。
「あなた方の提案に乗った場合、我々が課される義務は【ドラゴン】殺しだけなのですか?
原始的衣類と住居の恩恵は理解できますが、食事は信用なりません。現に私が見た全ての原人は慢性的な食料不足で痩せていました」
クリスが驚いた様子で相方を見た。彼女のロジカルな質問に興味を抱いたようである。
「張井という仲間は弓矢による範囲攻撃が可能だ。威力は少ないが射程は長い。運び手さえいれば狩りは一瞬で終わるぜ……そうだろ?」
「ハリー 最高 狩人!」
「肉 いっぱい!」
小野に話を振られた『ダ』だか『イノ』だかの女達が、口々に張井を誉めそやす。
テッサは彼女らを冷たく一瞥した。その供述に価値が無いかのように。
「彼女らは純朴で悪意ある嘘を知りませんが、無邪気に表現を過大する傾向にあります」
「じゃあ狩り、手伝ってよ」
管金の提案に、クリスは不服そうに爪先立ちで地面を叩いた。
だが言い出したテッサは驚く様子なく、冷たく続ける。
「最初と話が変わっておりませんか?」
「後で相談じゃ、だめなの? 他の人たちも助けたいし、おれたちはすでにここの【敵】を殺しすぎてる。急いでるんだよ」
管金はただ信じろと言う。だがそれが容易でないのは明らかだった。




