A0107 堀
「俺は、可能ならば君たちとチームを汲みたいと思っています」
「女の子二人組と? キッモォ〜!」
スーツの男の左腕から放たれる光の粒子を蹴って距離を取るモア、クレイモアは消さない。肩に担ぐ構え。姿勢は低く、飛びかかる直前の肉食獣の如く。
「どうせ仲良くなるなら可愛い子がいいに決まってるじゃないですか!」
「うげェ〜、開き直っちゃって恥ずかしくないのォ〜?」
横薙ぎの一撃、頭を上げようとしたジャージ男が血相を変えて伏せる。その間にスーツの男はジャージに靴跡を付けながら退避。左手の粒子は消えている。
「無いですね! そもそもこんな危険な場所で女の子を襲おうとか考える方がおかしい! 脳味噌に精子詰まってるんじゃねーの?」
「はっなし分かるじゃァ〜ん?」
モアの身体にクレイモアは大きすぎる。一撃一撃が大振りで隙だらけだ。
しかし見に入ったハゲ頭はニヤニヤしながら動かない、スーツの男は反撃の素振りすら見せない。
そんな中、ジャージの男は違った。
スーツの男と追撃して背中を向けるモア、二人への憎悪の視線が燃え上がる。
「もっぴょん!」
「アッハ! カッコ悪く震えてれば良かったのにね!」
背中を見せたのは誘いだった。
振り返りざまの一撃が、ジャージ男の右腕に突き刺さる。何かを構えようと光った右手首と上腕がすっぱりと切り飛ばされて、刃は右胸の肋骨を切り裂いた。
「がっ、ぎゃあああ!!?」
「お、やったな」「やっちまったか」
「大丈夫、もっぴょん!?」
あと一歩、いや半歩踏み込んでいれば切っ先は心臓を両断していた。撒き散らされる鮮血に、愉悦の笑みを浮かべるモア。
ハゲとスーツは頭を掻いた。
「堀さんよ、その女はモノホンの狂犬だぜ?」
「【ドラゴン】を殺す気なんですから。これ位がちょうどいい」
窘めるも梨の礫で、ハゲ頭は肩をすくめた。
「あがあ!? う、腕が! 俺の腕!!」
「アッハ! ざこざこざァ〜こ! 不意打ちしても勝てなァ〜い!」
泣きながらのたうち回るジャージ男の腹を、モアが容赦なく蹴っ飛ばす。
駆け寄って来た後虎、一瞬明後日の方向に視線を投げる。
「おじさんたちはどーすんの?」
「さっきも言いましたが俺は可能ならば君たちとチームを組みたいと思っています。俺は役に立ちますよ」
「拙僧はごめんだな。それにまだ28だ」
「おじさんじゃん?」
「ええ……」
右腕切断の大怪我人など、眼中に無いかのような三人。モアはジャージ男の股間を蹴り上げると、満足げに合流した。
「何度でも言いますが、俺は可愛い子と仲良くしたいんです」
「わかりみ! もっぴょんとんでもなくカワイイよね!」
「いやいや、あなたも可愛いですよ」
「え、うっそ? まったまた!」
案外打ち解けている二人に、モアは不機嫌に近付いた。
「俺は堀山水。職業はコスプレイヤー。糊口をしのぐためにサラリーマンもしています。
ところでそのバニー服、どこのお店です? 首都圏なら行きたいですね」
「やだキモォ〜い」
「そう? 面白いじゃん!」
後虎が拒絶しないのならばモアに拒否権はない。モアは苛立ち紛れに後虎に手を差し出した。
何も言わずとも、そこには飴玉がすぐに置かれ、モアは怒りに任せて噛み砕いた。
堀は役に立つ男だった。
「職業コスプレって何すんの? プロ? グラビア的な?」
「いえ、お金を稼ぐのとは別に生き方の問題としてコスプレを楽しんでいます」
堀のビジネスバッグにはジッポライターや十徳ナイフ、銃刀法違反にならないギリギリのサバイバルナイフなどが入っていた。
