S0205 【略奪者】
石見は、石見という少女は出会ったばかりの管金に対して、絶大なる好意と純粋な信頼を抱いていた。
これは異常な事態である。
石見は異性関係で深い傷を抱えている。それが現在の彼女の内向性と密接に関わっていた。
石見は異性全般を、父親に致るまで恐れていた。
彼女にとって男性は脅威でしかない。
しかし管金は、管金だけは別だった。石見自身気づいていないが、単純な誤解と思い込みの積み重ねが、管金を特別にしていた。
それは恋だろうか? 違う。むしろ逆である。
石見は管金を『弱く無害な庇護対象』だと見ていた。母性本能のままに動いていた。
それはいかなる原因によるか。
端的に言うと、完膚なきまでの誤解である。
石見は管金を中学生か、あるいは体の大きな小学生だと思っていた。
それは体の大きさと、正直で純朴な性格故だ。
二人の出会いは救出から始まり、さらにはその際、小野が管金を犬猫に例えた。
石見は持ち前の正義感を公使するに邪魔な恐怖を、管金を弱者と考えることで棚上げしたのだ。
そしてその棚上げは未だ有効であり、石見は管金を助けたいという純粋な気持ちを抱いている。
「お手伝いしましょうか……お嬢さん」
振り返った石見の視界には二人、スーツの男とつなぎの巨漢。
石見の肩を掴んだスーツの男は、163センチの石見よりも二周り近く大きい。管金の二割り増しくらい。180を越えている。そしてつなぎの男は更に大きい。2メートル近い大男だ。
石見の想像する人殺しの才能ある人間とは、彼らのように壮健で体が大きく、 冷酷な目と残忍に抵抗無い精神を有しているものだった。
少なくとも外見は完全に一致した。
なおその点でも、石見は管金を危険ではないと判断していた。
「面倒はやめようぜ、かったるい」
つなぎの巨漢があくびをかみ殺した。だが、二人の男の血走った目は石見の胸や腰の辺りを行き来している。そこには面倒も退屈もなさそうだ。
「土屋さんは黙って下さい。彼女は私が見つけたんです……安心してくださいお嬢さん。私はあなたに危害を加えたりしませんよ」
ことさらに自分を強調するしゃべり方。石見には威圧的で恐ろしく感じた。
「その彼は知り合いですか?」
石見はすかさず首を振った。早く放して欲しかった。だが、男の手は万力みたいにがっちり掴んで離さない。
「ほう、では運ぶのを手伝いましょう。しかし、何か持っているようには見えませんね」
決定的な誤解が生じていることに、男は気づいていなかった。
土屋と呼ばれた巨漢は、無表情で成り行きを見守る。
「『取り分』を奪うつもりはありません。そうだ、お腹は空いていませんか? きれいな水もありますよ?」
男の顔からは欲望が滲み出ていた。彼は石見を手伝い、援助する代わりに、合意の上での行為を求めている。
石見は震え上がった。小野であれば即座に怒りの鉄拳で鼻っ柱をへし折るところだろうが、石見はただただ怯えた。
そしてその怯えは、男の獣欲だけではなく、誤解に対しても向いていた。
「ち、ちがっ……う、うう……うめ……っ」
震える声でそこまでなんとか言ったが、男の訝しげな視線に言葉を失った。
「は?」
「ひっ……ひぅっ」
本人はまったくそんなつもりは無いのだろう。だが、石見には限度を越えた威圧に映った。
「待てや倉木」
つなぎの巨漢が、眉間に稲妻のごとき縦皺を寄せた。
彼の感情は、欲望ではなくなった。強いて言うなら興味。情欲ではなく別の意味での好奇心。
だがその表情だけで、石見は窒息寸前だ。
「つまりアンタは? 見ず知らずの男を引き揚げて、埋めるつもりだったのか?」
答えあぐねる石見、倉木と呼ばれたスーツの男が冷笑した。
そうすると、酷薄な印象の細面が、さらに冷酷さを増す。
「黙っていてくださいよ」
「てめえが黙れよ小僧」
牙みたいな犬歯を剥き出しにして、巨漢土屋が壮絶に笑った。明らかな威嚇だ。
対して血の気が引いた倉木のこめかみに青筋が浮く。スッと波が引くみたいに表情がなくなった。
危険な怒りだ。石見は吐き気がするほど怯えながら、だが同時に抜け目なく動いていた。
「おいっ」
倉木が土屋に向き直ろうとした瞬間である。
石見は死体から手を放し、スッとしゃがんだ。倉木は肩を掴んでいた手を透かされる。
小野ならここで蹴ったり叩いたりできるんだろうとか思いながら、バランスを崩す倉木から逃れ、川へ三歩。
上げも下ろしもできず、ずっと死体を支えていた両手が重い。
「待てよアンタ」
「土屋ァ、てめえが脅すから逃げちまったろうが!」
巨漢の制止は、だみ声で威圧的ではあったが、少なくとも敵意はなかった。
だが一変、それまでの丁寧ぶった仮面をかなぐり捨てた倉木に、石見は警戒強く身構える。
川岸には二人の【略奪者】。仲が悪いのが唯一の救いか。
石見は前屈し、両手は水中に保った。川の濁った水は、石見の【武器】から漏れるか細い光を隠してくれる。
昨晩は恨めしく思った光の弱さも、今ここに限れば頼もしい。
「やめとけやめとけ!」
土屋が苦笑して肩をすくめた。【武器】は出さない。いや、石見が【武器】を持っていると気づいていないだけだろうか。
「俺らはすでに何度も人間と戦ってる。体格も違う。しかも二対一だ」
違う。いや、違わないと言うべきか。
土屋は余裕綽々で、石見に降伏勧告を出したのだ。
【武器】を出したか? 出したとしても、今すぐなら見逃すぞ。そう言っているのだ。
「黙れや土屋ァ!」
だが、石見は血の気を失い震えるほどに怯えながら、土屋という大男に同情した。
倉木とかいうサラリーマンは、完全に激昂していた。何が彼をそこまで怒らせたのかは、石見には想像もできない。
「……っ」
しかし、その爆発的な怒りの発作は、石見には都合が良かった。
土屋の言葉は誤りだ。二対一ではない。少なくとも、倉木はそのつもりはなさそうだ。
「てめえがうるせえから、また無理矢理になっちまうだろうがァ!」
石見の考えは甘かった。倉木は土屋と事を構えるつもりはない。
そしてもう一点。
「うるせえのはてめえだクソガキ。キレ過ぎだろ……アンタ、死にたくなけりゃ服を脱ぎな。倉木は殺しに躊躇しねえぞ」
「……ふ、ふく……?」
身の毛もよだつ提案に、石見は震えながら涙を流した。




