A0507 騎兵の有用性
その後の話し合いで、リーダーは結局張井に決まった。
未だ昏睡状態にあるクリスを除いた全員が、張井を中心とした編成に同意した。
これには顎を砕かれた宍戸も含まれる。
彼は自分と自分の教団の末路に大きく不服があるようで、未来を変えるためなら藁にでも縋ろうという気持ちが見えた。
「騎兵が必要だという考えは変わらん。野馬を探しに行かせてくれ」
「騎兵が強いのは分かったから、人数と時間をそっちに割くだけのメリットを提示してくれ」
木場の要望を一刀両断したのは長月である。約束通り作戦参謀に収まっていた。
「こ、これだから女子供はロマンが通じん……!」
「ロマンは通じる方だが? だがランスによる突進は人間大の相手にはオーバーキルだ。必要性を感じない」
木場の独り言を耳ざとく聞き咎める長月、木場はとことんまでやりづらそう。
「僕からもお願いだよママ。足はくっつきそうにないが、馬があれば戦力になれるかもしれない」
「気持ち悪い、やめろ。そして根拠が薄い。乗馬経験は?」
片足欠損の鶴来は、現在戦力として数え難い状態にあった。
傷口が治り次第義足か杖の練習をするつもりだが、それでもあまり期待できない。
「ないが、騎兵としても活躍できる【武器】ならば【義体】に技能プリセットが入っているんじゃないのか? 木場さんと話したが、僕や寅木屋、染田あたりは可能性が高い」
「あー、ちと確認なんだが……【敵】が騎兵を使ってきたらどれくらいヤバイ?」
口を突っ込んできたのは小野である。鶴来をフォローする形になるのは業腹だが、確認の必要があった。
残る【幹部級】は【鳥獣調教役】。
【敵ライオン】の危険性は既に周知されていたが、それだけの相手ではない。【敵】が騎兵を扱う可能性も考慮する必要があった。
「当たり前の事を言うのだが、同じ武器でも高いところから振り下ろしたほうが威力が高い。飛び道具は高いところから投げたほうがよく飛ぶし防ぎにくい」
「そりゃな」
体重も掛けやすく、頭も狙いやすい。逆に下から上への攻撃はやりづらい。
極めてシンプルな事実として、騎兵は歩兵に位置の差だけで圧倒的優位に立っている。
「その危険な攻撃をしてくる連中が、体重400kg、最大時速60kmの怪物の上にいる。
馬は美しいが大きく恐ろしいぞ。訓練していても突進されたら恐慌状態になる。
人間程度軽々飛び越えるし、踏まれたら頭蓋骨は砕けるし内臓は破裂する。
歩兵では騎兵に追い付けないし止められない。逆に騎兵は歩兵の運動を妨げるのが容易で、各個撃破も簡単に行える」
長月が苦笑した。
なぜこれを先に話さない?
「【幹部級】が乗ったら?」
「手が付けられないな。高速で移動する、身長が50センチ増しの土屋君を想像してみてくれたまえ」
小野も長月も鶴来も、土屋と戦ったことがある。
小野は直撃ではなかったのに死にかけたし、長月は【盾】で止めたのに蹴り飛ばされた。
鶴来も【盾】初見でなければ負けていただろう。
それが、身長体重増し増しで? 時速60km?
「対策は?」
「一番単純なのは、平地で戦わんことだな。閉所、茂み、水場を利用する。
馬の飛び越えられない高さの柵や、長槍の戦列で迎撃してもいい。準備ができるのならば。そして何より」
次に出てくる言葉は予想できた。
そしてそれが決定打になることも目に見えていた。
「こちらも騎兵を使うことだ」
「だよなぁ……」
正直言って、この時点で騎兵の魅力は十分すぎるほど伝わっていた。
問題はデメリット、つまりは訓練時間。
「もしや、訓練問題は【敵】には無いのか?」
「捕縛と洗脳に必要な時間だけありゃいい。【鳥獣調教役】が騎兵隊長を務める限り、その騎兵隊は全員で一つの生物だぜ?」
人数が膨れ上がっていた場合、手も足も出なくなる。
「笛吹を呼んでくれ」
長月が額に汗を浮かべて考え込む。彼女の前の壁には、川魚が棒手裏剣で削った地図がある。
大雑把だが縮尺は正確。そこに、三つのバツ印。
「なんだ?」
「【幹部級】二体は、ほぼこの位置三点から動かなかった……だったな?」
「そうだ」
それぞれの距離は遠くない。そこに何があるのかは不明。
いや、恐らく考えられるのは。
「『狩り場』『洗脳場所』『訓練所』だ。【敵】はこの数日で十分な数の騎兵を集めている可能性が高い。そして今、動いているんだな?」
「ああ、目的地は『要塞』か『洞窟』。速度が遅いから到着は早くとも今晩になるな」
遅い理由は、軍団の足並みを揃えるため。かつてない規模の【敵】が、軍隊となってこちらに近付きつつあるということだ。
「長月くん。籠城戦で必要な事を知っているかな?」
「備蓄と士気か?」
木場は芝居っ気たっぷりに頭を振った。髭をさすってキザに笑う。
「城の外に、遊撃戦力があることだよ」
「…………六人だ。場所を知る笛吹、馬を捕獲するための川魚、他に三人を選定しろ。ただし鶴来はやめておけ。強行軍になるぞ」




