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武器を取れ、ドラゴンを殺す  作者: 運果 尽ク乃
一日目 原初の夜明け前

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S0101 管金


 管金(すがね)が目を覚ました時、太陽はすでにかなり高い位置にあった。

 管金は憂鬱な気持ちで再び目を閉じ、二度寝する決意をした。昨晩は一睡もできなかったのだ。今日はもう学校を半日サボった。このまま一日サボったとしても大差あるまい。


 なにしろ無遅刻無欠席の皆勤賞は朝の時点で失われている。

 学校で待つ苦痛を考えれば、皆勤賞など諦めがつく。


「うあぁ……皆勤賞か…………」


 小学生の頃から体が丈夫で、運良く大怪我も大病もない管金は、数えて九年以上の無遅刻無欠席を重ねていた。

 現在の管金はこっぴどい傷心に胸を痛めている。故に生まれて初めて学校をサボり、野原で昼寝を決め込んでいたのだ。


「皆勤賞……」


 何でも無い振りで呟きながら、管金はポケットからスマートフォンを引っ張り出した。

 目は二度寝をするために閉じたまま。ただ、皆勤賞への未練はあまりに強い。

けれど生来の臆病さが、管金の目を開かせない。


 顔に当たる陽光の向きと暑さで、もう十一時過ぎであるのは確信していた。

 しかし諦めきれない管金は、その女々しさが露見しないようにゆっくりと薄目を開けた。


「あっ!」


 急激な速さで飛び上がる。スマートフォンに表示された現在時刻は08:07。

 走る必要もない。そも、熟睡していたつもりだが、五分も寝ていなかったことになる。



 だが。



 ここでようやく管金は目を開き、自分の置かれた状況を認識した。

 学校へ行く途中の道を逸れ、山中の原っぱにいたはずだった。

 勝手知ったる秘密の遊び場は、目を閉じていても歩けるほどに馴染んでいた。

 木の生え方や、地面のへこみや出っ張りまで分かる。春夏秋冬の匂いの違いも記憶していた。


 ……だが、この鼻を突く青臭さはなんだ?

 泥を煮詰めたような土の匂いは。


 周囲を見回しながら、管金は全身から血の気が引く音を聞いた。

 見知らぬ密林の中に、彼は寝転んでいた。


 …………日常において、自分の近くにある樹木に興味を向ける者はどの程度存在するだろうか。

 それも街路樹や公園に植えられたものではない。野生の樹木にだ。


 ああ。美しい花や果実の取れる木、あるいはドングリや松ぼっくりなどの子どもの喜ぶ木は別だ。

 そして椿には茶毒蛾、桜には毛虫がいるからと特定の木に注意している場合もあろう。

 風景も同然の、野生の樹木の種類など。


「……見ない木だな」


 だが管金は小さい頃から野山を駆け回って来た。木の皮や枝振りを見て木登りに向いているかを判断できる。

 木の名前は知らなくても、種類なら見分けがついた。


 であるというのに関わらず、周囲の木はどれも知らぬ。

 未知が、管金に予感を帯びた戦慄をもたらした。


 生来の臆病が顔に表れ、顔面は蒼白。膝は震え、ギョロ付く目は落ち着き無く泳ぎ回る。



「嘘だろ、ゆ、夢?」



 なぜ、いつの間に知らない場所に?

 思い当たる節はない。一切ない。

 しかし管金は、自分の口にした言葉から、荒唐無稽な可能性を見出した。


「ら、【ラストイル】……?」


 管金は赤銅色の肌をした左右非対称の少女の夢を思い出した。

 彼女の言葉はチンプンカンプンだった。管金の単純な脳の積載量を超えていた。


「【ドラゴン】を殺す……【武器】?」


 【ラストイル】は言った。【武器】を取れ、【ドラゴン】を殺せと。

 管金が理解に苦しむのは、その前に言っていたことだ。


 【ラストイル】は管金に殺しの才能を見たようであったが、管金は生来の臆病者だ。

 人はもちろん動物も、最近は虫も殺すのを躊躇うほどだ。


 そんな管金に殺しの才能?

 何かの間違いなんじゃなかろうか。


「そうだよ、間違いだ。そしてこれは悪い夢さ」


 むせ返るほどの植物と土の匂いも、聞いたことのない鳥の鳴き声も、枝葉がぶつかり合う風の音も、全て夢。

 そう言い聞かせるには、何もかもが現実感が有りすぎた。

 現実味がないのはその前の夢。【ラストイル】と【ドラゴン】の話ばかり。


「……」


 大きな口をへの字にひん曲げ、管金は周辺一帯を睨みつけた。

 夢とは信じがたい。だが、それ以上に【ドラゴン】と【武器】も理解を越える。


 管金は持ち前の単純さから事態を判断した。

 全部夢なら気楽なものだ。この場が現実なら家に帰らねばならない。【ラストイル】まで現実なら?

 それはその時になってから考えよう。

 そう。単純さは時には明確な武器になる。管金は状況を一つに絞り、他を考えるのをやめた。


 管金は立ち上がり、尻と背中の埃を払った。枕に使っていたリュックを背負う。

 中には大きな弁当と少量の菓子。水筒一杯の麦茶。タオルが二枚。

 教科書や筆記用具の類は持ち歩かない性質だ。進学の意志もない。

 ポケットには高校入学時に買ってもらったばかりのスマートフォン。あれから五分経っていた。時計は正常。山の中だからいつも通り電波はない。


 しかし次の瞬間、波のような震えが、足先から脳天まで突き抜けた。管金はその正体を知っている。



 恐怖!!



 我が身に何が起きたのか分からぬ。ここがどこなのか分からぬ。この先どうすれば良いか分からぬ。

 未知の波状攻撃を、しかし管金は容易く見切る。


「ふ、ふへへへ」


 笑っていた。彼の単純さは恐怖や苦悩を撃退する術を知っていた。

 笑え。動け。頭を動かし、体を使っている間は、他を忘れられる。


 管金は詰め襟のボタンを留め、踏んづけていたスニーカーのかかとを正した。

 まずは木に登ろう。周りを見よう。そう決意した時であった。


「「「ううううわあああおお!!!」」」


 雄叫びが。今まで聞いたことのないような、腹の底からの殺意の叫びが。

 僅かに離れた木々の向こうで湧き上がったのである!



始めたばかりなので、明日は投稿いたします。

土曜休みは来週からになります。

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