A0103 モア
「おね〜さん、足のサイズいくつ?」
「27だよ?」
巨大な鉄塊が光の粒子となって消滅し、熊は鮮血を噴水のように撒き散らしながら倒れ伏す。
血の雨を避けるように小走りに、駆け寄ってくる少女から、後虎は目が離せなかった。
「うわデッカ! ウドの大木? マジウケるんですけどォ〜?」
172センチの後虎より一回り以上小さい、黒髪のおかっぱ。挑発的な上目遣いと猫のように上がった口角。童顔ながらに奇妙に妖艶。目尻と唇に引いた目の覚めるような朱色のせいもあるだろう。
だがそれ以上にアトラの視線を捕まえて離さないのは。
「ウソ! マジ可愛さが段違い!! 信じられない? コスプレ? 最高の高! カワイイの塊かよ! カッコよくてカワイイ!!」
少女はバニースーツだった。血のように赤いハイレグのラバーのスーツ、目の荒い網タイツに真紅のピンヒールブーツ。つけ襟に締められた黒と赤のストライプネクタイは、白い肌とのコントラストを描きながら豊満な乳房の谷間に消えている。
カチューシャに取り付けられた赤いウサギ耳が、興奮する後虎に気圧され揺れる。
「最高に上がる! ビックリするほどカッコいい!」
「え、えええ〜?」
攻撃的、あるいは危険信号の如き真赤なバニー。燕尾服ではなく何故か改造学ラン、いわゆる特攻服。
背中には金糸の刺繍で『覇偉嵐蛇』の文字。危険極まるまさに剣呑兎。
「ええと、おね〜さん、アメかヤニある?」
「あるある! いちごミルクでよき?」
「話分かるじゃ〜ん」
鞄から出したキャンディを受取り、満面の笑みで頬張る。
「すごい嬉しい、全然ヒト居ないから。あーしは後虎、マジ可愛いんだけど、それコスプレ?」
「モアだよ、呉井最愛。これは仕事着、おね〜さんこそコスプレ?」
「あーしもマジモンの高校生だかんね、制服」
モアが髪をかき上げる、赤いクローバーのピアスが見え隠れ。背は小さいが胸はバニースーツから溢れそうなほどに大きく、気怠い雰囲気は大人の色気があった。
「んじゃ、おね〜さん。生きてたらまたねェ〜」
「え、嘘でしょ!? 行っちゃうの?」
「モアはァ〜、『覇偉嵐蛇』……傭兵なんだよね。だから儲けになんない事はしませェ〜ん。
よわよわのおね〜さんを助けたのも、代わりの靴が欲しかっただけだしィ〜」
後虎はモアの編み込みピンヒールブーツを見た。自分の運動靴以上に山道に向かない。
媚びるようなキャンディボイスと挑戦的な上目遣い、後虎は鞄から次の飴を取り出した。モアは無言でそれを奪い取り、特攻服のポケットに放り込む。交渉成立。
「おね〜さんさァ〜、それが【武器】ィ〜?」
「ん? そだよ。あーしの武器。カワイイしょ?」
「ヤバイねェ〜」
上機嫌な後虎と裏腹に、物言いたげなモア。しかし、後虎はそれに気付かず、モアは伝える程お人好しではなかった。
「しっかしおね〜さん、情けなァ〜い。一人で山道も歩けない。よわよわァ〜」
「それを言われるとしんどい〜。まあなんつーかあれだね。旅は道連れ余は情けない? 人生楽ありゃ公文式?」
「アッハ、マジウケるんですけどォ〜」
意味不明な事を言い出す後虎を、モアはケラケラと笑った
「どこに向かうのォ〜?」
「とりま山頂かな、ゲームとかでもボスはテッペンしょ?」
「ゲームかァ〜、ふゥん。考えが子供みたァ〜い」
後虎の底抜けの明るさと楽観性に、モアは興味をそそられていた。後虎にとっては幸運なことに。
モアは後虎の想像以上に剣呑で、好戦的で、残忍だった。その相手を侮蔑しきった挑発的な態度は、わざと怒らせて叩きのめし、罵倒するためのものであった。
それ故に、何を言っても暖簾に腕押し、馬耳東風にして糠に釘の後虎には興味があった。
熊を惨殺しても、悲鳴を上げるどころかモアの可愛さにはしゃぐ異質さも悪くなかった。
その顔が怒りや苦痛で歪むのが見たかった。
「もっぴょんはどこ行くつもりだったん?」
「もっぴょん?」
「もっぴょん」
悪びれも断りもなく、付けられた奇妙なあだ名。
「ふゥ〜ん、おね〜さん本当に面白ォ〜い。何だっけ? な・ま・え」
「後虎っす」
「じゃ、アトやんかなァ〜」
「お、エモじゃん? 了解了解、んじゃシクヨロで!」
こうして後虎とモアは山頂を目指した。