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武器を取れ、ドラゴンを殺す  作者: 運果 尽ク乃
一日目 原初の夜明け前
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S0103 |笛吹(うすい)

「ぬんッ」


 殺到する敵を三人。

 麦穂を刈るよりあっけなく、すね膝ももを刈り取った。


「か、鎌!?」


 殺し奪う意志に応じて、管金(すがね)の手中に参じた【武器】は、大きな鎌であった。

 五尺一寸の柄の先に、一尺半の鋭い刃が伸びていた。すなわち155センチの取手と45センチの刃渡り。締めて2メートルのご清算。


 大方はマンガやアニメに登場する死神の鎌を想像してもらえばよい。しかしあれらは農具として発達した形だ、刃が使い手を向いているとか危なっかしくてたまらない。

 本来の大鎌は麦穂や草を刈る農具であり、農夫が動かずに大鎌に円運動をさせると、刃に穂が集まり切り落とされるという力学的に優れた道具だ。


 武器としての鎌はこれを戦場で槍歩兵に持たせたもので、敵兵のすねや足を切り払い、盾に防がれず攻撃できる。

 農具から発展した武器は多数あるが、中でもこの大鎌は見た目の威圧感以外に良いとこ無しの欠陥品でもある。


 鎌刃の他に先端がない限り、武器に扱える部位は鎌の内側だけだ。振り下ろして突き刺したいならばピッケル状の武器を使うし、切るには引く動作が不可欠。長さの割に射程が短い。

 その上戦列に並べた鎌兵たちは、同僚が邪魔で鎌を振りにくいと来たものだ。

 どう考えても他の槍状武器に劣ってしまう。日本では長い棒状の柄の先に、一尺程度の鎌刃が付いた鎌槍が発達したが、それ刃が小ぶりで小回しが利く、西洋ではバトルフックと呼ばれる武器に似た獲物であった。


