_0201 孤独の美剣士
まっすぐ抜けるような青空、日差しは暖かさよりも暑さが気にかかる強さだ。
鬱蒼とした密林からはむせるような緑の匂いを手始めに、文明人には耐え難い無数の悪臭が漂っていた。
昨晩から今朝にかけて、どれだけの殺戮が行われたのか。
これまで人類未踏の場所であったこの密林は、いまや至る所に惨殺体転がる合戦場に変わっていた。
日差しの強さは山中をさまよう血に飢えた悪鬼どもを疲弊させ、その犠牲者達に残酷な未来を指し示す。
腐敗。
二日目は、初日より虫の動きが活発に感じられる。
体にまとわり付く羽虫どもを煩わしく振り払い、ひとりの少年が河辺で服を洗っていた。
虫どもは悪さをしないが、それでも不愉快は不愉快だった。
高級感あったグレーのブレザーも、泥と大量の血に汚れてひどい有り様だった。
切れ長の目からは剃刀の鋭さは失せ、白い頬には疲労が色濃く見える。
それでも、情熱的に赤い唇と芸術的なラインを描く鼻梁には陰りがない。
疲労は青年の美しさを損なっていなかった。
眉間の縦じわも、噛み締めた口が見せる苦悶も、逆に見る者を恍惚とさせる美を内包していた。
「……っ」
薄汚れたタオルを、泥混じりの川で絞り顔を拭く。
彼は何かに堪えるかのように左胸を押さえた。傷ではない痛みが、そこには走っている。
「……死んでるのだろうな」
辛辣に、だが同時に悔いるように彼は呟き、タオルを絞って頭に巻いた。
読者諸君は彼を覚えているだろうか。
彼は笛吹。管金少年がこの時代で最初に出会った【狩人】である。
二人の出会いは友好的とは言えなかった。
【敵】に囲まれた笛吹を管金が助け、しかし笛吹は彼に報いなかった。
仲間が欲しい。一緒に苦難を越える仲間が。
そう望んだ管金を、笛吹は冷たく拒絶したのだ。
【ドラゴン】を殺して【望み】を叶えるのは自分だ。自分一人だとばかりに。
笛吹と管金の道はそこて分かたれ、それから一日以上。
笛吹は【情報】通りに動き、追跡していた。
彼の情報は【ドラゴン】狩りに特化していた。本気で【ドラゴン】を殺すことだけを目的にしていた。
「……次は、遠いな」
笛吹は宇宙空間の夢の中、【ラストイル】を名乗る超越存在と遭遇した際に、渡りに船だと考えた。
彼には何としても叶えたい【望み】があり、そのためなら己の命すら惜しくはなかった。
笛吹は【ラストイル】に『【ドラゴン】の居場所を知る方法』を尋ねた。
これは朱理が聞いた事に極めて近い。しかし、大きな差があった。凄まじいまでの。
【ラストイル】は『その能力は既に備わっている』と告げた。
百人の【ドラゴン】殺しは、最初から大なり小なり【ドラゴン】感知の力を有していたのだ。
代わりに【ラストイル】は笛吹に正しい利用法を挿入した。そう、言葉ではなく感覚にインストールした。
この【感知能力】は人類が本来持っていない感覚を利用する。そのため、備わっていたとしても使い方が分からないものだった。
羽や尻尾のある人類はいないが、仮に後から移植しても動かすことができないのと同じ。
一応、周囲を俯瞰する技術に長けた者は、【感知能力】を上手く扱える傾向にあった。
ピッチャーマウンドでの経験ある石見が、【敵】の接近にいち早く気付いたのもそのおかげである。
では笛吹は、どの程度【感知能力】を行使できるのか。
「もう山に【幹部級】はいない。やはりデカい奴を狙うべきか……」
笛吹は【敵】のだいたいの居場所と距離を把握できた。
距離が離れると【幹部級】以外は曖昧になるが、近ければ【幹部級】と【ザコ】の違いも分かる。
……【幹部級】と【ザコ】。笛吹は便宜的に【敵】をそうカテゴリ分けしていた。
仮面をかぶった、ほぼ一般人と変わらぬ能力の【ザコ】と、恐るべき肉体能力と生命力を誇る【幹部級】。
管金と最初に出会ったのは典型的な【ザコ】であり、笛吹はこれまでに20近い数の【ザコ】を葬ってきた。
そして先ほどは山中で死闘を演じた。相手は額に輝く入れ墨を入れた男。
【幹部級】である。
笛吹の【感知能力】では【幹部級】と【ドラゴン】の区別はつかない。しかし居場所をおおざっぱに感知できる。
その能力を生かして、笛吹は【ドラゴン】を追っているのだ。
現在笛吹からは【ドラゴン】の気配が三つ読み取れる。二つは遠く一つは近い。数も大きさも曖昧模糊としていた。
三つのうちどれかが【ドラゴン】で、残りは【幹部級】だ。一番近いのはずっと動かない。恐らく【ドラゴン】ではないと笛吹は考えていた。
そして笛吹は可能なら【幹部級】との交戦は避けたかった。




