S0301 エッチな事はこっそりね
焼いた鳥肉は大変に美味だった。
食べ馴れた鶏にはない臭みや、取り除きそこなっていた内臓、血塊に悩まされることはあっても、久々の動物性タンパク質は活力を与えた。
全身に傷を負っていた石見は、半日足らずで起き上がれる程度にまで回復していた。
残念ながら切り刻まれた服までは直らないので、そのあたりの処理は必要だろう。
肩に大槌を食らった小野は、かなり元気になっている。
タンクトップのほとんどを引き裂いて包帯代わりにしてしまったため、ボロ布ブラとゆるいパンツだけという下着姿も同然の姿だ。
そんな二人のお嫁さん……? 子供? を抱える一家の大黒柱、管金。
正直目のやり場に困るので肉を見るしか他にない。
「うふ……えへ」
「早く怪我が治るといいね」
塩気を手始めに欲しいものは山ほどあったが、骨までしゃぶり歯で身をこそいだ。
「まったく鳥くれた連中に感謝だな」
原始的過ぎて火加減も分からない料理だったが、小野が素早く「焼き芋と同じ」と言い出したのでそれに従った。
とりあえず火を付け、適度に焼き、あとは冷めるまで待つのだ。
焼かれて乾燥し、ひびだらけの失敗土器みたいになった肉入り土を引っ張り出してさらに中身を取り出すには、やはり棒手裏剣と土屋から分捕った革手袋が活躍した。
作業用の革手袋は、固くてぶ厚くゴワゴワしていて、付け心地こそ最悪だが頑丈であった。
鍋つかみの代用には最適だ。
石見の弁当箱を皿代わりにし、三人は手づかみでむしゃむしゃ食べた。
食後は予定通り移動した。火はとても素晴らしいが、煙や匂いで注目を浴びやすいのが難点だ。
管金が石見を背負い、ずいぶんと回復した小野が後方を確認しながら進んだ。
日が落ちると真っ暗になってしまうので、夕方には歩みを止めた。
とは言っても二時間近く歩いたので土屋たちとは少なくない距離が開いたはずだ。
石見と小野が寝床の用意をする間に、管金は一帯を歩き把握し、更に野鳥を二羽狩るのに成功した。
昨晩の失敗を踏まえて草地を整え、枝でテント状の覆いを作った三人は、日が落ちて直ぐに休んだ。
「夜明けと同時に動くつもりで行くぞ」
合議の結果、不寝番は二交代制になった。深夜までを小野、その後は管金。
「えと…………やらしい、ことは……こっそり……ね?」
「しねーから安心して寝てろバカ」
例のケンカの後は、石見がなにやら誤解しっぱなしだ。
ナニをどう言っても無駄で、管金と小野は誤解を解くのを諦めていた。
「期待していいぞ」
「えっ」
だが、こうやって甘く耳打ちなんてするから、誤解が解けないのだと管金は感じていた。
期待、しないわけはない。期待通りの結果になるとは思えないけれど、もちろんその気はないに違いないという確信と、もしかしたらなんて甘い夢が、管金の心をスクランブルする。
しかも緊急事態とごちゃ混ぜのダブルミーニングだ。
……………………もちろん、期待は裏切られた。
予定通り深夜に起こされた管金は、夜の時間を足の鍛錬に使った。
時間なら五時間くらいあるので、ゆっくりと河原や草地を歩き回った。
管金の足の裏は器用で柔らかく、関節は柔軟で粘り強い。
結果、草の上も無音で歩ける事がわかったし、注意すれば落ちている小枝や虫も、足で触れた瞬間に察知できた。
見張りを交代して数時間経った頃、人の気配を察知して管金は身構えた。
「あっ……えと」
「早いね石見さん」
だがすぐに、それが石見だとわかって肩の力が抜けた。
昼間もかなり寝ていた上に、夜も八時間ぐっすり寝たのだ。
何かの拍子に目が冴えてしまったのだろう。
「その…………実験?」
「実験?」
頷いたのだろうが、森の中は闇が深すぎて何も見えない。
