S0209 救援
旋風巻いて肩突き破る!
手斧が空を切る音は、ひゅんひゅんと案外に可愛い。それは柄が回る音であり、凶悪な牙を隠す山猫の音である。
一瞬、三人の【略奪者】はその異音に反応出来なかった。
聞こえてはいたが、攻撃的な音に聞こえなかったのだ。
逆に、何もかもを諦めて目を閉じた石見にはよく聞こえた。それは希望の音だった。
どこかコミカルな風切り音に潜む黒鉄の牙は、しかし極めてシリアスであった。
これから石見を切り刻み、犯すつもりだった倉木。その左肩口に背中から突き立った手斧は、肉を裂き骨を二、三本押し割って、肩甲骨に止まった。
これで三つ! スリーストライクでバッターアウトだ!
「は?」
倉木が槍を取り落とし、同時に鶴来が彼を遮蔽にした。
光の粒子と同時に鮮血がまき散らされる。
「がああ!? うぐあああ!」
倉木の絶叫の隙間から、遠い声が届く。
その声に、石見は涙を流した。光が差したのだ。暗闇に。
夜が明けた。日が昇る。
「全員動くなよ、順番になぶり殺す」
小野と、やけに息の荒い管金がいる。
二人が生きていた。助けてくれた。石見は喜びのあまり痛みを忘れた。
「なんだよ君ら」
鶴来が、石見を踏みながら立ち上がった。右手に突き刺さったままの槍を引き抜く。
「ぐ……っ」
「いいから死ね」
彼我の距離は20メートル強。まだ遠い。あまりに遠い。
鶴来は推参者達を見、次に石見を見た。
「知り合いだね?」
それは断定であった。
石見は恐怖に身を縮めた。人質にされるかもしれない!
その間に、中間距離の土屋が石を拾いながら凄惨に笑う。発達した犬歯を剥き出しに、威圧。
「勘弁してくれよ、三回も『した』後でクタクタだ」
小野がトマトみたいに真っ赤になった。管金も太い眉を寄せ憤怒の形相。
安い挑発だ。
「だが、アンタが相手してくれんなら、もう少し頑張れそうだな」
「死ぃ……ッ」
小野の手斧投擲と同時に、土屋は身を屈めサイドスロー投石。
手斧は風を切り森に消えたが、石は小野に命中コース。
「ぐあっ」
庇う位置に入った管金が背中で受ける。骨が折れてもおかしくない威力だ。石見は狼狽した。
「畜生!」
毒づきながら小野が武器を再準備、管金が涙目で構える。
彼の手にも手斧。小野からの貸与品だ。
「来いよオラぁ!」
大気が歪むほどの声量で吼える土屋、その手に光が収束し、巨体に相応しい武器が形成される。
それは解体用のハンマーであった。柄の長さは1メートル。すっぽ抜け防止のため、石突き側が僅かに太い。
持ち手となる部分30センチには縄がきつく巻かれて滑り止めになっている。
肝心の先端は直径8センチ、長さ20センチの八角柱。
重量四キログラム半。明らかに人間に向ける道具ではない。建築物を破壊するための道具であった。
2メートルの巨漢が振り上げたハンマーを前に、手斧はいかにも頼りない。土屋は石見を【ドラゴン】殺しに誘ったが、彼の大槌ならば【ドラゴン】を殺せる。
そう思わせるに十分な偉容があった。
「当たるなよ姉ちゃん……死ぬぜ」
ハッタリではなく、あれを食らったら肉は弾けて骨は砕ける。頭や胴体に命中したら即死もありえる。
そして、そんな武器を躊躇無く振り回す。管金と小野は明らかに気圧されていた。
「行くかよウスノロ! 二対一で飛び道具だぞ!」
「そうかなぁ?」
小野の叫びに、石見を踏みながら鶴来が爽やかに笑う。
そして手にした槍を無造作に、石見の乳房に突き立てた。
「うっ」
「二対三だろ?」
紺のセーラー服が鮮血で黒く濡れる。
傷は深くない。完全に、切り刻むだけが、小野と管金の冷静さを奪うことだけが目的だ。
