A0306 お風呂サイコー!
山の中腹、河原。パチパチと薪の爆ぜる音。日はとうに昇り、現在朝の八時頃。
「お風呂、サイコー! 気持ちよさが段違い!」
「タオルがないことを失念していましたけどね……」
早朝に堀が作った風呂を、順番に堪能していたらこの時間である。
川の水は澄んでおり、魚も取れた。堀がホーリーウォータースプリンクラーを石に叩きつけて、五人分の魚を獲っていた。
「ちなみに現代では禁止漁法です」
「なんでェ〜?」
「さあ」
「オジサンの役立たずゥ〜、ゴタク並べるしか能がないくせに恥ずかしくないのォ〜?」
カチンコ漁と呼ばれる、ハンマーなどで石を叩きその衝撃で魚を気絶させる漁法は、早い話が周囲の生物を無差別に殺傷する。
目的である魚だけでなく、関係の微生物などにもダメージを与え、乱用した場合生態系への被害が馬鹿にならないのだ。
だとしても、乱用しなければ大した問題ではない。この時代に五回や十回調子に乗って行っても、他の影響に比べれば些細である。
後虎たちは焚き火で魚まで焼いて食べてしまった。
「管金少年たちは川下へ川下へ向かっているようだ。追いついたら頼む」
「分かりました。朱里さんもお気を付けて」
宍戸と『帰還待ち組』に協力を要請しに向かう朱里に、堀は早朝に出した推測を伝えていた。
しかし、実際死んでみなければ確認できない点が問題だ。
「あああの、しゅ朱里さん。ぼぼぼ僕も行っていいですか?」
「川魚少年も高速移動ができるんだったな。道案内は助かる」
木から木に飛び移って、どんな悪路も問題なく移動する朱里。その速度に付いていくのは困難だ。
しかし、鉤縄によるワイヤーアクションを可能とする川魚ならば、朱里以上の速度が出せる。
「では、そちらは頼む。他にも出会ったならスカウトしてくれ」
「ご武運を」
山の方へ消える朱里と川魚。結局、堀が作った防具を付けてくれたのはその二人だった。
川魚には脛当てと腹巻きを、朱里には胸当てを作った。
木の皮はカワイクないと後虎は難色を示し、モアも同様だった。
「では、火の始末をして行きますか」
「ほりっち、ちょい待てる?」
山火事を防ぐために、火を消そうとした堀の袖を、後虎が掴む。
その視線は対岸を見ている。川は大分落ち着いた。水は澄み、流れはほどほど、川幅も5メートル強。
渡れなくもない。
「ねえねえ! 入りたいならおいでよ!」
後虎の言葉で、堀とモアは対岸に目を向けた。二人とも他人の気配には敏感な方だ。そして、二人以上に朱里と川魚は鋭敏なはずだった。
にも関わらず、後虎だけが気が付いていた。
茂みから、一組の男女が現れる。
二人とも激戦を潜り抜けてきたのだろう。その服は所々傷が付き、ほつれ、泥や血の染みが付着している。
まず目に付くのは190センチもある長身の男、ひょろりと細身で棒のように見える。
まつげが長く黒目がちで、ラクダかラマを思わせる顔立ち。しかし彼について最も特徴的なのはその服装。見た瞬間にモアが警戒心を露わにし、堀が首を掻いた。
特徴的な水色のシャツ、ポケットが複数付いた紺のジャケットとパンツ。腰に付いた大きな無線機。
帽子は被っていない。しかし左胸のエンブレムと大きく書かれた『警視庁』の刺繍が、彼が何者なのかを如実に表す。
「本物!? おまわりさんじゃ〜ん?」
ちなみに彼の横には頭二つ小さい、腰まである緑の黒髪の少女。黒をベースにしたセーラー服を着ている。小学生に見えるが、背の低い中高生の可能性もあった。
ここで驚くべきは彼女の身長が0.87管金しかない所である。
存在するのだ! 管金より小さい【狩人】が! 夢や幻、伝説やおとぎ話ではない。本当に管金より小さい。
そもそも、130センチ台なんて、小学校中学年の平均身長である。二次性徴が寝坊しているのか、ファンタジーやメルヘンのじゃあるまいし。
そんな身長と体重でこの無慈悲で残酷な世界を生き残れるのか、修道院側の生き物ではないのか?
そんな疑問の答えは、少女の目付きにあった。戸惑い、不安、疑念と同時に、黒瞳の奥には機械のように冷徹な部分があった。
「ほりっち、お魚採ってよ」
「け、警察の前だとやりにくいんですけど……」
不貞腐れたように黙り込むモアも、困惑の堀も、後虎の魂胆は分かっていた。
二人に恩を売って仲間に誘うつもりなのだ。
一瞬悩んだあと、堀は男女に手を振った。
「魚要りますか?」
「そこまでお世話になる訳にはいかない、我々は湯と火があるならそれを利用したかっただけだ」
返事をしたのは少女の方だった。両手を上げて無害をアピール。同様に後ろの男も同じポーズ。
「…………【武器】を出しますが警戒しないでください」
堀が先端にトゲ付き鉄球の付いた2フィート半の棒、ホーリーウォータースプリンクラーを呼び出す。
そして二人への警戒を怠らぬまま川に入ると、手慣れた動きで大きめの石を全力で殴打。
激しい打撃音、砕ける石。
「カチンコ漁か」
「捕まえて捕まえて!」
こちらは無警戒に裸足で飛び込む後虎、腹を上にして浮き上がる魚を、クロスを伸ばして次々キャッチ。
「あ、ええと……」
「捕まえよう」
二人組も困惑しながら魚を取る。
「イェーイ、ほりっちグッジョブ」
無造作に背中を向けて川から上がる後虎。魚を焚き火の近くにばらまくと、足を振って水気を飛ばす。
「えーとね、お湯は武器を火で温めてジュッてやる感じね」
座り込んでニーハイソックスを履く後虎、戻ってきた堀が、ホーリーウォータースプリンクラーを火にかけるより先に、後虎は満面の笑顔で言ってのけた。
「んじゃ! あーしらは行くから!」




