A0204 【牛頭】
「では、作戦通りに」
朱里、翔斗、蒔絵。その他三人の前回の敗因は明白だった。
敵を侮っていた。味方同士の連携も作戦もなかった。この二点に尽きる。
彼らを引っ張って居た人物は鼻持ちならない男で「お前らには説明しても分かるまい」と【敵】の目的すら話さなかった。
そして、最初に死んだ。
他の前衛二人は、片方が突撃し、もう片方は敵前逃亡を図った。
背中を向けた者から撃ち抜かれ、残った一人は翔斗に蒔絵を守るように言い残して殿を買って出た。
一方的な敗北。手も足も出なかった。
「槍の準備は短く見積もって三秒から五秒。敵陣は小高い丘の上にあり、四方は斜面、川、炭窯、登り坂」
向かって右、炭窯側は見通しが良すぎる。奥の斜面を駆け下りることは可能だろうが、見つかったら蜂の巣改めハリネズミだ。
登り坂も30メートル近くある。向かって左の川はあまり幅が広くないものの、渡るのは危険を伴う。
「私が斜面から敵の注意を引く、【敵】が槍を投げたら坂を駆け上がってくれ」
つまり、挟み打ちの形だ。【敵】の意表を突くことが出来れば二射目の準備をさせずに接敵できる。
敵がどれほどに怪力で、アトルアトルでの射撃が脅威であったとしても、白兵戦の距離ならば負けない。
それはある種の楽観であった。
「突撃の先頭は俺です。俺の武器は棍棒なので、柵を壊すのに向いています」
作戦はこれで決まり。大回りに斜面側に向かう朱里の襲撃が開始の合図。
斜面上に立った朱里は、思いっきり口笛を吹いた。
眼下の【敵】たち、槍を片手にロボットみたいに立ち尽くしていた連中が、一度に朱里を見る。
「うおおおおおああぁぁおお!!」
雄叫び、この作戦における最初の問題点。朱里は、そして恐らく堀とモアは気付いていた。
この段階での朱里が危険すぎる。
斜面を駆け下りるより早く、最初の槍が飛んできた。
無音無風。影が走り石槍とすれ違う。
「ぐあぁぁあ!?」
朱里には、飛来する槍がスローモーションで見えていた。紙一重で回避しながら反撃の棒手裏剣。
しかし、武器の火力と射程距離が違いすぎる。【敵】の肩に突き刺さった棒手裏剣は、多少動きを阻害する以上のダメージはない。
続いて二本。危なげなく回避。
だが次の瞬間、朱里の首筋に死神の吐息が吹きかけられる。
【幹部級】の槍が放たれる。
その出で立ちは、他の【敵】とは余りに違っていた。
牛の頭蓋骨を兜のようにかむり、鍛え抜かれた上半身には無数の入れ墨。【牛頭】とでも呼ぶべきか。
その胸で黄金色に輝くのは、両側に三本ずつ足の伸びた砂時計型の図案。ザコ【敵】が同様のマークを木の皮で作った仮面に書いていることから、彼らの、あるいは【ドラゴン】のマークであると思われる。
「ぶるぁ!!」
【牛頭】は身長が頭一つ抜けている。筋肉のつき方も異常だ。飛んでくる槍も専用のものであり、朱里はその穂先が叩いても居ないような石の塊であることに気が付いた。
あれが、『砲弾』の秘密だ。超人的な膂力とアトルアトルによる補助から放たれる質量攻撃。
あれが当たったら死ぬ。
朱里は死の実感に背筋を凍らせながらも、冷静にその弾道を見極めた。のしかかるような死神の圧力。
しかし、槍は重すぎたのか朱里には当たらない。同時に飛んできた一本を避けて、反撃を打ちながら朱里は安堵した。
その油断が、命取りになる。
【牛頭】の狙いは最初から朱里ではなくその足元にあった。
1リットルペットボトル、あるいは人間の肘から先みたいなサイズの石の塊。それが足元の地面に炸裂した際の衝撃は、朱里の想像を越えていた。
前に転倒すれば斜面を転がり落ちてなぶり殺し。いや、ここでバランスを崩した時点で致命的。
「ちょま! リアルにヤバない!?」
残りの槍を構えた【敵】は五人。そのうちの一人の頭部に拳大の石が直撃。血を迸らせながら倒れた。
「うおお!?」「わああ!」「があ!」
突然の側面攻撃にパニックを起こす【敵】。それを【牛頭】が一喝。
「危険だぞ!!」
「ガチめにヤバイのはそっちっしょ!!」
前傾姿勢で川沿いを走る後虎、一瞥もせずにクロスを伸ばし、手の延長のように手頃な石を拾う。
坂の下からは一歩遅れて他の四人が突撃開始、朱里の危機を察知した後虎が、一人突出した形。
【敵】の二人が朱里に槍を投げる。たたらを踏みつつ身をひねる。切っ先がかすめてトレーニングウェアが裂けた。胸に軽い痛み。今回ばかりはこの忌々しき絶壁に感謝だ。
後虎の作ってくれた時間が朱里の生命を救った。
では、その後虎は?
「あ、ヤバイ! 死んじゃった!?」
「ぐおが!!」
ジグザクに走りながら槍を回避し、反撃の石が【敵】の仮面ごと顔面を粉砕していた。
怒声を上げる【牛頭】、槍を準備し直した最初の一人が誰を狙うかで困惑する。
「こっちだ!」
「あーしでしょ!」
考えることは同じ、後虎の石と朱里の棒手裏剣が、同時に【牛頭】を狙う。腕の一振りでどちらも防ぎ、【牛頭】は悪鬼のように唸りながら自分用の槍を拾う。
「やらせるか!」
「アッハ! 死んじゃえェ〜!」
【バリア】を発動しながら突っ込む堀。簡素な柵を手荒く粉砕し、飛んできた槍を一人で受け止める。
その脇から飛び出すモア、太陽のような輝き。狙うは【牛頭】の首一つ。
無謀な突撃、横から突き出された石槍がモアの無防備な脇腹に刺さる。だが、意に介さない。
呉井モアは狂人だ! 血に飢えて死ぬまで戦う!
さあ、この首をやろう。ただし、まえらき刃に耐えたのならば。
振り下ろされる断頭の刃。しかし一歩遅い。一歩足りない。
クレイモアが振り下ろされる直前に、【牛頭】は槍を射出していた。
モアにではない。彼にとって最も厄介で邪魔な相手に。
「あっ!?」
恐るべき予測射撃。槍は後虎の回避行動を読んでいたかのように飛び、その左肩を撃ち抜いた。
直撃ではない。直撃したなら即死していた。
後虎はそれでも衝撃で失神。キリモミしながら吹き飛んで、水柱を上げて川に落ちた。