「……うん」
覚束ない足音、管金は慌て駆け寄った。怪我はまだ治っていないだろうから、転んだら大変だ。
「手を引こうか?」
「ええっ、いや……っ……あ…………ううん……だ、だいじょぶ……」
直球ストレートな拒絶に、管金は一瞬打ちのめされかけたが、よく考えると石見は男性が怖いらしいのだ。
管金はちょっと考え込み、しかし自分の頭では何も思い付かない事がわかった。
「何か手伝える事があったら教えてね」
「あ……はい」
石見は礼を言いながら、河原に到達した。
石だらけのその場所は、石見の実験には最適であった。
昨夜の【敵犬】、そして鶴来との戦いで、石見はある手応えを感じていた。
それを試すにはまとまった時間が必要で、そのために石見は三時に起きて動き出したのだ。
「……はへー!?」
二時間後、夜明けに管金は仰天する事になる。
河原に、高さ3メートル、長さ10メートルの石壁が組みあがっていたのだ。
管金の奇妙な感嘆に目を覚ました小野も、呆然とした。なにしろ石壁である。想像力を越えていた。
「あ…………えへ」
壁の上にケロリと現れた石見を見て、二人はこの石壁が彼女の【武器】である可能性に到達した。
余りにも非現実的な想像だが、管金も小野も他の方法が思い付かずにただただ呻いた。
「えと……うふ」
石見は小さく笑うと、壁の向こうに姿を消した。階段状になっているのだ。
「…………あ、少し……離れて、ください」
言われるがままに距離を置く管金と小野。壁下部の石が光の粒子に変化する。
「あっ」
管金が何か言おうとしたが、続きは轟音にかき消された。
巨大な壁が一瞬で、包み込むような形に崩壊したのだ。
下に生物がいたら死亡は免れない。トン単位の重量による圧殺がそこにあった。
「……マジかよ」
開いた口が塞がらない二人に、石見はもじもじと恥ずかしそうに近づいた。
「えと……こんな、ことも…………」
石見の両手に粒子が集まり、怪我した右手からはサラサラと砂が、左手には一抱えもある漬け物石が顕現した。
砂は次々出てくるのに、漬け物石は十秒以上かかった。ズシンと重い音を立てて河原に落下する。
「サイズもある程度好きにできんのか」
「……はい」
砂が積まれていく横で、漬物石のうえに小石が転がる。いや、小石は出した端から消えていく。
これはつまり、消去の順番も決められるということである。消去の自由決定が、先ほどの壁崩落を発生させたのだ。
未加工の、割れた石や削った石が出せないという弱点は、さほど大きな弱点にはなるまい。
なにしろ既に、石見は未加工の石で見事な城壁を作って見せていた。
「あと……場所、わかるかも……?」
石見は、あさりサイズの小石を二つ出して差し出した。
管金と小野はしげしげと見つめる。
「これがあれば、はぐれても石見さんが見つけてくれるってこと?」
「……」
小さく頷かれ、二人はそれぞれポケットに小石を入れた。はぐれないのが一番ではあるが、戦闘中に何があるか分からない。
また川に流されるような自体が起きないとも言い切れなかった。
「【ドラゴン】がガチ【ドラゴン】でも、石見なら殺れるな」
言いながら考え込む小野。効果的な使い方を模索しているのだろう。
石壁は破壊力こそ凄まじいが、現実的ではない。用意に時間がかかりすぎるのが難点だ。
だが、石柱ならどうだろうか? 3メートルもいらない、2メートル弱でも、人間大の相手をひるませ、当てれば大怪我間違いなしだ。
複数の石を組み合わせるなら、楔を用いた転がる罠も可能だろう。もっとシンプルに足場を消して転ばせることもできるかもしれない。
そんなこんな話ながら川沿いに下り、何事もなく昼になった。