A0205 血戦
「後虎!」「アトやん!!」
モアの振り下ろした両手剣は、凄まじい反射神経で振り返った【牛頭】の左腕に防がれた。
モアは口の中で悪態をついた。ばァ〜かばァ〜か! ざこアトラ! アンタなんて心配してないんだからねェ〜! ホントのホントなんだからァ〜!!
だから。いつものアホ面下げて。すぐに。早く!
クレイモアは【牛頭】の分厚い左腕を切開、骨まで削いで切り落とす。見た目以上の怪力で振り下ろされた一撃は、【牛頭】の兜代わりの牛の頭蓋骨をかち割り、頭部を致命的に切込んだ。
吹き出す鮮血、半分潰れた左目が飛び出す。クレイモアの切っ先は顎骨を削り頬に赤い筋を入れ、鎖骨に切り込んで止まった。
倒しきれない! モアはプライドを傷付けられながらのけぞった。【牛頭】が右手のアトルアトルを振り回す。
長さ30センチ程度の木の棒と書くと危険は少なそうだが、むくつけき大男の振り回す麺棒だと考えれば馬鹿にできない。
左頬を張られるモア、目の奥がチカチカする。口の中が切れた。しかし根性で踏みとどまる。堀が作ってくれたサンダルで良かった。ピンヒールだったら踏ん張れなかった。
「ウザァ〜、さっさと死んじゃえ、ざァ〜こ!!」
しかし、クレイモアを構え直すよりも【牛頭】が早い。打撃を受ける、モアは唇を噛み締めて苦痛の声を噛み殺した。
先程石槍の突き刺さった脇腹から血が吹き出す。だが、この程度の痛みがなんだ。
「モアちゃん!」
「調子、乗んなァ〜!」
その間に、堀達がその他の敵を倒していた。
口の中に溜まった血を吐き捨てる暇もない。手負いの【牛頭】の嵐のような乱打に、入り込む隙もない。
「後虎ちゃんは『彼』が!」
誰だって? いや、聞く必要はなかった。モアもそいつの存在は知っていた。
だが、名前も知らない。顔も分からない。
宍戸の所に居たオドオドしたガキだとは分かっていた。
不安はあるが、それより今は眼前の【牛頭】! 下がれば下がっただけ踏み込んでくる、距離を取らなくては。クレイモアを切り込める距離を。
【牛頭】が失われた左腕を振るう、目潰しだ。顔面に降りかかる熱い血しぶき。避けられない。視界を奪われたらおしまいだ!
モアは爆発しそうだった。モアのばか! ばかばかばァ〜か! アトラなんかに気を取られてるから!
しかし鮮血と、それに続くアトルアトルの打擲は空中で阻まれていた。
ドブネズミ色の広い背中、右手にはトゲ付きの鉄棍棒。堀だ。【バリア】でモアを守り抜く。
「アッハ! オジサンしゃがんでェ〜!!」
慌てて首をすくめて体勢を低くする堀。モアはその背中を踏んで跳躍。脇腹から吹き出る血、激痛。だから、それがどうした!
この首をやろう。ただし、まえらき刃に耐えたのならば。
剣呑極まる断頭の刃。今度は見事に【牛頭】の素っ首叩き落とした。
「アッハ……地の利もあって数も勝って負けてやんの、なっさけなァ〜い……」
唇の端から血の糸を垂らしながらモアは【牛頭】を面罵。しかしいつもの勢いはない。
「呉井さん、怪我が!」
「はァ〜? 内蔵イってるゥ〜?」
実際、この傷はヤバイとモア自身わかっていた。堀の言う通り、相手の武器が鉄だったらあの時点で倒れていたかもしれない。
集中力が切れたのか、急激に視界が暗くなる。それでもモアは倒れない。倒れるのはプライドが許さない。
「アトやんは……?」
「それが―――」
堀の答えを、モアは最後まで聞いていなかった。器用にも立ったままで意識を失う。
「堀さん、呉井さんを安全な場所へ」
「しかし」
朱里の言葉に、堀は視線を坂下に向けた。
【敵】の、ザコだけとは言え増援を、蒔絵が撫で斬りにしていた。この場は【敵】にとって重要な場所だ。
少なくとももう一人、【幹部級】の敵が近くにいる。それがいつ戻るかも分からない。
「可能な限り早く、この場を台無しにしておくさ。爆薬が【武器】の奴がいれば助かったんだがね」
「違いありませんね」
冗談に笑うも、ここで堀も抜けたら戦力は半減だ。
「堀さん! ダメだ! 後虎さんは流されました!」
駆けて来る翔斗、川べりで悄然とする『彼』の手には、びしょ濡れの鞄。後虎のものだ。
堀は腕の中のモアと『彼』を見比べた。どちらも危機、どちらも見捨てられない。
「君! 後虎さんを頼みます! 俺は呉井さんの応急処置をしたらすぐに追いかけますから!
近くにまだ【敵】が居るはずです。十分に気を付けて!」
頷く『彼』。堀は一瞬だけ躊躇うも、地面にモアを横たえた。
そして厳しい目付きの朱里を、懇願するように見上げた。
「バニースーツの脱がし方って分かりますか?」
「私に聞かれても困る」
とりあえず二人して試行錯誤して、なんとか傷を確認し、汚れを洗い流した後に堀の持っていた清潔な布で縛り付けた。




