S0216 【望み】の条件
「あたしが【ラストイル】に聞いた【情報】のこと……なんだけど」
小野が神妙な口調で、少なからず言いにくそうに口を開いた。
管金が首を傾げる。石見は恋バナではなくでガッカリしていた。
「聞いてなかったっけ」
「言ってない。にわかには信じがたいからな」
小野は表情固く、口にするのを躊躇っているようだ。
【情報】であるなら確実なことなのだろう。
石見や管金には彼女の迷いが理解できない。
「……【ドラゴン】なんだがな」
管金は喉を鳴らして唾液を飲んだ。
極めて重要な情報なのだろう。
「【望み】の条件は【ドラゴン】戦に参加すること、戦功は考慮に入れないそうだ」
「はい?」
石見と顔を見合わせる。小野の話を頭の中で噛み砕く。
【ドラゴン】と戦えば【望み】は叶う? みんなが?
「そこら辺の【敵】じゃなくて【ドラゴン】本体と戦えばってこと?」
「そうだ」
「つまりみんなで幸せになれる」
そう。百人の【狩人】が力を合わせて【ドラゴン】を倒すのだ。
管金は不意にストンと腑に落ちた。朱理だ。彼女と出会ったのはちょうど一日前だけれど、随分昔の事に思える。
「……朱理お姉さんは、そこに辿り着いてたんだ」
「やっぱり聡いんだな」
朱理。管金が出会った二人目の人物で、教示者。黒ずくめのお姉さんだ。
朱理のことを知らない石見に説明しながら、管金は考える。
こんなにも素敵な発想を、大事な話を、小野も朱理もしなかったのだ?
朱理は別れ際なんて言っていた? 管金の記憶力では曖昧にしか思い出せない。
「朱理お姉さんは、なんだったかな。『わたしみたいな武器があるから【ドラゴン】には勝てない』だったかな?」
「絶対違う事だけは分かる」
思い出せないものは後回しだ。
たが少なくとも、管金に鳥をくれた堀たちは協力的で、チームを組んで行動していた。朱里は彼らに協調性を説いたのかもしれない。
「とりあえずあたしは、何人かに伝えて全部信じて貰えなかった……考えてみりゃ当たり前だけどな」
苦々しく笑う小野、肩を抱いて座り込む。
管金は白くしなやかな脚から目を逸らした。
「それだよ」
「えっ……あ」
「え?」
女性陣からの刺々しい指摘に、管金狼狽。やらしい目で見ないようにしたのに!
「えと……」
「弱そうな半裸のおっぱいが言うと、命乞いの嘘に聞こえんのさ」
ようやく管金の脳みそにも合点がいった。
みんな幸せ、【狩人】同士が争う必要はない。
これが嘘で、信じて裏切られたら大惨事だ。
弱者が強者に対して口にして、通じる情報ではない。
だが、管金や石見は疑うことなく信じた。
「うう……」
「おれ、弱虫だから……そんなこと言われたら手放しで信じちゃうんだけどな」
そう、管金は理解した。朱理も同じだ。
彼女の棒手裏剣にはお世話になっているが、単身で【ドラゴン】を殺すことが可能なのかというと不安がある。
強者にも弱者にも、余りにも都合が良すぎるのだ。この情報は。
そもそも【ドラゴン】がなんなのか分からないのだ。【敵】の総大将? だが人間とは限らない。【敵犬】のこともある。
「あたしが会った奴らは増長してたなぁ」
指折り数える小野、石見と出会う前に小野に襲いかかったとかいう連中のことだろう。
「『【ドラゴン】が、出会い頭で殺せる相手ならすぐ終わる』」
朱理が口にした言葉を、管金は思い出した。。
遭遇戦で倒せる程度の相手なら【ドラゴン】殺しに時間はかかるまいと。
「でも『最悪【狩人】は全滅する』」
管金らしからぬ言葉に、小野も石見もそれが朱理の論理と気づいたようだ。
石見はうつむき、小野は青ざめて皮肉に笑う。
「棒手裏剣って【武器】だけからそこまで行くのかよ」
「……あっあ……す、管金さんの……【情報】…………」
「え、なに?」
知らぬは本人ばかりなり。小野があからさまに大きな嘆息を一つ。
「【武器】の貸与か、石見もやるなあ」
「え…………えへ」
「ん?」
勝者が一人のシステムで【武器】の貸与可能というのは不思議なものだ。逆に言うと、貸与は仲間同士で連携するためのシステムかもしれない。
朱理が自分の武器に不安を持っていたなら、彼女は大義名分を欲していただろう。仲間を作るに足る理由を。
「管金、あたしの【情報】はチームの絆を脆くする」
「え、なんで!?」
【狩人】同士での無駄な争いをなくす、例えば一人で【ドラゴン】を殺すと息巻く笛吹みたいな人とも仲良くなれると、管金は考えていた。
だが、実際は違うのか?
「あ……えと……」
「蟻の一穴だ。小さな疑いが問題になりかねねえ……だからあたしは補強が欲しい」
疑心暗鬼に負けて、千切れてしまう弱い絆ではない。
小野の【情報】を確信させるに足る【情報】を!
管金の『貸与』は大いに貢献していたが、小野はあと一声を欲していた。
求めているのは弱者ではない、強者からの支持。
それは容易ではないとも考えている。
彼女たちが求めるものは、つまりすれ違った堀の【情報】である。
【狩人】たちの役割分担。チームプレイの推奨。多角的な支持こそが、必要とされていた。