A0604 予感
「バァ〜カバァ〜カ! だから言ったんじゃァ〜ん!!」
単純な落とし穴に嵌まった木場に、モアは毒づいた。川魚がいてくれれば、落ちる直前に捕まえられたのに。
いや、それ以前に罠の違和感に誰よりも早く気付ける川魚だ。いち早く罠を感知して止めてくれただろう。
「アトやん、左ィ〜」
「かしこま!」
穴に落ちた木場を狙う【敵】は三人。つまり、落ちただけでは死なないし、上から狙える程度の深さだ。
助けるよりも【敵】を倒した方が早い。【防具】を呼び出す。【武器】を掲げる。太陽のような光がモアの手の中に。
その数メートル後ろで、左手に持っていた槍を上に放る後虎。モア同様に、助けるよりも敵の排除を優先。
回転する槍の石突を、ラクロスのクロスで空中キャッチするという荒業。大道芸もかくや、雑技団も真っ青の曲芸射撃。
全身のバネにクロスも利用し、さらに走行による加速度も追加。
通常の槍投げではあり得ない速度で石槍が飛来、一番左の【敵】が、射撃に気付き避けようとするも間に合わず。
「ぎゃっ!?」
砲弾のような一撃が肩をかすめ、錐揉みしながら吹き飛ぶ【敵】。残る二人はおもちゃみたいに吹き飛んだ仲間に驚きながらも、それでも槍を穴に突き入れる。
ガツンガツンという金属音、鎧のおかげで木場を殺しきれないのだ。動きに焦りがある。
そこにモアが飛び込んで……行かない! 右の【敵】が地面にあった板を踏む。
見覚えのあるタイプの罠。踏んだ勢いで立ち上がる杭。飛び込んでいたら横っ腹に杭が刺さっていたタイミング。
「アッハ! ざァ〜こ! ざァ〜こ! 見え透いてんだよヘッタクソォ〜!」
嘲笑いながら横薙ぎの一撃、必殺である必要はない。穴を挟んで剣を振り回し、木場への追撃を防ぐ。
その間に、左側から飛来する石。そこらに小石がゴロゴロしている状況では、後虎に弾切れは存在しない。
「うおぉ!?」
少し離れた場所で悲鳴。染田の声。舌打ちしながら一瞥するモア、瞠目。
罠があるとは思っていたが、想像していたものとは違っていた。
柵沿いに積まれた干草の山を迂回して、側面攻撃を狙う染田と川魚。無意味に自信に溢れる染田はともかく、川魚は罠に警戒していた。
干草の途切れた地面の落とし穴を指摘したものの、他に目立った罠はない。
「っしゃァ! やるぜオラァッ!」
雄叫びを上げる染田、川魚は眉をひそめた。なにやらきな臭い。しかし、設置された罠の気配はない。
周囲は見晴らしがいい。うず高く積まれた干草の陰に【敵】の伏兵がいる訳でもない。見晴らしが良すぎて、鉤縄による緊急回避をする木がないことが不安なくらい……。
川魚は己の不安にもう少し真摯に向き合うべきであった。染田の近くを走るのでなく、少し距離を置くべきであった。
そうすれば、雪崩を起こして崩れてきた干草から染田を守ることもできただろう。
「なんだそりゃ!?」
干草の下敷きになる染田と川魚、だが川魚は警戒していたため、崩れてきた瞬間には跳んでいた。
きな臭い……いや、本当に臭い!
「ししししまった!」
燃え上がる干草、火に巻かれる染田。乾燥した干草はすごい勢いで燃え上がる。川魚は【防具】を呼び出しながら飛び出した。
鉢金付きの頭巾、顔面を目まで隠す|無貌(無貌)のマスク。であるが、呼吸にも視界にも問題なし。
鬼火のような青白いマフラー。光を反射しない黒装束。その手首と踵、つま先には鋭い鈎が生えている。
水を得た魚もかくやと空を舞う。
川魚は燃え上がる干草に石槍を突き立てる二人の【敵】めがけて鉤縄を射出した。
両方を引き寄せながら、足から飛び込む。つま先に生えた鈎爪が、容易く二人を餌食にする。
「げぇっ」「ぐあっ」
それぞれ仮面と胸をえぐりながら引き裂く、怯ませたものの致命傷ではない。すれちがい、即座に鉤縄を消してターン。【敵】と向かい合う。
面の下から血走った目が川魚を睨む、突き出される穂先。やれる。やるんだ。もう川魚は弱く臆病な、命令されるだけの存在ではない。
後虎の判断力で動く。向かって右、仮面が割れただけの【敵】は動きに遅滞がない。鉤縄を発射して牽制、連携をさせない。
顔を狙ってくる石槍を、モアの勇猛さでくぐり抜ける。紙一重、鉢金に火花が散る。槍の間合いの内側に。
笛吹の無慈悲さで進む。手首の横から生えた鈎爪、刃渡り五寸の三日月刃。脇下を走り抜けるながら脇腹を切り裂く。ヘソまで入った切込みから、鮮血と腸がまろび出る。
「あががあぁぁあ!?」
悲鳴をあげる【敵】まだ死んでいないが戦力外だ。堀の冷静さで状況を俯瞰。
モアたちは問題なし、染田は石槍が無ければ自力で逃げられるだろう。つまり、ここで二人を倒すべし。
足を狙った鉤縄で、無傷な【敵】の足を引っ張り転ばせる。尻もちをついた【敵】、槍を持つ手にトーキック。刃が手首を半ばまで切り込み、回転しての回し蹴りで顔面に鉤爪を突き立てた。
「…………よ、よし」
格闘戦で【敵】を倒すのは初めてだった。だが、思う以上に体が動いた。川魚は小さく息を吐く。
腹を掻っ捌いた【敵】にとどめを刺そうとした瞬間、離れた場所で乾いた音が鳴った。
少し間をおいてもう二度。さらに二度。
何の音かは分からなくても、川魚は不吉な予感に身震いした。




