S0601 人道的
原始の夜明けは早い。
不確かなで微かな炎、それだけが頼りだった時代。
人々は夜に怯え、暗闇に息を潜めて、暗黒の支配が一刻も早く終わることを願っていた。
現代ではあたり前のことが、当時の人々にとっては絶対ではない。
誰が想像できるだろうか。誰が理解できるだろうか。
地球、宇宙、太陽。
誰も知らない、考えもしない世界。
今日と同じ明日が、当たり前のように来るなんて。
誰にも言い切れない時代。
太陽が一度沈んだら、二度と昇らないかもしれない。
明日の太陽は、東以外の方角から昇るかもしれない。
故に、それ故に人々は太陽を現代以上に大切にした。
今か今かとその時が来ることを祈り過ごし、朝日が昇る奇跡を喜んだ。
故に、原始の夜明けは早く。
人々の営みもまた早くなる。
『洞窟』に【敵】が辿り着いたのは、夜が明けてすぐの事だった。
痩せた肉体を最低限の衣服と防具で覆い、簡素な武器を手にした五人の男。
毛皮の腰巻きと木皮のサンダル、腕当て、そして面。植物性と思われる塗料で描かれた【ドラゴン】、【ブラサルファ】のマーク。
砂時計のように向かい合う二つの三角形と、そのくびれ部分から左右に伸びる線が三本ずつ。
これは【ブラサルファ】を表す象形文字であった。
【ブラサルファ】の神聖数字は六。彼の脚の数でもある。
【ブラサルファ】は四本の大きな角を持つ金属の龍である。その全身は真鍮色に輝く昆虫に似ている。
クワガタの顎のように左右に張り出した二本の角、カブトムシのように上下二本の角。そしてサソリのように持ち上がった巨大な尾の先にはノコギリのようなハサミ。
【ブラサルファ】はアリやミツバチのような、絶対君主と無数の奉仕者による封建的社会主義システムを推奨する。
現代的な、人間の自由意志やら個人の尊重とは真逆のシステムであるが、原始時代から近世に最速で到達するには最適であると考えられた。
故に、【ブラサルファ】は兵の消耗を許容する。
「…………あっあ」
「いいぜ、一人も逃がすなよ」
【敵】の接近を予期したのは石見すずり。
前髪で顔を隠した三つ編みの女子高生。男性恐怖症で内気ながらも、ここまで戦いを続けてきた気丈な娘だ。
【武器】は石、【防具】はなし。ヘソ出しセーラー服スタイルは最後まで変わらず。
弱々しい見た目で、小声で話すのが苦手ながら、その精神は不屈の闘志を内在した炎そのもの。
その脇に立ち、手斧を弄ぶのは小野。
小動物系の地味で下膨れな顔立ちだが、全身の鍛え上げられた筋肉と、メートル超えの圧巻のIカップおっぱいが脳を灼く。
結局ボロ布のブラと色褪せたショーツという蛮族スタイルは変わらず。
口は悪いがお人好し、【巫】によって【ドラゴン】の焼印を押されても、その精神になんの翳りもなし。
【武器】は手斧、【防具】は近未来的な不思議材質の帯下着と、縦リブセーター。
「いや、逃がしていい。そして殺せなかったら無理に殺す必要もない。手傷を与えればそれで構わない」
小野の胸の位置から、幼いながらも落ち着いた声がした。長月瞳花である。
落ち着いた色のセーラー服の中学生、緑の黒髪の殺し屋少女。乗り越えた修羅場の数はこの場において三指に入る。
【武器】はトンファー、【防具】もまた同じセーラー服。戦闘よりも支援型の証……と見せかけて、ミリタリー仕様のジャケットとか目出し帽もセットだ。
「なんで?」
「兵力を削ぐためか?」
「ご明察だ」
尋ねたのは管金、答えたのは鶴来。
管金兼白。身長150センチに一寸足りない少年。臆病でお人好しながら、その大鎌は必殺である。
戦いの中で左目を失っているものの、刃の鋭さには一切の曇りなし。
学生服一式を、服のない女性陣に分け与えた結果、パンツ一枚の幸福な王子となっている。
が、さすがにそれはかわいそうなので、作って貰った毛皮のケープと腰巻き姿。誰に恥じることもない立派な原始人スタイルである。
【武器】は大鎌、【防具】は鬼面と隠密用のマント。奇襲に特化した幻惑の装備。
「ママの教育がいいんでね」
「頼むからそろそろやめてくれ」
長月をからかう鶴来広斗。帽子にジャケットの、雑誌から切り抜かれてきたモデルのような青年。
管金に二度の敗北を喫し、その対価として前歯と右足首を失っている。流石の【義体】というべきか、右足の傷は既に塞がり、木製の義足で高さの調整をしてなんとか立てるようになっていた。
性格は冷酷で残忍。その証左のように、『人道的な』ものの見方ができるようだった。
「なんでだ?」
「殺すだけなら一人分、怪我人には助けるためにもう一人分の戦力を削げる。即死をさせない『人道的な』地雷のやり方だ」
手足をもげば、敵を二人減らせる。嫌悪感に管金が顔をしかめた。
「殺しちゃうのがいい訳じゃないんだけど、うまく言えないけど……なんかすごくヤダ」
「バカは考えんな」
冷たく言い放ったのは小野である。
無駄なことを、特に命や倫理なんて考えては戦場で致命的になりうる。考えないことはある意味で必要な行為だ。
「命を数字にする事と、効率的に排除するとかいう考え方がムカつくんだろ? しかも人道的とか笑えねえ冗談だ」
「そうそれ!」
小野の言葉に長月が頭を掻いた。
人間の命を数で判断してしまう。悪い癖だ。職業病とも言える。
マトモな人間の前でやったらドン引きされるだろうことであり、そこに気付けてよかった。
同時に、小野と管金がマトモ過ぎて、長月は少しばかり心配になった。
「とにかく、相手が怪我人をどう扱うかを見たい。だが情報は極力与えたくない。
この場の五人で投石し、撃退する。斧は使わないでくれ」
「了解」「…………うん」「任せて」
これから長い戦いになるだろう。勝つためには、敵の多くを知り、逆にこちらの情報を隠す事が必要になる。
長月の考え方は正しいが、その予想は正しくなかった。




