A0210 虚無を吐く
【狩人】の戦闘能力は個体差が大きい。
どんな戦況でも対応する強さを持つのは、鶴来たちのような【バリア】持ちの『タンク』だ。
多勢を相手にするのであれば管金や蒔絵のように薙ぎ払える竿状武器が。
強敵を叩き潰したいのであれば、モアや土屋のように大型武器を振り回すのが良い。
【狩人】には適材適所がある。だからこそ朱里や堀はこの戦いをバトルロイヤルではなく協力戦だと判断した。
単独ではザコ【敵】に劣るようなものでも、協力すれば思わぬ活躍の機会が得られる。
後虎はその最も分かりやすい例である。
俊足と、走りながらの精密射撃。他には居ない特殊な射手であり、【牛頭】戦で見せたような遊撃こそが後虎の強み。
であるならば、今この現状は最悪だった。
「ヤバ谷園」
後虎にとって、遭遇戦は最悪だった。不利という他なかった。
【敵】はザコではあるが、石斧を持った三人と、投石用の石を構えた二人。後虎は徒手空拳。
最も理知的な選択は逃亡だった。状況的に不利なのだ。逃げるが勝ちだ。
だが、後虎は逃げなかった。【ドラゴン】を殺さなきゃならないのに、こんなザコ相手に逃げてはいられない。変な意地があった。
同時に、後虎の底から鎌首をもたげるものがあった。
「あー! 虚無い!!」
「うおおあああ!」
後虎と【敵】の雄叫びは同時。振り下ろされる石斧を避け、後虎は【武器】を呼び出した。
電光石火。稲妻のような強い光と雷鳴の如き轟音。
三尺二寸五分の刀身。薄い反り、明るく冴えわたる地金。美しく整った刃文。一目見れば芸術品としても一級だと分かる日本刀。
後虎は避けながら一閃。刀身に彫られた『霹靂絶後』の銘。文字通り稲妻の如き一撃。虚無のカミナリ、轟けライメイ。
「ぐびょっ」
「痛ってー」
左肩の痛みから動きに遅滞、脇腹から侵入した切先ははらわたを切り裂き骨を割って肺まで侵入。【敵】は仮面の隙間から血泡を吹きながら悶絶。
即死ではない。激痛にのたうつ姿が逆に恐怖を誘う。
「虚無いわー」
左肩の痛みなど無いかのように、後虎は|虚無(ため息)を吐きつつ即座に一撃。
刃から逃れようと下がる【敵】。だが残念、後虎は誇り高き剣士ではない。
武士の魂? 知ったことかとばかりに投げられた日本刀。【敵】の仮面に直撃、樹皮製の仮面は容易く貫かれ、刃は口腔から喉奥まで至る。
二斤二両の鉄の棒は頚椎を破壊し、こちらの【敵】は即死。
「うううお!」
最後の石斧使いが無手となった後虎に襲いかかる。後虎は数歩後退し彼を盾に、投石せんと身構える後ろの【敵】の射線から逃れた。
斧の振り下ろしは瞬時に再召喚した【武器】の刀身で受け止める。飛び散る火花。後虎は前蹴りで距離を取る。
次の瞬間には右手一本で振り下ろされた一撃。乱暴に首筋に叩きつけられた日本刀は不用意に骨にぶつかり圧し曲がる。
それでも威力は十分だった。頸動脈を引き裂いた刃は致命傷だ。鮮血を撒き散らしながらまた一人地に沈む。
「虚無い」
不満タラタラで、驚くほどに気だるく。後虎は殺戮を続けた。残る【敵】は二人。もはや戦うことも逃げることもできずに惨殺されるのみ。
そう、出口のない行き止まり。命の終わり。ここがお前らの袋小路だ。
…………暴力と爆発的な感情は双子のように寄り添っている。
故に管金は感慨なく【敵】の脚をもいだ己に恐怖し、モアは猟犬のように喜悦を解き放っていた。
後虎が過剰とも言える暴力の中で、露わにした感情は虚無だった。
嫌々ながら、面倒過ぎてどうしようもないというやる気のなさで、後虎は五人を殺戮せしめた。
「マジで、少しも可愛くねーし……」
虚無を吐きながらも後虎が嫌々一瞥したそれは、その【武器】は。
それは後虎にとって忌々しいものであり、未来の象徴である。
後虎の未来、つまり、後虎の地獄。
袋小路に居るのは、後虎自身であった。
後虎はノロノロと歩き出した。行かなければ、対岸へ渡れる場所を探さなくては。
しかしその足取りは重く、呪いの軟泥から抜け出せない。
引きずられるべきべきに曲がった刀は、まるでへし折れた後虎自身の心の形を示しているかのようで……。




