A0106 襲撃者たち
「んじゃ、あざっした!」
岩山の焚き火、宍戸と彼に従う『帰還待ち』の男たち。
彼らに別れを告げて後虎とモアは下山を予定していた。
山頂には何もいなかった。僧衣のハゲ頭に言われて後虎は肩を落としたものの、立ち直りは早かった。気を取り直してレッツ下山。
ギャルとしての出で立ちは変わらないが、思いの外ハードな道のりであったため、カラコンと付けまつげは外していた。
髪はシュシュでポニーにまとめ、可愛さと動きやすさの妥協点としている。
真紅のバニースーツに特攻服姿のモアは、何が楽しいのかニヤニヤ笑い。
宍戸たちとは表面上は和やかに別れていた。しかし、モアは過度に彼らを挑発していた。
特にジャージ姿の中年はモアに激昂していた。モアを罵り、宍戸が止めなければどうなっていたことか。
「アトやん、モア靴がこれだからさァ〜」
「それって何かの技だったり?」
わざとゆっくり歩くモアに、後虎が首を傾げた。森からここまで、運動靴かつ健脚の後虎と変わらぬペースで歩いてきたモアが、今更ピンヒールブーツに文句を言う理由がない。
「デートのお誘いみたいなァ〜」
「それって誘われてる!?」
「アトやんじゃなくてェ〜、さっきのオジサンを、ちょォっとねェ〜」
「嘘でしょ? そういう趣味?」
すでに十分以上歩き、焚き火の場所からは遠く離れていた。振り返ってももう煙しか見えない。
しかし、背中に突き刺さる気配をモアは察知していた。粘っこく陰湿、暴力と性欲の視線。楽しくなってきた。
「見送りとか必要ないんですけどォ〜。黙って付いてくるとかマジキモォ〜い。
不意打ちしないと女の子も襲えないとかなっさけなァ〜い。よわよわのよわじゃァ〜ん」
興奮に目を輝かせるモア、尾行に気付いていなかった後虎は小首を傾げ、すぐにドン引いた。
「え? 誰か着いてきてんの嘘でしょ怖いキモ過ぎて引く!!」
「気付いていなかったのォ〜? アトやんだっさァ〜」
演技ではなく、心からの感情。身震いする後虎をモアは指さして笑う。
その間に、岩陰から姿を見せる三つの人影。少し離れた場所にもう一つ気配がある。結局宍戸以外は全員来たのか。モアは嘲笑した。
「ざァ〜こ、ざァ〜こ。ひとりじゃ何にもできなァ〜い、生きてて恥ずかしくないのォ〜?」
「このメスガキ! さっきから好き放題言いやがって!!」
肩を怒らせるジャージ男、その両側には僧衣のハゲと、宍戸との話し合いで一度も発言しなかったスーツの男。
問題はこの二人だ。モアは無警戒を装って彼らに踏み出した。
「だってホントのことでしょォ〜?」
「クソが! 大人の怖さを分からせてやる!!」
ジャージ男の手が光る。【武器】を呼び出す気だ。硬直する後虎を放置して、モアはそれまでの歩き方が嘘みたいに飛び出した。
「そこまででしょう」
次の瞬間、ジャージ男が頭からすっ転び地面にキスしていた。
「口で馬鹿にされたからって【武器】を出すとか、どんだけクズなんですか?」
「…………はァ〜!? 冗談やめて欲しいんですけどォ〜?」
スーツの男がメガネの位置を直しながら、ジャージ男を踏みつける。その脇でニヤニヤ笑いのハゲゆっくりと三歩下がる。
「ぐえっ、お前……! 俺にこんなことしてタダで済むと……!」
「命の恩人になんて口の生き方ですか。躾がなっていませんよね」
「何を言って……!?」
この間、十秒足らず。スーツの男の動きなどまるで関係ないかのように、モアの疾走は続いていた。
太陽のような輝きがその両手に集まる。高まる緊張感、スーツの男だけが涼しい顔。
「それはモアの獲物なんですけどォ〜!」
跳躍、振り上げられた状態で物質化した両手剣。全長4.2フィート、内刀身が2.9フィート。身幅2.4インチと幅広ながら薄刃。両側に張り出した長い鍔の先端には、クローバーのように三つのリングが飾られている。
西洋剣、特に両手剣は重さで相手を叩き切るというイメージが蔓延しているが、そもそもそれは勘違いである。
武器というものは時代によって形を変える。環境によって変化を余儀なくされていく。常に相手から攻撃されない距離から、あるいは相手の攻撃を防ぎきれる防具で、一方的に蹂躙をするために武器は進化を続けていく。
モアの剣は両手剣としては短く、薄刃で、アンバランスなほどに柄が長い。これは、機動力と取り回しを重視し、そして相手の防具をあまり考慮しない形であった。
この剣はクレイモア。スコットランド人傭兵『ハイランダー』が使った必殺剣。
その設計思想は明快。当時戦場を席巻していた最強の兵科を食い散らかすこと。
即ち、銃弾を避けて懐に入り込み、次弾が装填されるよりも早く撫で斬りにする。
銃火飛び交う戦場に、派手な死に装束で飛び込んでいく狂犬の刃!
この首をやろう。ただし、まえらき刃に耐えたのならば。
「ぎゃぴっ!?」
「アッハ!!」
大上段から振り下ろされた断頭の刃。剣呑なる一撃はスーツの男の左腕、物質化前の光の粒子に止められていた。
ただし、その重みまでは止まらない。背中を踏まれていたジャージ男の背骨がきしみ、モアは喜悦の声を上げた。




