A0105 帰還条件と【望み】
「願いを叶えなきゃ帰る意味ないじゃん。あーしは【ドラゴン】殺して願いを叶えるよ」
当たり前のことを当たり前のよう。後虎は少しの躊躇いも見せず、間髪入れずに答えていた。
「アッハ!」
思わず笑うモア、引きつった笑みで無理に微笑む宍戸。ハゲ頭もニヤニヤしている。ジャージの男も吹き出した。
学生は後虎とは無関係に怯え、スーツの男はひとり笑わず、恐ろしく真剣な目で後虎を見た。
「うわ、だっさァ〜。女の子のカクゴ聞いて笑うとか、恥ずかしくないのォ〜?」
「ああっ? 俺を馬鹿にすんのか?」
「脳みそよわよわァ〜、そう聞こえなかったのォ〜?」
いきり立つジャージ男、ビクリと震える高校生。モアは指をさして笑った。
体育教師みたいな格好と、無意味な威圧。モアの嫌いなタイプだ。
「クソガキが! 親のシツケがなってねぇな!」
「オジサン口ばっか。マジウケるんですけどォ〜。モンクがあんならカラダで理解からせてみたらァ〜?」
「お前!!」
立ち上がるジャージ男、だが宍戸に睨まれ動きを止める。
「揉め事は勘弁していただきませんか?」
「だったらまず、アトやんに謝ったらァ〜?」
「え? なになに? あーしなんかされた??」
嘲笑されたことにすら気付かないのか、それとも嘲笑に馴染みすぎて気付いていないのか。
モアは後虎の態度に舌を打った。モアは揉め事を起こしたいのだが、有耶無耶にされそうだった。
「で、なんだっけ? 帰りたければ仲間になれ系?」
「ごほん…………いいえ、仲間になる必要もありません。誰かが【ドラゴン】を殺せば、我々は元の場所に戻れます。私が【ラストイル】に質問した答えです」
咳払いをして話を続ける宍戸。
「???」
「私が作ろうとしているのは、【ドラゴン】を殺してくれる仲間を援助し、安全に帰還するための寄り合いです」
つまり、宍戸にとっては誰が【ドラゴン】を殺そうと同じといこと。
ならば、少しでも成功率を高めて帰れるようにしようという考え。モアは納得した。仲間になるなら情報提供を求めて、より精度の高い情報を与えられるようにする。
仲間にならないということは、【ドラゴン】を殺そうと考えている。ならば援助すればいい。
どちらにしても水や食料を提供しても損にならない。
「つまりィ〜、ここにいるオジサンたちは雁首揃えてヒト任せのざこばっかってことォ〜?」
「このガキさっきから黙ってりゃいい気になりやがって!」
「黙ってないじゃ〜ん?」
「わっはっは!」
挑発を看過できないジャージ男、だが剣呑な雰囲気を吹き飛ばす、僧衣のハゲの呵々大笑。
「返す言葉もない! 実際拙僧などは居心地が良いから居着いてしまった!」
「私はそれでも構わないのですよ。味方が多ければ生存率も上がります」
宍戸も追従する。恐らく彼の能力は狩りに向いており、近くに湧き水か小川がある。
この場所は、サバイバルするだけなら最適なのだろう。
「そっちの都合は分かったけどォ〜、他に実になる情報は無いのォ〜?」
「叶う【望み】についてはいかがかな?」
「ウソ、知ってるの? 聞きたい聞きたい」
ハゲ頭の言葉に後虎が食い付く、それが彼の質問だったのだろう。
「大まかに分けて『過去の出来事の結果変更』『他者あるいは自己の改造』『知識の獲得』だそうだ。
拙僧は小心者でなぁ。望みは『過去改変』によるちょっとした現世利益よ。つまり宝くじの一等前後賞とかな」
それぞれについてモアは考察する。『過去の出来事の結果変更』。誰でもあるだろう過去の過ちや心残りを、恐らくは己の望む方向に変更できる。
例えば、大事な人の事故死を防ぐとか。モアの数少ない友人の一人は、バイクでトラックと正面衝突して死んだ。
だが、あいつならば早晩そうなるだろうという予感もあった。
その死を覆す気などさらさら無い。
「改造ってどのレベル?」
「肉体か精神、あるいはその両方を思いのままにできそうだぞ?
拙僧は剃っているが、薄い頭をフサフサにするとか、女人を蕩かす顔と声とか。あるいは意中の女の心を得たり、嫌う相手を変えたりも出来よう。
まあ、憎い相手なら『過去改変』で事故死でもしてもらったほうが手軽であろうがな」
過激な内容を笑いながら流すハゲ。だがモアは概ね同意だし、他の連中も眉一つ動かさない。
「『知識』って?」
「知らんが、歴史の真実とか人間の存在目的とか神の実在とかであろ?」
「へー」
知りたい人間は悪魔に魂を売ってでも知りたいだろうが、ここにはそんなタイプはひとりも居ない。
「まあなんつーかあれだね。世界平和とか、世界征服とか、異世界転生は無理そうだねー」
「であるな」
個人は変えられるが、世界は変えられない。後虎の言葉はそういう意味だ。モアの脳裏にいくつかの推測が過る。
【ドラゴン】は七匹。願いが七つあるのならば、途中でぶつかり合いかねない。特に願いが世界規模ならば。
「で、他にはァ〜?」
顔を見合わせる男たち。モアは大仰にため息を付いて肩をすくめた。
「マジで役に立たないんですけどォ〜、ホント使えなァ〜い」
「でもさ、お肉とお水は嬉しじゃん。あーし、紙パックに汲んでっていい?」
「…………どうぞ」
最後まで明るく気楽なのは後虎だけ。
残りの連中との間には微妙に漂う緊張感。
さて、お楽しみはここからだ。




