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第98話 信康さんの思い

天正7年(1579年)4月 三河国 渥美郡 吉田城



 皆さんこんにちは、上総介 里見梅王丸こと酒井政明です。

 なんとか4月中に吉田城に戻ってこれたよ。


 北条氏規さんと酒井忠次さん? あの2人は、織田・徳川と北条の婚姻について詰めの交渉があるんで、あと数日は戻ってこないんじゃないかな?



 関東まで氏規さんと一緒に行かなきゃいけないのに、何で置いてきたのか、って?


 だって、信長さんに面倒くさい宿題を貰っちゃったじゃん?


 あの話、解決のためには信康さんとサシか、事情を知ってる徳姫さん(信長さんの情報源はここだった!)を加えた3人で話す必要があるんだ。でも、氏規さんと忠次さんの2人と一緒に行動してたら、どう考えてもサシで話す機会なんてほとんど作れっこない。だから、俺は、「蒲郡の温泉に行きたい」って名目で、単独行動させてもらったんだよ。


 ちなみに、この話を氏規さんに話したら、「梅王丸殿は本当に温泉が好きですな」って、なんか微笑ましい物を見るような目で言われた。温泉マニアみたいに言うのは止めてほしいんだけど、小田原に行くたび箱根だの湯河原だの熱海だのに繰り出してたからなぁ。


 だって、俺の領地には温泉なんか湧いてないからね。里見領全体で見ても、伊豆の島とか下野とか常陸の山奥とかに行かないと温泉なんか湧いてない。島は気軽に行けないし、下野や常陸は、まだ安定してないところも多いからね。


 小田原には定期的に行かなきゃいけないんだから、せっかくの機会を120%活かしたいじゃん?


 まあ、おかげで全く疑われることもなく別行動に入れたから日々の行い様々だね。




 そんなこんなでまず信康さんに面会したんだけど、信康さん、縁談が本決まりになったってことをメッチャ喜んでた。なにせ、亀姫さんは唯一の同腹の妹だし、信康さんが相手を選り好みしてるうちにき遅れかかってたから、喜びも一入ひとしおなんだろうね。



 そんな信康さんを温かい目で見ながら、俺は早速切り出した。




信康(三河守)殿。お人払いを」


梅王丸(上総介)殿、いきなりいかがしたのだ?」


徳川家(お家)の将来に関わるかもしれぬ重要な話です。余人に聞かれては困ったことになるかもしれませぬゆえ」


「む、わかった。皆の者、私が呼ぶまで下がっておれ」


「し、しかし……」


「なんだ? 私の指示か聞けぬのか?」


「い、いえ、そのようなことは決して」


「……おぬしらは一体何を恐れておるのだ? 考えてもみよ。梅王丸殿はいったい幾つだ?」


「あー、なるほど! ……失礼いたしました!」


「わかったらさっさと下がれ!」




 うーん。こういう時、子どもは有利だね。特に説明しなくても、相手が勝手に納得してくれるんだからさ。ま、逆の立場になっちゃうと、今度は「若様はご自分が幾つだと思っているのですか!」って、説得が大変になっちゃうから、どっちもどっちだけどね。



 皆が去ったのを見計らって、信康さんが話を続ける。




「梅王丸殿、失礼いたした。して、内密の話とは何ですかな?」


「はい、酒井忠次(左衛門尉)殿のことで……」


「なにぃ!? 忠次(左衛門尉)とな! ヤツは何をしでかしたのでござるか? 大恩ある里見家の御曹司に無礼を働くとは! これで心置きなく手討ちに……」


「ち、ちが、違うのです!! 決して無礼があったわけではございません!」


「何だ、違うのか……」




 理由を聞くどころか、名前が出ただけで処そう(●●●)とするなんて……。どんだけ信康さん溜めて(●●●)るんだよ!? しかも『違う』とわかったときの残念そうな顔! こんなに表情に出ちゃうようじゃ、絶対に拙いんじゃないかな?




「誤解を与えるような物言いをしてしまい大変失礼いたしました」


「いや、なに、私が早とちりをしてしまっただけでござる。続けてくだされ」



「はい。実は安土に同道した際の忠次殿の言動で、些か気になった点がありました。私が見聞した事実と、そこから感じたことを信康殿にお話しし、意見を伺いたいと考え、この機会を設けていただいたのですが……。


 お伺いせずとも、わかってしまいました。信康殿は忠次殿を除きたい(●●●●)と考えておいでだったのですね」



「なんと! 梅王丸殿は神仏の生まれ変わりか!? あれだけの遣り取りでそこまでわかってしまうとは……」




 おいおいおい、無自覚かよ!





