表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武器を取れ、ドラゴンを殺す  作者: 運果 尽ク乃
三日目 破滅の渦へ集えよ【狩人】
74/224

S0304 知識チートで介入だ

 張井(ハリー)の要塞中央部には広場があった。木を切り掘り返したそこをすり鉢状にへこませ、石で区切っている。

 そこには燃え残りの木の枝が転がり、骨製の串が数本突き刺さっていた。


 近くには素焼きの瓶や皿が置いてあり、磨かれた石のナイフが並んでいる。

 二頭の鹿を持ち帰った管金達を待っていたのは歓待であった。


 張井は老人達に鹿を渡すと、彼らは大喜びで解体した。


「ここは現在『ダ』『チ』『イノ』『カラ』の四家族が集まってる。彼らは家族単位で行動し、決まった家もない」

「イメージしてた縄文人よりさらに前な感じか」


 小野の言葉に張井は頷く。ここが2024年から考えて何千年何万年前かは分からない。

 だが少なくともこの時代の人類は打製石器を使うも、建築も農耕も未開発であった。


 彼らの武器は叩いて割れた石、折れて尖った骨、堅い木の棒であり、主食は木の実と肉。あとは虫。保存術もなく、肉は解体して残らず焼いて食し、虫は足と頭を取って生食。木の実は石で砕いていた。


「びっくりするほどだね」

「だが彼らはネアンデルタールだ」


 張井は、この時代の人類が自分らと違う種であることを、まるで神秘的で素晴らしい事であるかのように声を潜めた。


「……?」

「ネアンデルタールは我々ホモサピエンスよりも脳の容積が一割近く大きい。最近の研究だと、彼らが進んだ文明を築いていた可能性も高いとか」


 張井の話を疑いもせずに聞く学生二人。小野は鼻を鳴らして不服をアピール。


「で? その賢いネアンデルタールにてめえは何を教えたんだ?」

「火打ち石、磨製石器、骨と木と石の加工、素焼きの土器、松明、釜戸、瓶、取っ手とフック、茹で料理、パン、木の組み方、柱、屋根、鍋つかみ、依り紐……」


 小野の容赦ない左フックが張井の顔面を打ち抜いた。

 周囲で悲鳴が上がる。子供たちが怒りの形相で駆けつけてきた。


『長 打つ 悪い!』

『罰 女 産む!』


 彼らの言語は単純で文法もなく、シンプルな単語だけで構成されていた。

 そして驚くべきことに、【義体】はそれを速やかに自動翻訳した。


 そしてその内容に、石見と管金は赤面。子供たちは『長』たる張井に手を上げた小野を非難し、罰として彼の子を産めと言っているのだ。


「てめーが長かよ……!」


 溶岩のような怒りを煮え立たせる小野に、張井は舌打ちして顔を背けた。


「代理な」

「あ?」


 返答次第じゃただでは置かないと凄む小野を一瞥し、しかし張井は子供らの頭を叩いた。


「それは無し。男と女は『組み』だろ?」


 納得行かない様子の子供らを見て、小野が慄然(りつぜん)と目を見開いた。

 そしてやおら顔を覆い、頭を下げた。


「悪い」

「ん?」


 信用など無くて当たり前だと思っていたのか、張井は突然の謝罪に面食らった様子であった。

 小野もまた驚きを隠せないでいる。


「え? え?」

「いや、まさか『倫理』まで教えやがるとは」

「倫理?」


 聞き返す管金に、張井は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「いや、ガチで王様になりたい訳じゃないんだぜ? 俺は初日に川下って彼らに会ったんだけどさ……その」


 言いよどむ張井。

 その目が子供らに向いた。男女合わせて十人以上。先ほど小野に文句を言ったのは一番発達の良い娘だ。


 それでも身長は管金より10センチ以上小さい。

 そして石見はふと、乳飲み子がいないことに気がついた。


 大人がいないことと関係があるのか? 彼女の思考はそこで停止した。理由まで至らなかった。

 対して管金は、気付いてしまった。


 彼の中の臆病な部分は、やせっぽちで慢性的に欠食した原始の人々が、飢えをしのぐために『何』を食べるのか。

 バカバカしい。あってはならない。くだらない妄想だ。


 そう切って捨てるに捨てきれず、青ざめた管金を見て、張井が眉をひそめる。


「賞罰としてのセックス、長となる男を中心とした一夫多妻、必然的近親相姦、それと子殺しと人食い。俺が禁止したのはそんな程度だよ」

「……つまりあんたは彼らの文明化を後押ししたのか?」


 小野の問いに、張井は苦しげに頭を振った。

 違う。そんな崇高な、同時に傲慢なものじゃない。


「技術を教え初めたのは確かに面白半分だったさ。だが倫理は……」


 見ていられなかったのだ。彼らはまだ進化途上とはいえ、人類だ。自分らの祖先だ。

 たどたどしくも言葉を操り、道具を使い、火を恐れない。


 小規模とはいえ社会を築き、他の人間と物々交換で交易もする。

 そんな彼らが女性を尊ばず、子を大事にせず。あまつさえ最悪共食いをするなど、そんな獣じみた行為をするなんて、張井には認められなかったのだ。


「順番に話す。最初から」


 そこには張井の倫理も興味も、ネアンデルタール達との遭遇と大人の不在理由も。そして彼が諦めきれないヒーロー性と、この『要塞』の構築理由も含まれていた。

 彼の孤独と希望と苦難と煩悶(はんもん)。それを見てきたのはティーシャツにプリントされたアニメ『熱海秋月の爽快』に登場する異次元人・陸奥だけであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