「ひぐっ」
次は左腕、発作的に声が出る。抵抗しなければ……石見は痛みで痺れる頭で必死に考えた。
鼻血で詰まって呼吸ができない。刺された胸と腕も、土屋に打たれた肋骨も、蹴られた足も。
何より貫かれた右手が熱い。体中のどこもかしこも、まともに動いてくれない。
石見は笑い出したい気分になった。こんなに怪我をしたのは生まれて初めてだ。
意識があるのがおかしいくらいだ。
遠くで、小野と管金の叫びが聞こえる。
これはただの挑発です。乗せられないで。
場のイニシアティブは完全に鶴来に握られている。
なんとかしなきゃ。そう考えても、手も足も出ない。
「あ……?」
ふと、石見は一つの可能性に思い至った。
うまくやれば、鶴来に一泡吹かせられるかもしれない。
鶴来は、石見の反応が急激に悪くなったのを見て、舌を打った。
仲間の悲鳴で平静さを失わない奴はいない。現に、鶴来が女子高生を刻んだ瞬間に、新手の二人は隙を作った。
土屋はあっという間に距離を詰め、学生服の女に前蹴りを入れた。
チビの方はハンマーで牽制している。
鶴来は土屋に敬意を抱いている。奴は最高の兵士だ。あの蹴りは下手な【武器】より恐ろしい。
いや、鉄板入りの安全靴だ。武器も同然だ。
「行け! こっちはあたしが殺る!」
だが案外と元気に、女が叫んだ。手斧一本で土屋に勝てるつもりだろうか?
土屋は、手加減はするが油断はしない。
距離を取った女の横面を、ハンマーの柄が張った。笑える。一瞬だったな。
「さて、僕の相手はと」
女子高生を踏みながら立ち上がろうとした鶴来は、彼女の右手が発光するのを見た。【武器】だと!?
鶴来は一瞬の判断で跳びよけた。次の瞬間、女子高生が左手で空を殴る。
その手には川原から拾った石。発光を囮に鶴来の脛を打とうとしたのか。
食らっていたらチビの接近を許していただろう。だが、そうはならなかった。
「あっぶな」
口笛を吹き、鶴来は身を屈めた。的外れの手斧を回避する。
女子高生は気を失ったようだ。それにしても狂犬みたいな女だこと。鶴来はとどめを刺そうと振りかぶる。
「石見さんから離れろ!!」
だが、チビは足場の悪い河原を異様な速度で駆けてくる。
鶴来は振り向き、槍を投げた。
チビは容易くそれを回避し、エンゲージ。ドッグファイトだ。
「チビだけに早いなァ!」
「黙れよ!」
鶴来は心から笑った。こいつはきっと僕の武器を槍だと思っている。
【バリア】の存在も知らない。一合で終わらせてやろう。攻撃は防ぎ、首を刎ねる。
素晴らしい思いつきに、鶴来は胸を高鳴らせた。
……この慢心が、敗因となる。
広がれ鶴翼、舞え利剣!
「ぬんっ」
麦穂を刈るよりあっけなく、白兵戦は決着した。
鶴来の抜き打ちは完全に反応された。管金は頷くように軽く頭を下げて剣撃を回避。
そして稲妻の速度で現れた大鎌も、鶴来の【バリア】に止められていた。
……柄を。
鎌刃は鶴来の左足に背後から切り込み、太ももを切り分け骨を削るに留まった。
「え?」
手斧を防ぎ、首を切り落とすイメージしか持たなかった鶴来は、剣に振り回される形でバランスを崩した。
反転した大鎌の石突きが脇腹をしたたかに打つ、完全に状況を見失ったその顔面を、管金の額が叩き潰した。
前歯と鼻血を撒き散らし、白目を剥いて昏倒。
「石見さん!」
管金は【武器】を消しながら少女に駆け寄った。
……もしも、鶴来が管金と小野が同じ【武器】を持っている事に注目していたら、違う結果になっていたかもしれない。
いや、戦場でもしもは無意味な想像か。




