S0413 九対十三 三人よれば
夜道を急ぐ高校生三人組、チーム名は『文殊』。
人によっては原子炉を思い浮かべるかもしれないがそれもそのはず。由来が同じなのだ。
文殊菩薩。
『三人よれば文殊の知恵』の慣用句でご存知だろう。文殊菩薩は普賢菩薩と共に釈迦に侍る最側近である。
普賢菩薩が慈悲を、文殊菩薩が智慧を司る。
川魚は三人で知恵と勇気とを持ち寄るという意味で『三人よれば文殊の知恵』から略して『文殊』と名づけた。
なお、後虎が文殊菩薩を朱里に例えたのは偶然である。
「ヤバ谷園! 絶賛炎上なう!」
「え? 燃えてるの『要塞』だよね??」
明かりのない闇夜の中で燃え上がる林は、遠目にもよく見えた。暗闇に輝く松明が、焚き火が目を引くように。それより遥かに大規模な炎は、他の何もかもが見えなくなるほどに強い光を放っていた。
「小野さんたちは捕まってるんだよね? 助けなきゃ! ネアンデルタールのみんなも危ない!」
「まま待ってください、お落ち着いて」
飛び上がらんばかりの管金を、川魚が押し止める。ここでパニックを起こしても意味がない。
『要塞』まではまだ距離がある、そして何よりも、あれほどの火事だ。個人でできることなどたかが知れていた。
「【敵】かな?」
こちら、恐ろしいほどに図太く、落ち着き払って後虎。
誰がなぜは重要だ。それによって対処が異なる。三人は早足で歩きながら話を続ける。
「【敵】が近いなら、そもそも【狩人】同士で戦わないと思うよ。笛吹は【幹部級】の居場所が分かるから教えてくれるし」
「てことは、誰じゃろ?」
「はは張井さんでは?」
張井。アニメキャラのTシャツを着た小太りの男。『要塞』を作り上げた張本人。
生活のために開拓を進めていた男が、わざわざ自分の作った物を燃やす必要など……。
「そっか、張井さんだ。てことは、ネアンデルタールのみんなは無事かも」
「なんでなんで?」
「張井さん、もう『要塞』要らないでしょ」
『要塞』は名前こそ剣呑であるが、その実態は家族をさらわれたネアンデルタールの老人子供を守る場所である。
【巫】を打倒し、皆が戻ってきたのならもう要らない。それどころか邪魔になりかねない。
「んじゃ、なんで燃やしたの?」
「それは分かんない。頭いい人が考えるよ」
諦めの早い管金。しかし、見切りの早さは固執しないことに繋がる。
なぜは問わずとも、結果は出ている。『要塞』が燃えていて、張井が燃やしたのであるなら。
「あれは反撃してるってことだよ」
「…………」
管金は、ほんの僅かな時間しか行動を共にしていない張井を信頼していた。彼は仲間であり、仲間を見捨てないと心の底から信じていた。
「ひひひ、一人で戦うから、ひ火を付けたのかもしれませんね」
「なら、急いで張井さんと合流しよう」
「助けんのが先じゃね?」
意見が割れた。川魚は二人を見比べる。早くも決裂の危機であろうか。
「ところで、居場所はわかる?」
「もっぴょんは、『小屋』かな?」
「じゃあそこからだね。張井さんが混乱させてるなら、横からかっさらおうよ」
だが、管金はここでも自分の意見に固執しない。我を通さない性格で、一歩引くのに慣れているのだ。
そうすると意見が苦手な川魚同様に後虎の意見に押されてしまうだろう。
「いいいんですか?」
「だって張井さんの居場所分からないもん。やれる事からやんないと」
「確かに、ガースー頭いい」
川魚は少し考え込んだ。
モアも心配だが、逃げている笛吹も心配だ。彼は川魚に「管金を連れてきてくれ」と頼んだ。
笛吹は左腕を骨折している。応急処置はしたものの疲労も色濃かった。だが、徹底抗戦の構えだった。
彼が張井と協調していれば良いのだが。
「まままずは『小屋』で、つ次はひ人の声をを頼りにささ探しましょう。てて敵なら倒し、味方ならご合流」
「あと、ふたりともハンカチかタオルある? 川の水で湿らせてマスクにした方がいいよ」
燃え上がる『要塞』、火事の中を駆け回るならば煙対策は必須だろう。
【義体】がどこまで守ってくれるのか分からない以上、警戒は怠るべきではない。
「けけ煙は上にの昇ります、た体勢を低くして、煙を吸わないように。そそれと倒木、落下物にち注意して、ああ足元も」
「合点承知の助」
本当に分かっているのだろうか。川魚は訝しんだ。何しろ相手は後虎である。
言っても無駄かもしれないのだ。
「とりあえずそろそろ走ろう。後虎さん案内頼める?」
「任せて!」
三人は後虎の記憶を頼りに『小屋』を目指した。まずはモアの救出だ。