 残念ながら大鎌はそこまでの洗練前に戦場から姿を消した。農具から武器になりきれない不遇を背負った、不完全な武器なのだ。

 さて、いま管金の手にある大鎌は正にその『不完全な武器』であった。

 切先部分こそ垂直ではなく斜めではあるが、逆に言うとその形は、突き刺し攻撃を完全に捨てていた。


 柄は半ばでゆるくS字に曲がり、石突きには玉が填められている。曲がった柄の少し先にはトンファーのようなハンドル。大鎌はここを持って支点とするのだ。

 見る者が見れば、このハンドル部分に眉をひそめたであろう。

 通常ハンドルは固定されているものだが、菅金の大鎌は違った。


 ハンドルは、一尺程度の金属筒から飛び出ていた。筒は柄と完全に別パーツで、柄の上部を滑らかにスライドする。

 これがいかなる機構で、どんな機能を持つかは、後々明らかになるだろう。


 さて、ハンドルのさらに上を見ると、鎌刃と柄の接合部は装飾もなくシンプル。鎌刃の根本付近は刀身が肉厚、しかも刃ではなくギザギザの鋸刃だ。

 これは一般的によく見られる工夫であり、先端側は薄刃で切れ味良く、根本の鋸刃は固い繊維質の草を切るのに使う。



 武器についてはこれくらいにして、再び戦場に目を向けよう。

 管金が大鎌のなぎ払いで、【敵】の三人を一度に無力化するとほぼ同時に、再び銀星が尾を引き流れた。


 ひとりが目から脳を貫かれて即死、返す一撃で別のひとりの腹がかっさばかれた。

 これで無傷の【敵】は居なくなった。


 菅金は無意識的に取り出した自分の【武器】を、不思議な気分で眺めた。

 どこか見覚えあるような、懐かしさすらある。だが、当然初めて握った。

 生まれて初めての殺戮行動に、何の感慨もなかった。【敵】の命に払う敬意も興味もない。

 そんな冷酷さに、管金自身が恐怖した。


「あ、ええと……」


 高そうなブレザーの青年剣士に、管金は上擦った声をかけた。

 美剣士は管金を一瞥し、仮面越しに鼻を折られて悶絶する【敵】と、すねの痛みに耐えながら立とうとする敵の喉をえぐりとどめを刺した。


「あっ」

「彼らは【ドラゴン】の下僕だ。何を躊躇う?」


 女性的な外見に似合った、少年的アルトボイス。しかし同時に、カミソリのように冷たい目。

 管金は背筋が泡立つような悪寒に襲われた。殺気だ。

 青年は明らかに、管金に敵意を抱いている。


「おれは管金。怪しいもんじゃない。

 その、ひとりは怖いじゃん? 頼れる仲間が欲しいんだよ」


 しどろもどろに同行を嘆願する管金。しかし、返答は刃であった。

 青年は無表情に剣を上げ、切先を管金の眉間に向ける。


「ううっ」

「それ以上近づくなよ。近づいたら殺す」


 青年が本気であることは、その目と剣先を見るに疑いようがない。

 鋭く、そして【敵】の血にまみれた先端は、管金の眉間と糸で繋がっているかのようにピッタリと付いてきた。

 管金は剣に吸い寄せられるような錯覚を起こし、頭を振ってめまいを振り切る。


「な、なんでさ!」

「【望み】は【ドラゴン】殺しの報酬だ。

 わ……オレが【望み】を叶える。馴れ合いはしない」


 管金は、管金自身も叶えたい望みがあった。そしてそれは、現実的な方法では解決不可能なものだ。

 だが、管金には彼が理解できなかった。【ドラゴン】。彼は【ラストイル】を信じ、【ドラゴン】を殺すつもりなのか?

 そもそも【ドラゴン】とはなんなのだ?


「協力とかできないの?」

「耳が悪いな。何度も言わせるな」

「……なら」


 管金は食い下がった。百人。自分や彼みたいなのが百人いて、せっかく百人もいるのに、助け合いのひとつもできないのか?

 それは単純な管金らしい優しい論理だ。


 だが現実的ではない。

 【奪い殺す】のが彼らの才能。【ドラゴン】というトロフィーが一つならば、早い者勝ちになる。


 ……一つならば?


 管金はある言葉を思い出した。【ラストイル】は何と言っていた?


「【ドラゴン】は七匹じゃないのかよ?」

「……」


 青年が押し黙る。彼は何かを言いかけて、やめた。

 管金は彼が何らかの情報を持っているのだと理解した。

 そしてそれは、【ラストイル】が許した【質問】か。


 ……ふと、今まで見逃していた事実に気付き、管金は目を剥いた。

 美剣士のブレザーは、右胸に赤いしみがある。

 返り血ではない。ささくれ立った生地の周囲に、こびりついているのだ。


「怪我してんじゃん!?」

「!?」


 屈辱か、あるいは別の感情か。切れ長の目が見開かれ、頬が朱に染まる。

 痛がる様子もなければ、動きに遅滞もない。


 出血の割に軽傷なのだろう。

 管金は話題を変えられてこれ幸いと考えた。沈黙より絶対良い。


「女子ならハンカチなんだろーけどさ」


 リュックからタオルを取り出して、管金は差し出しかねた。二者の距離は三メートル程度。近づくなと言われてるし、仕方なく管金はタオルを丸めて投げた。


「洗濯したてだからきれいだよ」

「……」


 剣を持たない左手で受け取り、美剣士は当惑の表情でタオルと管金を見比べた。

 そういう顔をすると、鋭さが抜けて幼くすら見える。


「あとさ、なんでおれを切らないんだ?」


 これは、結構気になっていた疑問だ。

 邪魔なライバルは切り捨ててしまえばいいのではないか。

 そうしないこいつは、案外とは悪い奴じゃないかもしれない。なんとなくだが、そう信じたい気持ちがあった。


「た……助けに来たんだろ?」

「へ?」


 青年は言いづらそうに目を泳がせた。

 対して管金は胸の奥から暖かいものが溢れて来るのを感じれた。

 その感情が顔に出ていたのか、青年がまなじりを吊り上げる。


「馬鹿が、耳だけじゃなく頭も悪いみたいだな!」


 急に恥ずかしくなったのか、鼻息荒く唾を飛ばす。

 管金は両手を振って後ろに下がった。切られてはたまらない。


「……クソっ」


 美剣士は嘆息し、剣を下ろして頭をかきむしった。

 だが、歩み寄る気配はない。彼は、彼の道を歩きたいのだ。


「わた……オレは笛吹(うすい)だ!」

「おれは管金、よろしく」


 近寄ろうとする管金の喉仏に、一瞬で上がった切先が突きつけられる。


「それはさっき聞いたしよろしくもしないッ」


 感情的に、噛みつかんばかりの笛吹。

 管金はそれまでの冷たい彼より今の方が好みだった。


「名乗ったのは礼儀だ。助力とタオルの借りは……お前が生きてたら返してやる」


 笛吹は剣を下げた。彼の手の中で、精緻な刃が光の粒子となり渦巻き消える。


「ありがとう、またな」

「……ああ」


 本当は管金は、もっと話したかった。

 しかし笛吹はそうでないようだし、最後まで同行は拒んでいた。

 管金は失望をまといながら、道無き山林へ姿を消す笛吹を見送った。


 きっとまた会える。そしたらなんとかなるだろうか?

 単純な管金の脳でも、一筋縄ではいかないことが予想できた。



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