A0209 目撃
「よく考えたらあの状況で生きてるとかラッキーじゃね? あんにゃろマジエゲツだったし」
落ちていた木の枝を杖代わりに、珍しく過去を振り返る後虎。しかし、生存の理由や、肩の状態が驚くほどに良いことには興味なし。
「やっぱ話相手いないのは困りもんだね。そこらに誰ぞ流れ着いてないん?」
基本的に、流れ着いているならばそれは死体である。
【義体】である後虎は溺死こそないかもしれないが、流木や石との衝突による負傷や危険生物による攻撃も有り得ていた。
後虎の特異さには、危険予知や想像力の欠如も挙げられる。余りにも刹那的。自分自身に対してすら無頓着。
そのくせ、【ドラゴン】を殺して【望み】を叶えることに関しては意欲的である利己性が、後虎に奇妙なバランスを与えていた。
「まあなんつーかアレだね。【ドラゴン】探すなら下だけど、先にもっぴょんかな」
完全に無意識ながら、後虎は計算をしていた。
【牛頭】の強さから考えても、自分が単身で【ドラゴン】に勝つのは不可能だ。
一対一でやり合ったなら勝てる可能性もあるだろう。しかし、ザコ【敵】が厄介だ。
モアや堀、蒔絵や翔斗のような前衛と、朱里みたいな斥候、自分は試合と同じ、敵を掻き回して視線を集めるアタッカー。
派手に動いて本命を通す、やれちゃうなら自分で突破する。
後虎は二年生ながらラクロス部のレギュラーであり、エースだった。
卓越したクロス捌きと、俊足、機転、勝利への執念、何よりも華があり、敵からも味方からも注目される選手だ。
その後虎が活躍するには戦力が必須だ。仲間との連携こそが、後虎にとって最強の武器なのだから。
肩の痛みに顔をしかめながら、後虎は川沿いを上流に向かった。
時々川に何か流れていないか確認し、森の側に食べ物がないのか物色し、鳥に向って石を投げては左肩の激痛にのたうった。
当然遅々として進まぬ。だが後虎は焦らない。焦るような性格をしていない。
であるからこそ、複数の人間の気配を向こう岸で見つけた時には小躍りしながら駆け寄った。
…………後虎の、そして石見に幸運が味方をしていた。
川の流れが非常に早く、水音もうるさかったこと。
後虎が全身泥の黄色で、保護色のようになっていたこと。
そして、その場に居た誰よりも、後虎の感覚が鋭敏だったこと。
後虎はすぐに彼らの状況が剣呑であると気が付いた。
怯える女子高生、言い争いをする二人の男。
「割とガチめにヤバイ……?」
ついつい杖代わりの棒を回転させて、後虎はそれがクロスでないことに愕然とした。
左肩の痛みは我慢でなんとか出来る。しかし、クロスがなければ正確で精密な射撃なんて出来やしない。
後虎は可能な限り素早く、できるだけ音を立てないように動いた。
川は真っ直ぐではない。曲りくねり奇妙に蛇行している。つまり、ある程度距離を置けば視界から外れるのだ。
男たちが見えなくなると、後虎は肩の痛みを無視してがむしゃらに走った。
後虎の走り方は平地を走るためのもので、河原のような悪路には向いていない。にも関わらず驚異的な速度で後虎は疾走した。
10メートルの川幅を飛び越えるのは無理だろう。ならば、どこかに中洲はないものか、倒れやすい木は?
なんとか向こう岸に回ってあの女の子を助けなければならない。
後虎には後先も理由も要らぬ。
衝動的に助けなければならないと思った以上は、全力でなりふり構わず助けるのだ。
武器がほしい!
走りながら後虎は何よりもそう思っていた。クロスが必要だった。後虎の無骨で破壊的な、可愛さの欠片もないような【武器】ではなく、可愛さとヒロイン性と日常と勇気を平穏を兼ね揃えた、後虎のための武器が。
どれくらい走っただろうか。無我夢中で走った先に、後虎は別の人影を見つけた。
後虎は大きく息を吸った。見つけた相手が悪いやつだったらとか、そういう考えはどこにもない!
「ね! そっちの上流で女の子がからまれてる!! ガチめにヤバイ! 助けたげて!!」
向こう岸を歩いているのは、学生服の上を羽織り、パンツ丸だしの女と、中学生らしい少年だった。
「距離は!?」
「結構走った! 男が二人! 女の子が怖がってる!!」
川を挟んでいるせいで怒鳴り合いになる。女がドスの効いた声を張り上げる。
「任せろ!!」
「あーしも渡れたらすぐ行くから!!」
それだけ叫ぶと、後虎は再び脇目も振らず走りはじめた。
どこかに、どこかに渡れる場所は……!
「!!!」
森側から突然の怒声、後虎は考えるより早く飛び込み前転。河原での前転は全身をしたたかに打ち付ける危険なものだった。
しかし、飛来した石は極めて危険な大きさだった。
「うあああ!!?」
打ちどころが悪く負傷した左肩が痛む。それでも、石が当たるよりかはマシだった。
涙目で中腰になる。森の方から現れたのは、五人の痩せた男たち。
石斧や石を構え、木皮の面に砂時計型のマークを描いた連中。
【敵】だった。