S0220 十年
河原に座り込み、黄土色の川に石を投げ込む。
大変にみじめで情けない気持ちの中、管金は未だにべそをかいていた。
「ぐすん」
なんでこんな事になっちゃったのだろう。
自問しても答えはない。管金らしい単純な理由なのだが、彼が気付くことは無いだろう。
管金は、小野に言われたから傷付いたのだ。
粗野で乱暴、口こそ悪いが、仲間思いのお姉さんだと思っていた。
なのに、最高に痛いタイミングで、管金の急所を叩いてきた。
これまでも思ったことはあったろうに、言われたくない時に、言われないと安心していた時に。
手ひどく裏切られた気持ちだった。
めそめそと石を川に投げ込みながら、管金は後悔もしていた。
小野とは朝に約束していた。次に面倒くさいことを言い出したら置いて行くと。
ならば小野は追ってこないだろう。それに何より彼女は管金ほど河原を早く歩けない。
怪我人の石見もいる、無理を押して管金を追いかける理由がないのだ。
管金は拗ねた気持ちで石を投げる。だが石を投げる度に石見を思い出してしまう。
体は動かせていたが、傷は大丈夫だろうか? 鳥肉は食べたかな。
気になって振り返った管金は、川上からゆっくり近付く小野と目があった。
どちらからともなく目を逸らし、しかし同時にまた目が合う。
小野は手に棒手裏剣を持っていた。管金の忘れ物だ。
白く長い脚が安定した石を踏みながら近付く。ゆっくり、足音を立てながら、鎌の間合いまで。
お互いにそれまで無言だった。
「……大人ってのはつまんねーもんで」
「……」
管金ではなく川を見ながら、小野はそんな風に口火を切った。
「嫌なことがあっても、波風立てないようにしちまう。曖昧に笑って、なあなあで済ませて、表面取り繕えばおしまいって寸法だ」
「……」
管金も、川を見ていた。
小野の意図は分からないし、顔を見たくなかった。
「だから喧嘩もしない。謝りもしない。取引先や客に『申し訳ありません』っつって頭は下げても、それはちと違う」
「……」
だらだらと話しながら、小野はゆっくり首を振った。
「違う、違うんだ。こんなどーでもいい話をしにきたんじゃねえ」
小野は腕を組んだ。ずっしりした重量の下で指先は肘の布を弄んでいる。
「……」
「あたしは……あたしは、つまんねー大人だから……その」
管金は小野を見た。恥ずかしそうに頬を染め、そっぽを向いて。
落ち着きなく視線をさまよわせて、管金の視線に気付いてきっとまなじりを吊り上げた。
「なっなっ、仲直りの仕方がわからないんだ! ごめん謝る、許して!」
怒ったような顔で叫ぶ小野を、管金は見上げていた。
「……どうして結城さんのこと知ってたの」
「か、勘」
実際には、正解だったら管金が一番傷付く言葉を選んだ。
怒りに任せて。
「じゃあその、女の勘で分かってよ」
挑むような生意気な目つきに、小野はちょっとムッとしたが、なんとか理性を保った。
管金はとげとげしい口調で続ける。
「好きな子にフラれたばっかの時、他の子にはなんて言って慰めればいいのさ」
「……あーホントごめん」
管金の傷は、小野の想像よりも新しくて深いものだった。
石見を肯定する言葉を望んだ小野の独りよがりだったわけだ
「それにさ」
管金は拗ねたように唇を突き出して続けた。
仁王像みたいな顔をしているくせに、こういう子供じみた仕草が妙に似合う。
「おれ、石見さんのことよく知らない」
「えー?」
言われて小野は気が付いた。というか言われるまで考えても見なかった。
昨晩と、石見が目覚めてからの時間だけ。管金にとっての石見は命の恩人かもしれないが、『ブチのめす』以外の印象は薄そう。
「小野さんなら……なんでもない」
頬を染めて川を見る管金を、小野も見ていられなかった。
彼に言うべき言葉は分かっていたが、口にするのは困難だ。
少なくとも、小野のプライドと羞恥心がスクラム組んで邪魔をしている。
理由ははっきりしていた。しかし認め難いものだった。
だから小野は意を決した。正直に逃げよう。
「チビとか言って悪かった。軽口のつもりで言っちまった。もう二度と、こっちはマジの金輪際で言わねー」
「うん」
「だがな」
小野はしっかと管金を見た。
彼は拗ねたような恥ずかしいような顔で川を見ていた。
よし、こっち向くなよ。喋れなくなっちまう。
「管金は単純バカで体も小さいけど、信頼を裏切らない。その上あたしをまっすぐ信用してくれる」
管金が小野に目を向けた。弾かれたように視線を逸らす。こっち見んな恥ずかしい。
小野はアルコールが欲しいと本気で思った。酒には弱いが、シラフで言える言葉ではない。
「あたしがあと十歳若けりゃ、そんな女ぁ忘れてさ、その……ええと……」
無理だった。
石見みたいに尻すぼみで蚊の鳴くような声になっていた。
顔の温度が急上昇しているのが分かる。管金の視線も痛いほど突き刺さっていた。
「え、ええと……?」
「十年若けりゃだよバーカ! ガキが本気にすんな!」
威嚇的に叫びながらも、小野は顔から火が出そうだった。
羞恥心の限界突破である。告白めいた事をするつもりはなかったはずなのに。
「あ……ごめん」
「謝るなよ! つーかどなんーよ!? オバサンからのリップサービスでもちょっとは嬉しいのか!?」
脱兎もかくやの全力疾走で逃げ場を確保しまくる小野。本気じゃないし本気にするな。
しっかりと奥まで釘を刺さないと、小野自身が耐えられそうにない。
だが管金のちょっとがっかりした顔に罪悪感が募った。違うとも、違わないとも言えない。
「そんな顔すんなよ。おっぱい揉む?」
「……金輪際触らせないんじゃなかったんですか?」
相変わらずのからかいに不満たらたらの管金に、小野は嫣然と微笑み胸を突き出した。ボリューム感たっぷりの膨らみが管金を圧倒する。
「触らせてもいいから言ったんだよ」
「ぅえ!?」
目を白黒させる少年を、小野は意地悪くゲラゲラ笑った。
管金の眼前から胸を逸らして、ニヤニヤ笑い。
「でも今はもうダメでーす」
「うがあぁ! もうっ、からかわないで!」
暴れる管金に、小野は痛めていない左の手を差し伸べた。
管金は手を掴み、文句ありそうな目をしながら立ち上がる。
女は慰めるように優しく言い聞かせた。
「なに、機会はまた来るさ」