「あ、それってマーロウ?」
「『プリンセスは職業じゃなく、生き方の問題なのよ』ですね」
「最高! 話分かるじゃ〜ん!」
『プリンセスのたまご マーロウ』はタイトルで分かる通り女児向けアニメだ。
異世界のプリンセス候補になった少女たちが、ライバルたちと競い合いながら真のプリンセスを目指すスポ根ものである。
その最終回。主人公マーロウは親友にしてライバルとの最終試験会場に向かう途中で大規模な事故に遭遇する。
このままでは試験に間に合わない。それでもマーロウは人命救助を優先するのだ。その時に彼女が口にしたのが、このアニメを代表することになる上記の台詞である。
全く話についていけないモアだが、煽りもせずに黙って聞いていた。
何故なら堀は使える男。
「あーし、ブルーレイボックス持ってるよ。マーロウはあーしの星だかんね。『カワイイは生き方の問題』だって」
「後虎さんは可愛いですよ。良かったら連絡先教えてもらえません?」
「|いいよいいよ(りょ、よき)! それと後虎でヨロ。さんは要らないよ」
「俺も呼び捨てでいいですよ」
堀はナイフで木皮を削っていた。恐ろしく器用な手先で、モアのためにサンダルを作ろうとしているのだ。
「どんなコスプレすんの? ツーピースとか?」
「アニメとかじゃなくて、なんて言うかな……ヴァイキングとか十字軍とかですね。
木や板金で鎧兜作って、中世の騎士とか兵士のコスプレをして、同好の士と殴り合ってます」
「なぐり……?」
全く想像もつかない文化に、後虎は瞬きした。モアを振り返るも頭を振られる。
「いい大人がチャンバラ遊びしてるってことォ〜?」
「大人なので、全力で遊んでますよ。俺は殴り合いよりも甲冑着て遊ぶ方が好きなんで、甲冑登山部に所属しています」
これが大人の余裕か。挑発をあっさりスルーされて、モアは不満顔。
「ってことは、痛いのが嫌な根性なしィ〜?」
「そうですね。勝ち負けにこだわるタイプですんで、殺してでも勝ちたくなっちゃうんですよ。遊びにならないでしょ?」
「ああ……チッ」
分かると言いかけて、モアは不機嫌に舌打ちした。
こんな奴とわかり合う気はさらさらない。
「出来ました」
「板だけじゃァ〜ん?」
「裏側に突起があるので、下駄みたいなもんです。足を失礼」
ネクタイを解きながら堀、一瞬身をこわばらせるモアと後虎。堀は気付いた様子もなく、ネクタイを結んで玉を作り、木皮を重ねた板に作った穴に通す。
木の皮を三枚重ね、インソール代わりにビジネスバッグの中敷きを敷いたサンダルだ。
「ちょうどいいベルトなどがないのでネクタイで固定します。予備ネクタイもあるので」
「なんで?」
「会社で泊まった時用です。運が良かった。今日はワイシャツと下着もありますよ」
モアは不意に、大きな問題に気が付いた。
「エロォ〜い、マジで変態じゃァ〜ん。足触る気でしょォ〜?」
「俺に任せれば簡単にほどけないように結べますけど?」
「…………か、嗅がないでよォ〜」
ロングブーツで半日以上歩いた足はひどく蒸れていた。
恥じらうモアを見て、後虎は無闇に嬉しそう。対して堀は憎たらしい程に何でもないという顔だった。
とは言え、何やらブツブツ唱える。
「こんな所で調子に乗っても、俺にいい事は一つもない。俺は紳士。無心たれ…………どうです?」
踵と足首にも巻き付けられたネクタイは、板と足を完全に固定していた。
モアは少し歩いて、走り、跳躍し、諦めたように帰ってきた。
「はいはい、理解からされましたァ〜。オジサンは便利で役立ちますゥ〜」




