A0502 単独行動
「おいお前ふざけんな。ワガママ言ってんじゃねえ」
「本気も本気なんですけどォ〜?」
舌打ちし、不機嫌さを隠しもしない小野に、モアは挑発的に笑う。
それが余計に苛立ったのか、小野はモアの胸ぐらに手を伸ばし、振り払われた。
「モア一人が残って、まあ負けて死んでも大した損失じゃないじゃァ〜ん?」
「馬鹿か? 【狩人】は百人居たんだぞ?」
「それでェ〜?」
突然話題が変わった。モアが不審そうに小野を見上げた。
「それがこれしか残っていないんだ。一人分の損失だって許せるか!」
この場に集まった【狩人】は十八人。百の魂の六分の一程度にすぎない。
思わぬ言葉にモアが、そして他にも何人か驚きの顔。しかし、その偽善者ぶりが心に響いたという訳では無い。
「怪我人は逃さにゃならん、その掘って奴はデカいのか?」
「ヒロくん位あるかな」
「結構重そうだ。笛吹、管金。頼めるか?」
「いいよ」
小野に指名された管金は一も二もなく頷いた。しかし笛吹は渋い顔。
「オレはこの手だぞ?」
「【敵】の接近を察知するのが仕事だ。獣殺しは管金に任せろ」
「待って待ってェ〜」
珍しく困ったようにモアが割り込んだ。話について行けていないのだ。
堀の死体を回収に行くのは許さないとか、そういう話じゃ無かったのか?
「急いで掘って野郎を回収して逃げんだよ、文句あっか?」
「な、無いけどォ〜」
文句はないが、そこまでして貰う義理もない。モアの目がそう揺れる。
「荷物、服、欲しいもんは山程あんだよ。坊さんもいるし遺体はねんごろに弔ってもらえ、遺品は活用する。あたしの狙いはそっちだ」
「う、うゥ〜ん……」
うまく言いくるめられた気がする。
モアは目の前のおっぱいをじっと見つめた。そう、おっぱいだ。
身長が15センチも違うせいで顔よりもおっぱいが見やすいのだ。
「それだよ」
「どれェ〜?」
「あたしも、テッサも、クリスも、一応管金も服が欲しいんだよ。分かるだろ?」
分かる。モアは頷いた。
小野はドでかい乳をボロ布でだけ覆って、歩くだけでばるんばるん揺らしているのだ。そういう趣味でなければ服は当然欲しい。
クリスは全裸だし、テッサはワイシャツと毛皮のエプロンだけの姿。管金も【敵】と見紛わんばかり。
「俺と染田が行くんじゃぁダメなのかい?」
手伝いを立候補する寅木屋。
この晩の戦闘に参加していない二人は元気なものだ。
「なら頼んだ……それと、そっちの君も頼む」
「…………ぼぼぼ僕ですか?」
「ああ、君は縄だろ? 高所からの援護を頼みたい」
つまり、モア、川魚、笛吹、そして染田に寅木屋という面子だ。
「ホントにいいのォ〜?」
「さっさと行け、【敵】に会う前に……待てよ」
小野がふと何かに気が付いたように考え込んだ。
そして不機嫌そうに眉間にシワを刻みながら顔を上げる。
「今は流れであたしが取り仕切っちまってるが、今後どうするか、リーダーは誰かは人心地着いてから決めるぞ。
全員生きて集合するまでは揉め事は無しで頼みたい。
…………で、可能ならその後も殺し合いは控えて欲しい。以上がお願い。これからが本命だ」
そこまで話して、しかし小野は少なからず躊躇していた。
『それ』を話していいのか迷っている様子。
「小野さん、アンネは使ってたよ」
「…………何の話だ?」
管金の言葉に小野だけでなく鶴来も顔を上げる。それはある意味、アンネの明確な裏切りを意味していた。
「マジかよ……でもこいつ使ってなかったよな?」
「だから、何の話だ?」
「【防具】だよ」
管金の言葉に、鶴来は瞬きした。呆気に取られた顔。
彼は知らなかったと断言できる。そうでなかったらアカデミー賞ものの演技だ。
「【防具】? 【盾】ではなく?」
「あ! あれケブラーじゃないん?」
「そんな物あったなら……」
【狩人】たちの反応は、初めて【防具】の存在を知った小野たちと酷似していた。
それはそうであろう。【防具】が存在するならばしなくていい怪我も、死ななくていい者もあったはずだ。
とりわけ、モアは噛み付かんばかりの勢いで小野の襟首……は無いからボロ布ブラ……も千切れそうだし。
伸ばした手が掴む場所がなくワキワキさせた。
「非難は後で甘んじて受ける。殴るなら殺さない程度に頼む」
「むむむゥ〜、ムカつくけどォ〜、モアたちに言うタイミング無かったでしょォ〜」
【防具】が存在するなら、堀の死は免れたかもしれない。そう考えると怒りがぶり返すのだろう。
モアは歯ぎしりしながら拳を握った。
「詳しくはまた後で説明するが、【防具】は回復や毒耐性と併用できない」
「なるほど、だからアンネは腹を空かしていたのか」
彼らは知らない事だが、管金たちが平気で食べたいた木の実で腹を下して苦しんだり、手の傷の治りが遅く、二日経っても苦しんでいたのも【防具】を常時身につけていたからである。
「【防具】の使用は戦闘直前がいい」
「はァ〜い」
気のない返事をしたモアの全身を、輝く粒子が包む。
ウサ耳の代わりに長い羽根飾りの二つ付いた黄金色のヘルメット。両手には肘まで覆う同色の篭手。脚は太ももまである具足。
エグいハイレグのバニースーツの上に、タータンチェックのミニスカートとリボン、ワイシャツ、ラクダ色のブレザー。
そして、特攻服は変わらず。
「アッハ!」
「もっぴょんJK??」
「中学の制服ゥ〜」
装着も解除も数秒足らず。モアは懐かしい戦闘服に唇を歪めた。
あの、素晴らしかった日々の、青春の残り香に胸が熱くなる。
同時に、自分にはそれしかないのだと気付かされて、隣でニコニコと何も考えてなさそうな後虎に目を向けた。
この子の【望み】を叶えてやらねば。
モアみたいに、ならないように。




