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武器を取れ、ドラゴンを殺す  作者: 運果 尽ク乃
五日目 嵐前

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S0501 野獣襲来


 単身で敵を引き付けていた石見(いわみ)への応援に走った管金たちであったが、駆けつけた頃にはすでに戦いは終わっていた。

 大怪我を負っているのは左腕骨折の笛吹(うすい)一人。石見(いわみ)も元気なものだ。


 二人と一緒に行動しているのは、ノッポの警察官、梅宮。マキシワンピの人妻、神崎。金髪でツーブロックの男、染田(しみた)。真っ赤な髪に筋肉質の巨漢、寅木屋(とらきや)の四人。


「笛吹!」

「管金か。すまん、合流が遅れた」


 剃刀(かみそり)の目つき、赤い唇。石見と並ぶ笛吹は若干青ざめて見えた。


「川魚さん。頼みを聞いてくれてありがとう…………この馬鹿は役に立ったか?」

「ははははい。いや、いいいえ」


「え? おれ役立たずだった?」

「ばバカではなないと、いい言いたくて」


 慌てる川魚、だが、いまはじゃれている状況ではなかった。


「他の連中は? 合流できるなら手早く合流して逃げるぞ」

「逃げるの?」

「【敵】が来る。しかも、異様に速い」


 管金の顔が引き締まる。この夜の闇の中を高速で走る存在。管金には覚えがあった。

 初日の夜、あの時は大雨による鉄砲水で助かったが、あれがなければ相討ちだった。


 あの【敵犬】と同様の存在が相手ならば、味方の犠牲は避けられまい。


「【敵】の十人や二十人、どってこたァねェンだけどな」

「だな」


 不服を口にする染田と寅木屋、二人は今晩何もしていないので元気が有り余って見えた。


「神崎、馬鹿どもを黙らせてくれ。良くて猟犬、悪くてライオンの群れだ」

「マジか……」


「問題は追いつかれるまでの時間ですね」

「それと、私たちの居場所をどうやって探り当てたのかよね」


 テッサの言葉に神崎も疑問を口にする。

 だが後者に関しては想像に易い。


「【敵】の斥候がすでに目星をつけていたのでは? 夜襲で一網打尽にされなくて助かりましたね」


「正確な距離までは分からないが、まだ多少の余裕がある。石見」

「…………ま、まだ……です……」


 石見の感知範囲に入って来たならば至近距離ということになる。

 【敵犬】の時は感知から接敵まで五分とかからなかった。


「怪我人もいるから急ごう! 他の人たちは?」

「死んだか逃げた。アンネは生きているが、あの動きだ。囮になってくれるだろうよ」


 酷薄(こくはく)に言い放つ笛吹。アンネは後虎の剣で肋骨(ろっこつ)を痛めていた。

 モアにボコボコにされた管金や川魚より軽傷のはずだが、痛みに耐性がないからか、動きが悪かった。


「単独行動しておるのは木場さんかな」

「誰です?」

「ええと……」


 この場で木場(ランスロット)氏の事を知っているのは梅宮一人で、しかも彼とて詳しく知るわけではない。

 そもそも木場が張井と組んだことを知っているのは当の二人しか知らないのだ。


 敵として衝突しかねない。

 そう、いままさに木場はその危機にあった。





「なァ〜に、してんのォ〜?」


 後虎の荷物を求めて『小屋』に辿り着いたモアが見たのは、裸の女をどこかに引きずって行こうとする木場であった。

 小麦色の肌、雑に剃り上げられた頭、開きっぱなしの瞳孔とだらしなく開いた口からこぼれる唾液。


 モアには見慣れたもの。クスリに漬けられてこれから地獄を見せられる。あるい地獄にある女そのもの。


 木場から見て、モアは土屋らと仲の良い危険な女。

 モアから見て、木場はアンネと親しい危険な男。


 乗馬服の上を脱ぎかけていた木場は、それを女にかけると身構えた。

 尻ポケットから折り畳みナイフを取り出す。木場は落ち着いて居たが、その構えは修羅場に馴れた者のそれではない。


「見逃してくれないか、レディ。我輩は彼女を逃がしたいのだ」


 年齢は五十代、焼けた肌に白髪交じりの髪、乗馬服の伊達男、木場丈二。

 ナイフの刃はまだ出さない。可能ならば話し合いで済ませたいのだろう。


 モアはその女を見たことがなかった。鶴来らの言っていた『具合の悪い仲間』というヤツなのだろう。

 そして、木場は己の【武器】を教えていた。実際には見ていないがランスという騎乗槍だという。白兵戦には不利だが……モアは警戒した。


 自分の【武器】をご丁寧にバラすか?

何か裏があるのでは?


「アッハ、そう言われて素直に逃がすと思うゥ〜?」

「思わんよ。だがレディ。我輩は鶴来君らと(たもと)を分かつことにした。張井君と、可能ならば堀氏と組んで【ドラゴン】を……」


 話の途中で、木場は言葉を忘れた。目前の女から、特攻服を着た真紅のバニーとかいうトンチキな見た目に似合わぬ激烈な殺気を叩き付けられたのだ。

 圧倒的なプレッシャーに息ができない。虎の尾を踏んだのだ! 木場は折り畳みナイフの刃を……。


「今、なんつったァ〜?」


 いや、万力のような怪力で掴まれて、木場はナイフを取り落としていた。

 驚くほど素早くモアは踏み込み、抵抗する暇もなく捻り上げられていた。


「つ、鶴来君とは別の道を!」

「誰とォ〜?」

「張井君と堀君だが……?」


 正直に答えなければ殺されかねない。木場の頭には、戦うという選択肢は残っていなかった。

 どうやって逃げるか、捕らえられていた女、クリスだけでも……いやそれは困難か。


 ならば戦う必要がある。

 木場はモアより頭一つ大きいが、それでも勝てる気はしなかった。目前の女は野獣だ。昔猟友会と共に追い詰めたヒグマを思い出させる威圧感だ。


 木場は覚悟を決めた。

 狙うは目、掴まれた右手は捨てるしかない……!


「てことは、お仲間じゃァ〜ん? 荷物出すからァ〜、その後そいつ運ぶの手伝うねェ〜?」

「…………え?」


 不意に消えた殺気、木場は全身から冷や汗が(あふ)れるのを感じた。命拾いした。素直にそう感じた。


「なんて顔してんのォ〜? なっさけなァ〜い」


 君に殺されるかと思ったのだとは言えず、木場は苦笑で誤魔化した。


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