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武器を取れ、ドラゴンを殺す  作者: 運果 尽ク乃
一日目 原初の夜明け前

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S0102 遭遇戦

 管金(すがね)。下の名前は好きではないので、家族にも呼ばせない。

 十五歳の高校一年生。所属する部活や組織はなし。帰宅部である。


 裏表ない単純な性格から友人も多いが、外見とネズミのような臆病さから侮られることも多い。

 何しろ管金、身の丈五尺未満と女子より小柄で、そのくせ顔や体の造りが極めて大きい。


 靴のサイズは特注で、手は野球のグローブのよう。刈り込んだ頭は大きすぎてヘルメットに入らないし、ギョロ付く目玉は飛び出て見えるほどだ。

 眉毛は太く、鼻はいなり寿司のように丸く大きい。口も巨大で、ぐわと開ければ蛙のようだと揶揄された。

 実際発達した肩幅と猪首が、管金の体を直立した亀か蛙のように見せることがある。


 しかし臆病で平和主義、単純で明快な菅金は暴力とは無縁であり、友人達は彼を達磨やらマシュマロやらと呼び親しんでいた。

 管金自身、自分の体格が人と違うのは自覚していたが、単純さ故にあまり深く考えて来なかった。



 昨晩までは。



 雄叫びの渦を耳にした管金は、即座に手頃な木に駆け寄った。彼の80キロを支えられる枝に狙いを付けて三角跳び。左手一本で枝にぶら下がり片腕懸垂、右手で次の枝を掴んだ。

 野山で駆け回り育った管金には、出来て当たり前の動き。そこに潜む常人離れした膂力を、管金本人は気付きもしない。

 あっという間に樹上に躍り出た菅金は、雄叫びの方向に目を向ける。彼には二つの予感があった。


 一つ目は、今の声の先に【敵】が存在するだろうこと。二つ目は……管金同様の【百の魂】とやら。

 樹上に登ると二つのことが明らかになった。


 まず、ここは山の中腹で、見渡す範囲に人里がないこと。

 そして見上げた山の形に覚えがない。ここは完全に管金の知る土地ではないこと。

 管金は胸に去来したすきま風のような失望に打たれたが、すぐに忘れた。


 第一目標は『合流』にするべきだ。単独行動は怖くて寂しい。誰か賢い人に着いていきたい。

 管金は棚上げした【ラストイル】の現実非現実問題を、楽観的方向で修正した。

助け合える誰かがいるならなんでも良かった。

 足場を確認しながら地に降り立ち、即座に雄叫びめがけて走った。

 危険とか、そういったことは一切頭に浮かばなかった。



 舗装されておらず、獣道すらない茂みを通るのは難しい。

 しかし管金は樹上からあたりをつけて、比較的藪の少ないルートを選択した。


 手近な岩に飛び乗り、藪を越えて枝に捕まり(ましら)の如く颯爽と進む。

 20メートルも行かぬうちに、目的の場に到達した。


 少し開けた場所があり、そこに十人近い人間が集まっている。ひとりの青年を取り囲むように、残り全員が武器を振り上げ振り回し、威嚇していた。


「えっ……なっ!?」


 その異様な光景に管金は言葉を無くした。絶句も納得の有り様であった。

 まず、囲まれた青年は【お仲間】だ。


 校章の刺繍の入った高級そうなグレーのブレザーに、糊の利いたシャツ。緩く巻いたネクタイは洒落たストライプ。

 細身の真剣を片手に、油断無く周囲を睨んでいる。


 剃刀を思わせる切れ長の目は鋭いが、高い鼻と抜けるように白い肌、情熱的に赤い唇、なぜか水の滴る黒髪と、どこか女性的な魅力すらある美青年だ。

 だが菅金を戸惑わせたのは彼ではない。

 美剣士を二重三重に囲う【敵】が、管金の大きな口を塞がらなくしていた。


 【敵】は揃って同じ姿だった。身長や体型、年齢、武器に個体差はあるが、菅金には見分けが付かなかった。

 まず彼らは一様に痩せていた。日焼けして泥と草汁でまだらに汚れた四肢や腹は露出しているが、すべて不健康に細い。

 骨ばって肋骨も背骨も浮く姿は、満足な食事を長期に渡って摂っていないことを伺わせた。


 手にした武器は、そこらの長い枝に穴を開け、尖った石を通して固定した簡素なもので、身にまとう衣類は腰に巻く汚れた毛皮のみ。

 管金は彼らを見て、映画か何かで見た『原始人』を思い出した。


 だがしかし、管金を絶句せしめたのは、彼らの時代錯誤でも欠食した肉体でもない。

 その顔であった。


 【敵】は全員が全員、木の皮を剥いで作った面をかぶっていた。

 造りは粗雑。乱雑に剥いだ木皮に目の穴を開け、蔓で頭に縛り付けだけのものだ。


 大きさはまちまちだし、黄土色の塗料で描かれた模様は幼稚さばかりが目に付く。だがそれが一層に不気味で異様に見えるのだ。

 模様は稚拙なので何を描いているかは分からない。虫か何かには見える。


 くびれ部分の長い砂時計の、件のくびれから両側に三本ずつ、計六本の直線が延びる。

 虫、異形の蟻のように見えた。

 だが同時に管金には、それが【ドラゴン】であると確信できた。



 さて、管金が乱入し長々と絶句していたが、実際には一瞬の戸惑いであった。

 しかし、驚愕のさざ波は【敵】にも広がっていた。雄叫びをあげ騒いでいたため、管金の接近に気付いていなかったのだ。


 美剣士は幸運にも管金と正面から鉢合った。彼は【敵】が驚愕した瞬間に、素早く、雷のように動いた。



「ふッ」



 銀星が尾引き流れる!

 振り向き様の一撃が、【敵】の無防備な胸板を穿つ。そして流れるような動作で隣の【敵】の喉首を裂き、さらに背後の仮面を柄頭で粉砕。


 手にした石斧を振り下ろし、果敢な反撃を繰り出す次の【敵】。

 青年剣士は冷たく機械の精密さで、そのすねを刺し貫いて前へ、前へ。


 そしてここで皮肉な笑みを持って振り返る美剣士。管金はすっかりと感服した。

 しかし同時に慄きと震えを隠せない。

 彼の華麗とも言える剣風に感服するべきか、その容赦ない殺戮に驚くべきか、

 あるいは一瞬で包囲を突破して逆に挟み撃ちの形に持ち込んだ手腕に震えるべきか。

 何にせよ、敵の二人は無力化、二人を負傷させた技の切れは目を見張るほど。


 だが待て、管金は大変な窮地に陥ったことに気が付いた。

 現在、例の剣士と管金は、敵を挟み撃ちの形になっている。


 けれども管金は徒手空拳。何より彼は暴力を好まぬ平和主義者だ。初めて見た殺し合いの場面に……恐怖は……微塵もなかった。

 管金が恐れたのは、【敵】でも殺戮剣でも迸る血でもない。

 ただひたすらに、自分自身に怯えていた。


 【敵】との戦いに際して、一切の抵抗がない。それどころかメラメラと、燃え立つものが込み上げる。

 管金はそれを必死に抑え込もうとし、だがすぐに、抑える必要の有無に行き詰まった。



 【武器】を取れ。【ドラゴン】を殺せ。



 報酬は【願い】。



 そして管金には、叶えたい願いがあった。


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