表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武器を取れ、ドラゴンを殺す  作者: 運果 尽ク乃
三日目 破滅の渦へ集えよ【狩人】
85/224

S0310 虜囚

 石見(いわみ)梯子(はしご)を駆け上がり洞窟に入った。中は薄暗く、奥底から漂う冷えた空気で肌寒かった。

 天然の洞窟らしく内壁は柔らかく、触れば簡単に崩れるようだ。

 入り口近くは広い空間で、なだらかな下り坂が奥まで広がっている。


「……??」


 しかしこの教室よりも広いこの自然の広間は、石見にいかなる畏敬も神秘性も感じさせなかった。

 さもありなん。


「足元気をつけて」


 立ち消える無数の矢。たなびく光の粒子が霧のよう。

 だが、輝く霞も洞窟の暗闇も、その下にある凄惨な風景を隠しきれはしない。

石見の投石で死亡した三人と、他に六人。


 全身に矢を受けて死んだ無残な屍に、石見は何の感慨も抱かなかった。

 そして、自分の感情が揺れないことに安堵した。誤射はなし。ここの死体は全て【敵】だ。


「……えと」

「二人とも怪我はねーぜ。本人の前じゃ言えないが、すげーな」


 張井(ハリー)の矢は、【敵】の陣地を完全に制圧していた。


「アイデアマンだしね」


 管金(すがね)がS字に曲がった枝を取り出した。これも張井製。ただし武器では無い。

 枝は片方の先に生臭い白と黄色の物質が巻きつけてあった。

 獣脂と筋である。


 張井本人も含め、一般的な松明の作り方が分からない。そのため考案されたのが、『確実に燃える材料を使う』という方法だ。

 松明を持つのは主に石見。手には革手袋をはめ、学ランのポケットから取り出したライターで火を点ける。


 鹿の脂は香ばしい臭いと黒煙を上げてジュウジュウと燃え上がる。石見は右手に平たい石を出した。【敵】に遭遇したら手首のスナップで投げつけるのだ。


「先頭は管金頼む。後ろは任せな」

「うん」


 骨付きポンチョに両手を隠した管金は、暗闇に顔だけ浮き出て見えた。

 その顔も鬼面である。遭遇したら相当に怖い。


 緩やかな下り勾配(こうばい)はやがてほぼ平らになった。同時に道幅は狭くなり、天井も低くなる。

 幅はあっても管金以外は屈む必要のあるぐねぐね道を進むと、ざんざんという異音が近付いてきた。


「滝かな」


 管金の言うとおり。

 すぐに広い空間に出た。天井はなく、自然光が入る深い縦穴の底であった。

 上からは滝と呼ぶには少量の水がザブザブと降り注いでいる。水の落ちた先は底の見えない池になっていた。これなら水の心配は無さそうだ。


 周りを見回すと入り口以外に三つの道があり、暗い口をあけている。どれも自然のものではない。人が踏み固め、壁は木材で補強されていた。

 右から『平らな道』『下る道』『上る道』。


「石見」

「……近いのは、たしか……なんですが」


 この三人の中で【敵】を探知する能力に秀でるのは石見だ。その彼女でも、【敵】の正確な位置や数は分からない。


「まあいいさ、【敵】は殺して現地人は助ける。(しらみ)潰しだ」


 不敵に笑いながら平らな道を覗き込んだ小野が眉をひそめる。

 水音がうるさく、広間からは他の通路での音はほとんど聞こえない。ほとんど聞こえないが……少しなら届く。


「やべえ!」


 血相を変えた小野が一人走り込む。慌てて追いすがる管金と岩見の耳にも、奥から響く騒ぎが届いた。

 無数の怒号と、女たちの悲鳴。


 道は暗いが比較的まっすぐだった。人が行き来して踏み固められた通路を、小野は風のように走る。


「小野さん待って!」

「待てるか!」


 今まで遭遇した【敵】に、女は居なかった。

 しかし【敵】は女も誘拐していった。つまり、ここで考えられるのは?


 すぐに部屋にたどり着く。むっと、吐き気を誘うすえた獣臭に満ちた部屋だった。

 広さは5メートル四方と案外大きく、入り口は管金も屈まねばならぬほど低いが、天井も低くない。


 壁は丸太で補強され、四方に松明がかけられて灯りもある。

 そこに、裸の女たちが集められていた。一様に怯え、生気のない瞳。


 小野が怒りに絶叫しようとした途端に。

 何かにつまずき、思いもよらず転倒した。


「がっ!?」

「死ね」


 入り口脇に隠れていた刺客(しかく)が、ぎらつく刃を振り下ろす。

 がら空きの背中に刃が突き立つ寸前、飛来した平たい石が刃を打った。


「チッ」


 舌打ちしながら、刺客が下がる。


「んだてめえォラぶふぅ!!?」


 起き上がろうとした小野が顔面を地面に叩きつけた。

 遊んでいるのではない。さっき引っかかった足が引っ張られて逆さ吊りになっているのだ。


「小野さん!」


 再び振り下ろされた刃を、管金が篭手(こて)で弾く。【武器】を振るには距離がない。

 逆の篭手で張り手。金と赤の篭手の指先は蹴爪のように尖っている。これは大鎌が使えない距離での格闘を踏まえてだろう。


 紅色の鉤爪が小麦色のわき腹に……突き立たらない!


「う、うわああ!?」


 再び刃を振り上げる相手、だが管金の戦意は喪失していた。


「待て管金!」

「待つよ待つ待つ!」


 次の一撃を防ごうとした所で、管金は左手が動かない事に気付いた。

 見ると、地面から伸びた鎖が巻き付いていた。


 鎖に使われる金属は、管金の具足と同様の艶消しの黒で妙に軽い。金具は細く5ミリ未満で、一つの輪も長い側が2センチ程度。

 いつの間にか巻き付いた鎖は三本。しかし左腕が拘束されピクリとも動かないほどに頑丈であった。


 防ぎきれない! 管金が覚悟を決めたと同時に。


「あっ!」

「ぐぇっ」


 管金の拘束が光の粒子になり立ち消えて、小野が落下した。

 そして逆に襲撃者の腕に、鎖がじゃらんと巻きつき拘束していたのだ。


「テッサ!」

「そこまでです、クリス」


 襲撃者、小麦色の肌の女クリスが、物陰に潜んでいたもう一人の女テッサを燃えるように睨む。

 とりあえずどちらも一糸まとわぬ裸体で、管金は慌てて目を逸らした。


 その先にあったのはあられもない寝姿で鼻の赤い小野と、石見の無言の視線であり、管金は針の(むしろ)であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