 信康さんは、どうやら俺のことをエスパーかなんかだと思ったらしく、この後、観念(?)して思いの丈をぶちまけてくれた。



 曰く、三方ヶ原合戦で負った怪我がもとで、家康さんが死んじゃった。でも、遺言で殉死は一切許さないってことになったから、家臣たちは全員生きてる。遺言だから守るしかないけど、はっきり言って釈然としない。


 三方ヶ原合戦では、家康さんの身代わりになった鳥居元忠さんとか、亡くなった家臣がたくさんいる。家中の人だけじゃなく、援軍で来てた佐久間信盛さんとか平手汎秀さんですら亡くなってるのに、無傷で生き長らえてる連中がいるのは、信長さんにも申し訳が立たない。


 撤退戦で殿を務めた本多忠勝さんや、武田軍に突撃して死地に陥った家康さんを救った榊原康政さんみたいな人たちはいい。だけど、負けた後、別行動で逃げてきたくせに、『一緒に戦った』みたいな態度を取られると、無性に腹が立つ。


 中でも、家老だからって大きな顔をしてる(ように見える)酒井忠次さんは気に障る。ただ、長篠合戦でも大功を挙げてるから、『腹が立つ』って理由だけで処罰はできない。


 そんなわけで、顔を見るのも不快なのに、家老だから頻繁に顔を合わせなきゃいけない。だから、軍務とか外交とかで外に出して、なるべく顔を合わせないで済むようにはしてるけど、会うとどうしても当たりがキツくなっちゃう。


 今日、俺に言われて初めて理解したけど、日頃から処罰する理由を探しているところはあると思う。良くないことなのはわかってるけど、気持ちの問題なので、上手く整理が付けられるかは疑わしい。



 こんな感じだった。


 無自覚だったのは驚きだったけど、とりあえず『良くないことをしてる』ってことは理解できたみたいなんで、ちょっとは持っていきようが楽になったかな?



 俺の方からは、『家康さん(父親)の仇は武田である』ってことを第一に考えると、大きな罪がない家臣を粛清するのは得策じゃない。そもそも、君臣の不仲を足がかりに武田の調略の手が伸びてきたら、『仇を討つ』どころじゃ無くなっちゃう。って話しといた。


 冷静になって考えてみれば当たり前の話なんで、信康さんも納得してた。ただ、頭で納得できるのと、心が納得できるのってちょっと違うよね。だから、どうしても我慢がならなくなった時の最後の手段として秘策を伝授しといた。ただ、これは秘策とは言っても里見家うちでやった方策のアレンジなんで、ある程度の実績はあるんだ。



 聞いた信康さんは感心しきりだった。でも、これ、あくまで『最後の手段』なんだ。リスクはそれなりにあるから、使う前には必ず相談してほしいとも伝えといた。


 そしたら「わかったわかった」とか軽い調子で言うんだよ。信康さん(この人)ホントにわかってるのかな? 『秘策』頼りになっちゃうと、こっちも色々面倒なんだからね!




 徳川家の内部がガタガタしてるのは、今後のことを考えても非常に怖い。早めに知ることができたから、上手に対処できたと信じたい。それにしても、信康さん(この人)ホントに伝わらないわ。信長さんが俺に丸投げしてきた気持ちがちょっと理解できた気がするよ……。






 この後、蒲郡温泉を堪能した俺は、5日後、吉田に戻ってきた北条氏規さんと一緒に帰路についた。予想外に面倒くさいことがいっぱいあったけど、何とか無事に済んで(?)良かったよ。これで心置きなく戦いに臨めるね。









追伸:帰った後、信長さんから手紙が来て『家臣になる』って約束しちゃったことが、義弘さん(父ちゃん)義頼(義父)さんにバレました。言いくるめるのが大変でした。はい、自業自得です。








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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! [一言] わるい奴なので「追放」、あるいは勝手に「出奔」してきたから、監視のために近場の城に「押し込め」るんですね分かりますん
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