S0106 棒手裏剣
「おれみたいな大きい【武器】は一個だけだけど、飛び道具は人によってはたくさん出せて、貸し出せたり、その外の使い方があったりするらいしです」
「は?」
管金の言葉に朱里が目を見開く。何を驚いたのか、管金は理解できずにたじろいだ。
朱里は両手をすぼめた形で、雨を受けるかのように手のひらを空に向けた。
見上げる管金の目には、鬱蒼と茂る木々と、隙間から見える青空が映った。
「そっちじゃない」
視線を下ろすと、朱里の両手に四本ずつ、漫画家が使う付けペンの軸みたいなものが乗っていた。
長さは20センチほど、釘の様にまっすぐではなく、緩やかに膨らみがある。
太さもペン軸同様で、太い部分で直径1センチ程度。なめらかな紡錘形とでも言えば良いのか。
すべて墨の様なつや消し黒塗りで、しかしガチャガチャと金属音する合計八本。朱里の手には少し重そうだ。
ここで管金は、朱里の白い指が女性にしてはかなり長いことに気が付いた。
管金も身長の割に大きいが、朱里もかなりの物を持っている。
「八本が限界か……? いや、もう少し出せそうだな。しかし、一本ずつだとばかり思っていたぞ」
手を広げ、指の間に一本ずつ挟む朱里。
それはともかく管金にはひとつ、大変気になる問題があった。
「それより朱里さん」
「なにかね」
「手裏剣は……?」
自己紹介で、朱里は武器は手裏剣であると断言していた。
しかし今、彼女の手の内にあるのは工具じみた金属棒だ。
朱里は棒と管金を交互に見て、すぐに合点が行ったようだった。
「これは棒手裏剣。少年が想像したのは十字手裏剣だろう? こちらは西洋の投げナイフに近い」
江戸時代の道場では、剣術ばかりだった印象が強い。
しかし実際には槍や組打ち、鎌や鎖などいくつもの武器の扱いを教えていた。
その中には手裏剣もあり、そして手裏剣とは忍者が使う武器とは限らない。
今朱里が持つ棒手裏剣や小柄で投擲を扱うことは、当時の剣士にとっては当たり前の選択肢だった。飛び道具は卑怯ではないし、二本差しで行けぬ場所での護身用や、町人の武器としては人気のものであった。
朱里はその内一本を右手に持ち振り上げた。
無音無風。影が走り破裂音。
打たれた棒手裏剣は木の幹に半ばまで突き刺さっていた。恐るべき破壊力である。
「餞別に一本貸そう」
「……餞別?」
「そうだ。お姉さんと少年は仲間あるいは同志であるが、移動力の差から同行は難しい」
朱里は狐目を柔和に細める。白く長い指が管金の手を取り、一本の棒手裏剣を握らせた。
木の幹に突き刺さったものは、光の粒子となって大気に散る。
同様に消えなければ、朱里には貸与の力があるということか。
「投げるだけの武器じゃあない。君は大鎌だろう?
先が尖っているから道標や加工にも使える。工具みたいなものさ」
握った棒手裏剣は消えず、馴れない重みを残した。
冷たく、さらさらとした手触りは、直前に触れた朱里の指によく似ている。
「ありがとうございます」
管金は手裏剣を入れる場所に迷い、とりあえず上着の左ポケットに入れた。
貫通して来ない事を祈ろう。
「わたしはしばらく山中を探索するつもりだ」
この後について、朱里は淡々と告げる。
管金は寂しさに胸が締め付けられたが、上着左ポケットの重さをお守りにした。
二人は仲間だ。そう思うと、気が軽くなった。
「対話できそうな相手なら積極的に情報交換をしたい。
我々の目的は【ドラゴン】退治だが、同時にもう一つある」
「もうひとつ?」
首を傾げる管金に、朱里は力強く頷いた。
「無事に現代に帰れるかだ。その【質問】をした誰かを見つけられれば嬉しい」
言われて、管金は暗澹たる気分になった。
そりゃあ皆勤賞は惜しいが、学校に行きたくない。
積極的に帰りたいとは思っていなかった。
「おれも聞いてみます」
「じゃあそんな少年に一つ助言しよう」
首里は茶目っ気たっぷりにウィンクし、指を振った。
「グループだよ。単独行動してる奴より、すでにチームを組んでる相手なら、仲間に入りやすい。狙い目だ」
「なるほど!」
グループ行動をしているならば、少なくとも笛吹のように単独行動をしたい訳でもないし、朱里のように菅金に怯える理由もない。
すでに出来ているグループに参加する場合、人間関係的問題は避けられまい。
しかし朱里は、単純で人の好い管金には無用の心配と断じた。
「ただし、【略奪者】には注意しなさい」
居住まいを正す管金の頭を、朱里はつい撫でた。
彼の素直さは賞賛に値する。
「三人組の、その……」
強姦殺人者達。管金には姿すら想像できない外道ども。
彼らは確実に味方になりえない。なりたくない。
外見を知っていたら、警戒もできるだろう。
「一番目立つのは紺のつなぎの男だ。明らかに巨漢。白髪混じりで髪型はお前に近い。【武器】は杭を打つような大型ハンマー」
分かりやすい容姿。工場で働いているような。
管金の町は農村なので工場は少ないが、自転車や車の修理工とは顔見知りだった。
「二人目、明るいブルーのスーツ。黒髪、メガネ。【武器】は不明」
管金の考える典型的なサラリーマンだ。
一般的なサラリーマンに、明るいブルーのスーツは派手すぎると敬遠されそうではあるが。
「最後に、帽子にジャケットの洒落男。大学生くらい。明るめだが、派手ではない茶髪」
朱里は樹上から観察していた。服装はわかっても顔かたちは見えていない。
彼らが単独行動や着替えをしていたら問題だが、その可能性は低い。わざわざ注意することではないと朱里は判断した。
「あちらに向かえば川がある。川下へ向かいなさい」
「川なら人がいそうですね」
鬱蒼としていて、見渡しも悪い山林よりも、人の発見も容易だろう。
だがそれは同時に誰かに、例えば【敵】や【略奪者】に見つかりやすいという事でもある。
「お姉さんは今晩は山で過ごすよ。獲物もいるし、寝るなら樹上が安心できる」
「明日は?」
「川沿いに下る。運が良ければまた会おう」
管金は神妙な気分で頷いた。
運が良ければ。二人とも無事ならば。そして二人ともに無事でも、巡り合わせが悪ければ再会は難しかろう。
「電波があればなあ……」
「電波があっても電池が保つかな」
管金は顔を上げた。朱里が言わんとする事を理解仕切れずに。
「な」
「【ドラゴン】本体も、遭遇戦で倒せるなら、早ければ今日にも終わるさ」
だがその細い目は、己が言葉に否定的だ。
「けどお姉さんみたいなのがいるってことは、そうも行かない。長引くし、最悪……」
管金がこの言葉の意味を理解するのは、しばらく後になる。
「【狩人】は全滅する」




