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武器を取れ、ドラゴンを殺す  作者: 運果 尽ク乃
三日目 破滅の渦へ集えよ【狩人】
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S0305 【敵】

 張井(ハリー)が寝たのは勤めているゲーム会社の仮眠室だった。

 十五分の仮眠のつもりが、【最終意志障壁ラストイル】を名乗る超次元存在に誘拐されたという訳だ。


 【ドラゴン】殺しの依頼を、張井は容易く受けた。彼は三十を越えてもまだ色()せぬロマンの追求者であり、心臓に(おり)のごとく蓄積した泥のような英雄願望を、創作で慰めてきた人間だった。

 張井はラストイルに自分のスペックを尋ねた。しかし結果は失望だった。彼の【武器】はかなり珍しいそうだが、それにしたって扱いが難しかった。


「嘘だな」


 話が始まったばかりというのに、小野が苛立ち混じりに腰を折った。

 張井は心外とばかりに肩をすくめ、元から上がっている唇の端をさらに吊り上げる。


「長距離範囲攻撃だぜ? 引く手あまたと思うじゃん!?」

「でも、一緒にいたら【ドラゴン】を取られるって思いそうだよ」

「そうなんだよ」


 張井の願いは『英雄願望』である。つまり、この世界での活躍そのものが彼の現実に置ける虚無を満たしてくれる。

 だが、山の中で出会った二人には、しっかり拒絶された。


 しかも二人目には「足手まとい」とまで言われたのだ。


「実際裸足で荷物ないしなー」

「夜とか考えると、【武器】はともかく人手は欲しくない?」

「昼前だったんだな?」


 そう、初日も夕方になるまでは、誰もが野営や狩りに危機感を抱いてなかったはずだ。

 そして山中で張井が役立つかは……正直疑問が残る。


「そんな訳で俺は、(いかだ)を組んで川を下った」

端折(はしょ)った!」


 張井は気楽に言うが、川を安全に下れる筏など、簡単なものではない。

 木と蔓で作ったと言うが、要塞の件もある。


「いい男には秘密も多いのさ」

「死ね」


 小野は張井が工具かナイフを隠し持っていると考えた。

 そう考えると納得行く事が多い。逆に言うと、不審な点も多いのだ。


「つーか、山はヤバいぜ? 無茶苦茶な奴がいたろ?」

「?」


 張井は三人に、異様な速度で山中を駆け回る【敵】の説明をした。

 彼は笛吹(うすい)のように【敵】探知に特別優れている訳ではないが、【情報】から自分にも探知能力が備わっている事を知っていた。


 しかし、それには言及しなかった。小野も追求しない。むしろ100メートル単位の射程があるならば、それに相応しい探知は有って当然だろう。


「待って、探知した時点で全力狙撃したらその【敵】削れたんじゃ」

「場所割れて接近されて死ぬじゃん。火力も心許ない俺には前衛の仲間が必須だったんだ」


 そういう意味で、管金(すがね)、小野、石見(いわみ)は最高のバランスだった。強力な前衛、射手二人。小野は前に出てもいい。


「ダメかぁ」

「あ……あと……誤射…………」


 控えめな石見の発言に、張井は思い出したように頷いた。森の中で矢を撃ったなら他の狩人に誤射する危険がある。

 だが、この見晴らし良い平野にあっては、誤射はない。


 川を下った張井は、『ダ』の家族と遭遇した。

 彼らは狩猟と木の実拾いで生活し、決まった住居をもたない。


 数人の男手が狩りに行き、女はほぼ常に妊娠している。十人ほどの子供らは木の実を拾い、老人は知識を持ち解体や毒のある実をより分ける。

 ある種の完成したコミュニティーであった。


「破綻してる」

「現代の感覚だとな」


 四人の女が毎年子供を産んでいたら、子供の数は何人になる?

 それにしては少ない人数は、異常な死亡率の高さを物語っていた。


「ただ、彼らは争いはしても殺し合いをしない」


 張井は『ダ』に友好的に受け入れられた。余った毛皮と、張井の乗る筏の交換を頼まれ、張井は彼らの警戒心のなさに驚きながら了承した。


 家族の長は体の大きさや狩りの腕などで決まり、時々交代するものらしい。長である『ジ=ダ』は張井の体格を称えた。『はぐれ』ならぜひ家族に加わって欲しいとも言った。

 女達も口々に張井の子供を産みたいと迫って来た。


「すげえじゃん、何が不満よ」

「世代かな……相手がホモサピエンスなら俺、王様になってたよ……」


 とにかく張井はしばらく彼ら『ダ』と行動した。

 先ほどと同じ方法で狩りをして、磨製石器や木、骨の加工を教えた。


 夕方の時点で雨を予期した『ジ=ダ』に、屋根を教え雨風をしのいだ。

 翌日、遭遇した『イノ』族と交易後、彼らにも色々教え……昼。


 【敵】の襲撃を受けた。


「感知は?」

「俺は二家族の男たちと狩りに出ていてな、襲われたのは女達だ」


 戻った時、そこに残っていたのは無残な老人の死体だった。

 すぐに追いかけ、見つけたのは縄をかけられた女達と、それを歩かせる四人の【敵】。


「【敵】は四人で、俺たちは三倍近い人数があった」


 だが負けた。惨敗だった。原人たちは三人がかりでも【ザコ】に歯が立たず、挙げ句全員捕らえられた。


「俺は、逃げたけどね……」


 洞窟に連れてかれた張井は、中に入る前に縄を抜けて逃げた。ネアンデルタール達を助けたかったが、二つの問題があった。

 まず張井は【ザコ】ともみ合って負傷していた。


 そして何より、洞窟の奥には【ザコ】とは比べものにならない【強敵】の気配があったのだ。


「……諦めたんだよ」


 逃げる最中に、同様に成人男女を誘拐された『カラ』と『チ』の子供と老人に合流。

 さらに『ダ』と『イノ』の子供たちを拾って、張井はこの林に逃げ込んだ。『ダ』に屋根を教えた場所だ。


「この時点でもう遅い事はわかってたんだ」


 管金すら、なんとなく理解していた。

 【敵】。山の中にうようよしていたあの【敵】はどこから来たのか。


「……そんな」

「改造とか洗脳とかだろうな……俺は王様になる気はないけど、【ドラゴン】は王様になる気だぞ」


 【敵】は素朴で優しいネアンデルタールを誘拐し、下僕にしている。彼らを守る。彼らを救う。

 それが張井の『正義』だ。要塞は、守る為のものだが……正直、効果の程は期待できない。


「【敵】は無茶苦茶強い。『ジ=ダ』たちが対人戦の素人だとしても、子供扱いで簡単に制圧された。

 そんな奴らが本気を出したら、この要塞は時間稼ぎにもならないね」


 ただ、ネアンデルタール達には『罠』の概念がなかった。

 だから時間稼ぎは確かに可能なのだ。ここに集まった人々が逃げるだけの時間だけなら。


「……要塞最大の目的は【狩人】集めか?」

「そうだ。安定した寝床と食事を提供し、協力して【ドラゴン】を退治したい」


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