A0108 聖水を散布しちゃうぞ!
「じゃあ、俺の【武器】と質問内容と、あの場で話さなかった情報を。山を降りながら話します」
「りょ」
「その前にモアさん、木登り頼めます? 長くて太めの枝を切り落として頂きたい」
「はァ〜? マジ面倒なんですけどォ〜」
「俺のナイフじゃ刃が立ちません。モアさんにしか頼めないんです」
「ウッザ、キッモ、下の名前で呼ばないでくれるゥ〜?」
堀が作った簡易的な杖を片手に、三人は下山に向かった。
話をするのは主に後虎と堀、モアは声をかけられた場合にのみ相槌を打つ。
宍戸たちの居た岩石地帯は頂上近くでで、山のほとんどは気に覆われている。
認めるのは癪だが、堀のサバイバル知識と道具は有用だった。少なくとも下山するまで使い倒してやろうとモアは考えていた。
「俺の【武器】はホーリーウォータースプリンクラーです」
「パードゥン?」
「ホーリーウォータースプリンクラー。聖水散布器。中世ジョークです」
堀の右手が輝き、長さ2フィート半の棒が呼び出される。ゆっくりと、三秒以上かけて具現化したのは、鉄球付きの棒。
金属で補強された楕円の握り。極めてシンプルな柄が2フィート。その先端に直径6インチの金属の球が取り付けられていた。その球から、底辺0.5インチ、高さ1.2インチのトゲがウニのように伸びていた。
「エグさが段違い……」
「中世の聖職者は血を流すことを禁じられてまして、打撃武器で戦っていました」
「縛りプレイとか調子に乗り過ぎィ〜」
信仰の問題なので縛りプレイではない。
「日本の僧が肉食禁止でもウサギを鳥と称して食べたように、どこの国でもルールの抜け道を見つけようと躍起になるんです」
「鶏肉も肉じゃね?」
「ちょっとォ〜、ウサギって言う時見ないでよキモォ〜い」
昔は鳥肉は肉カウントされなかったのだ。
「このホーリーウォータースプリンクラーは、この突起が聖水を撒くのに向いているのでこのような形なのです。
使い方はご想像の通り。相手の頭を砕いて真っ赤な聖水を撒き散らします」
「リアルガチでエゲツ」
ホーリーウォータースプリンクラーはモーニングスター、あるいはメイスとも呼ばれる類の武器だ。
この手の打撃武器の特性として、重装甲の上から殴っても相手に衝撃を与えることができるというものがある。
鎧を着ない相手を撫で斬りにするのが主目的のクレイモアとは真逆の思想であった。
「そんなことよりィ〜、左手のことを教えなさいよォ〜」
「ああ、これですね」
モアの必殺の振り下ろしを止めた光の粒子。左腕を中心に展開されるそれ。
冗談めかした言い方だが、モアの視線は鋭く危険だ。
「【盾】でしょう。俺としては実態がある方が好みなんですが、重量がない上に発動が早いのが強みですね。【バリア】と呼び替えてもいいかもしれません」
「モアもできるのォ〜?」
「無理ですね。これは俺みたいなタンク用です」
眉をひそめるモア。タンクとはゲーム用語で、防御役を指す言葉である。
主に囮や盾になり、アタッカーを守るの役割だ。
「堀さん戦車なん? ジワる」
「ああ、ディフェンダーと言い換えた方が分かりやすいですかね。俺が【ラストイル】への質問で手にした一つ目の情報です。
呉井さんのようなアタッカー、盾を扱えるディフェンダー、射撃武器のシューター、特殊能力を持つサポーター。大まかに分けて四つです」
後虎の【武器】はともかく、武器はクロスだ。つまり後虎はシューターと扱われる。
「サポーターって、たとえばァ〜?」
「存在感と気配をなくすとか、簡易的なトラップを作るとかですね」
罠、そんな【武器】もあり得るのか。モアは内心舌を巻いた。モアの持つ情報は実際少ない。後虎と同程度に過ぎない。
後虎と出会うまでは、誰もがクレイモア級の大型武器を持つと思っていた程だ。だってそうだろう? 【ドラゴン】を殺すのだ。それに相応しい武器が必要になる。
「俺が聞いた質問は『火器の有無』です。【ドラゴン】が想像上の巨大なモンスターならば、ライフルやミサイルこそが必要になる。
対する【ラストイル】の答えは、『無い』でした」
まあそうだろうとモアも後虎も納得する。銃があるなら野蛮な白兵武器ではなく火力を用いた戦闘になるだろう。
「【ラストイル】曰く、『【ドラゴン】には【障壁】があり、それを突破するための【武器】だそうで。
恐らくその【障壁】は、この【盾】あるいは【バリア】と類似したものであると思われます。
【武器】を使えば貫通可能な【バリア】。それ以外の攻撃は基本的に通さない」
基本的に、モアは堀の言い方が気に障った。例外があるような言い方だ。
「さて、最後にもう一つの情報なんですが」
「お、まだなんかあんの? あーしもうアタマパンパンなんだけど」
「これで最後です。敵は【ドラゴン】だけではないかもしれません」
後虎もモアも、そして堀も。幸運なことにここまで敵対する存在とは遭遇して来なかった。
故に後虎たちの道中は気楽なものだ。七匹の【ドラゴン】を探し出して狩り立てる。それだけの道だと思っていた。
「【ドラゴン】は現地人を配下にしているそうです。もしかしたら…………」
又聞きの情報故に慎重に、堀は言葉を選んでこう言った。
「人間以外の存在も」




